
連続テレビ小説「あんぱん」をより楽しむためのコラム、「もっと知りたい!『あんぱん』と、やなせたかしさんのこと」。
今回は、やなせたかしさんの秘書をつとめた越尾正子さんのインタビューの2回目です。「やなせ夫妻との小夏の思い出」「暢さんから入社早々に金庫番を任された驚きエピソード」「朝ドラをご覧になられた感想」などを語っていただきました。
◆第1回インタビューはこちら(もっと知りたい!「あんぱん」と、やなせたかしさんのこと 秘書をつとめた越尾正子さんにお聞きしました | ステラnet)
やなせ夫妻は理想の夫婦像

――やなせスタジオに入社してから、やなせご夫妻との印象的な思い出はありますか?
ちょうど今頃(取材時の5月)が旬の、高知の名産品・小夏が東京の事務所に届いたときのことは鮮明に覚えています。入社してすぐのころに、やなせ先生が「正しい小夏の食べ方を見せてあげます」と言って、小夏を剥いてくれたんです。
小夏は柑橘類ですが、包丁でりんごを剥くみたいにくるくる皮を剥いて、「白いワタを付けたまま食べるというのが正しい食べ方」とおっしゃるんです。暢さんもいらしたところで先生は「うちのカミさんは正しい食べ方をしないんです。みかんのように手で剥いて食べる。だけど、正しくはこうです」と包丁で剥きながら私に教えてくれました。それをそばで聞いていた暢さんは照れたように笑いながら、やっぱり自分の食べたいように食べていて……。とても微笑ましくて印象に残っています。

――素敵な夫婦関係ですね。
やなせ先生の年代の方は、旦那さんが「正しい食べ方で食べなさい」と言えば、奥さんのほうが「はい」と従って生活していくことが主流だったと思います。でも、先生は第三者には「正しいのは僕のほうです」と言いつつも、暢さんに「食べ方を変えなさい」とは言わない。
ささいなことのように見えますが、そんなお二人を見て、お互いに認め合っていることが伝わってきました。とても良い夫婦だなぁと思いましたね。そのときに味わった小夏がすごく美味しくて今でも忘れられません。
暢さんは理不尽なことには物申す強さを持つ女性

――暢さんと関わるなかで、人柄が分かるエピソードがあれば教えてください。
暢さんとのやりとりで一番印象に残っているのは、私がやなせスタジオに入社したばかりのころのこと。暢さんから会社の通帳や銀行の実印などを「こちらお願いね」といきなり渡されて、「金庫の鍵はここ、金庫の暗証番号はこれね」と、あっさり託されたんです。「こんなに大事なものを、入社したての私に渡して大丈夫かしら」と気になるぐらいで……。
あまりにも貴重な財産を任されたので、暢さんに「もし私が悪い人だったらどうします?」と聞いたことがありました。そしたら、暢さんが「もしあなたが悪い人だったら、自分に見る目がなかったと思って諦める」とおっしゃったんです。すごく驚きましたね。私が暢さんの立場だったら、「悪いことはしないでね」と言うと思うのですが、「見る目がなかったと思って諦める」と言い切れるところがすごいなと。“ハチキンおのぶ”と言われる所以を感じる出来事でした。
――思い切りのいい方だったんですね。
“ハチキンおのぶ”と言われていますが、暢さんは相手を立てるときはしっかりと立てる方でした。ただし、例えば、権力者や会社の偉い人、力を持っている人が理不尽なことをしたときには、「それはいけない」とハッキリと言えるような女性でもありました。それでいて、私が仕事でミスをしたときには、「こうしたほうがいいわよ」とさりげなく教えてくれるんです。
“ハチキン”と言っても誰にでもガンガンと言うわけではなくて、立場の弱い人にはさりげない優しさを見せてくれるんです。だから、暢さんから私に対して強く言われたことは一度もありません。さっぱりとした、ほんとうに気持ちのいい女性でした。
「あんぱん」のぶの表情や仕草が暢さんを思い出す
――朝ドラ「あんぱん」の今田美桜さん演じるのぶをご覧になられていかがですか。
ドラマののぶは走ることが得意で活発ですが、実際の暢さんも運動神経がよくて活動的でした。今田さん演じるのぶの表情や仕草を拝見すると、「暢さん、こういう表情することがあったなぁ」と思い出されます。私が暢さんと初めてお会いしたのは暢さんが50代のころなので、実際に暢さんの若い頃はお見かけしていませんが、暢さんの雰囲気と似ていて、すごくいいなと思いながら観ています。
――北村匠海さん演じる嵩はいかがですか。
初回放送のデスクに向かっている北村さん演じる嵩は、やなせ先生そっくりです。はっとするぐらい似ていましたね。仕事場の雰囲気もそのまんまです。よく再現されているなと驚きました。
――劇中では、やなせ先生の言葉も多く出てきていますね。
「アンパンマンのマーチ」の歌詞「なんのために生まれて なにをして生きるのか」が出てきましたが、私自身、歌詞中のやなせ先生の言葉の意味を今一度考える機会になっているんです。先生からしたら「何をいまになって(笑)」と言われるかもしれないのですが、先生が紡いだ言葉を聴くたびに、いろんなことを考えさせられ、反省させられ、この年齢になっても刺激を受けています。ドラマのなかで使われた先生の言葉への反響を伺い、改めて先生の言葉の力を実感しているところです。

こしお・まさこ
株式会社やなせスタジオ代表取締役。1948年生まれ。高校卒業後、趣味で続けていた茶道の稽古場で、やなせたかしの妻・暢と知り合う。そのご縁で、1992年に有限会社やなせスタジオに入社。秘書として、20年以上にわたり、そばでやなせの作家活動を支える。やなせが亡くなったあと、2014年から株式会社やなせスタジオの代表取締役に就任。現在も、やなせの作品の管理に携わっている。
今後も、越尾さんが語るやなせ夫妻のお人柄や魅力をお伝えしていきます。「アンパンマンについて」「『手のひらを太陽に』誕生のお話」「晩年のやなせ先生」など、不定期でお届けしていく予定です。
やなせ夫妻をぐっと身近に感じながら、「あんぱん」をより楽しんでいただけたらと思います。
次回もお楽しみに!
(取材・文 松田久美子 [NHK財団])
(取材協力 やなせスタジオ、フレーベル館)
やなせご夫妻をモデルにした朝ドラ「あんぱん」の記事はこちらからご覧ください。