NHK財団では、「情報的健康」をテーマに、幅広い皆さまからアイデアや取り組みを募る「インフォメーション・ヘルスAWARD」を実施しています。
このAWARDでは、子どもや若い世代を、これからの情報空間を担う主体として位置づけ、その声や提案を社会へ届けることを目指しています。
情報空間の構造やメディアの役割に目を向け、自分たちが望む情報環境を考え、提案する。その機会としてAWARDを学校教育に取り入れているのが、名古屋市立菊里高等学校です。


その情報は、本当に自分で選んだものですか?

9月下旬、名古屋市立菊里高等学校の教室では、1年生が4か月にわたって考え続けてきた成果を発表する最終プレゼンテーションが行われました。
生徒たちが向き合ってきたのは、SNSやスマートフォン、生成AIとの付き合い方です。

発表では、情報との向き合い方を支援するアプリやサービス、ゲームなど、さまざまなアイデアが披露されました。しかし、この日の発表を見て強く印象に残ったのは、提案ばかりではありませんでした。
その出発点にあった、情報空間に対する生徒たち自身の迷いや違和感です。

「自分はいろいろな情報を見ていると思っていた」
「スマホは便利だけど、気づいたら何時間も見てしまう」
「AIの答えを、そのまま信じてしまっていないだろうか」

これらは、どれも特別な問題ではなく、多くの高校生が、そして大人たちも日々感じていることです。

いま私たちを取り巻く情報空間には、興味や関心に合わせて選ばれた情報が絶えず流れています。SNSを開けば次々に動画や投稿が表示され、生成AIが自然な文章で答えを返してくれます。
便利である一方、自分が何を見ていて、何を見ていないのか、どこまで自分で選び、どこからが仕組みによって選ばされているのか、その境界は見えにくくなっています。

生徒たちは、この授業を通じて、そうした問題を社会の話ではなく、自分自身の生活の問題として考え始めました。


名古屋市立菊里高等学校情報科教諭の蜷川裕子さん(左)、補助教員の坪井絵里さん(右)

「自分は偏っていない」と思っていた

授業が始まった初夏、生徒たちはまず、自分のSNS利用時間や、日頃どこから情報を得ているのかを振り返りました。担当する情報科教諭の蜷川裕子先生が目指したのは、正しい答えを教える授業ではなく、生徒自身が問いを見つける授業でした。

アルゴリズム  フィルターバブル  エコーチェンバー

教科書の中では少し難しく感じる言葉も、自分とスマートフォンの関わりとを重ね合わせた瞬間、急に現実味を帯びます。

「自分は偏っていない」

そう思っていた生徒も少なくなかったといいます。

しかし、実際に自分の閲覧履歴や利用傾向を振り返ると、似たような情報ばかり見ていたり、普段とは異なる考え方にほとんど触れていなかったりすることに気づきます。
幅広く見ているつもりでいても、見えていない世界がある――その事実は、生徒たちに少なからぬ戸惑いをもたらしました。


「スマホ時間を減らすことより、自分の時間を取り戻したい」

スマートフォンやSNSについて考えた生徒たちが向き合ったのは、利用時間の長さだけではありませんでした。

「気づいたら深夜になっていた」
「勉強しようと思ったのに動画を見続けてしまった」
「友人との会話より画面を見ている時間の方が長いかもしれない」

スマホは便利です。友人とつながり、調べものができ、動画や音楽も楽しめる。もはや生活の一部と言っていい存在でしょう。
だからこそ、生徒たちは悩みました。

使いたい。でも依存したくない。
便利さを手放したいわけではない。でも気づけば時間を奪われている気もする。

SNSや動画サービスは、次の投稿、次の動画へと自然に進めるよう設計されています。見続けてしまうのは、意志の強さや弱さだけの問題ではありません。気づかないうちに見続けてしまうような仕組みが働いているのです。

一方で、スマホを禁止すれば解決するわけでもありません。
彼らが取り戻したかったのは、スマホのない生活ではなく、“自分で”時間を使っているという実感でした。

プレゼンテーションでは、スマートフォンの利用状況を可視化する仕組みや、ゲーム感覚で利用をコントロールするアイデアがありました。その根底にあるのは、「スマホをなくしたい」のではなく、「自分の時間を取り戻したい」という思いです。


「AIに考えさせるのではなく、AIと考える」

生成AIの利用について考えた生徒たちもまた、単純な答えにはたどり着きませんでした。

便利だから使うべきなのか。
それとも危険だから距離を置くべきなのか。

実際にAIを使っているからこそ、ここでもそのどちらにも割り切れなかったのです。

「本当に正しいのだろうか」
「自分で考えなくなってしまわないだろうか」

そんな不安から生まれたのが、「AIに考えさせるのではなく、AIと考える」という発想でした。
複数の答えを比べる。 根拠を確かめる。 違和感があれば問い直す。そして、最後に判断するのは自分である。
それは技術との付き合い方というより、自分の考えを手放さないための姿勢だったのかもしれません。


「正解を学んだのではなく、問いを持つようになった」

今回の最終プレゼンテーションでは、フィルターバブル、アテンションエコノミー、偽・誤情報、誹ひ謗ぼう中傷ちゅうしょう、個人情報、SNS上のコミュニケーションなど、多様なテーマが発表されました。

しかし、発表の背後には共通するものがありました。それは、「どうすれば自分で情報を選び続けられるのか」という問いです。

教室では、1つの発表が終わるたびに、生徒同士が提案を評価しました。
答えを競う時間というより、問いを受け渡していく時間にも見えました。

4か月の成果は、完成された解決策ではありません。
自分の生活を振り返り、情報空間の仕組みを知り、その上で自分はどう向き合うのかを考え始めたこと。その変化こそが、4か月取り組んだこの授業の成果でした。


「情報的健康」を自分の選択にする

「情報的健康」とは、正しい情報だけを集めることではありません。
毎日の食事のように、自分がどんな情報に触れているかを意識し、多様な視点に出会いながら、自分で考え、選び続けることです。
情報空間の課題は、教育だけでなく、サービスの設計や社会の仕組みとも深く関わっています。

それでも、私たち一人ひとりにできることがあります。
なぜこの情報が届いたのか。 なぜ信じたいと思ったのか。 そして、自分は何を選ぶのか。
「情報的健康」を手がかりに、自分たちを取り巻く情報環境について考えてきた4か月。生徒たちは、情報の受け手から、そのあり方を自ら問い、考える当事者へと一歩踏み出しました。

(取材・文・写真 NHK財団 社会貢献・開発推進室 石井啓二、木村与志子)
(お問い合わせはこちら) ※ステラnetを離れます