私たちは毎日、膨大な情報に囲まれて暮らしています。ニュース、動画、SNS、検索、レコメンド、広告――。それらは日常に欠かせない存在となる一方で、無意識のうちに私たちの思考や感情に影響を及ぼしています。

では、その情報との関係は“健康”でしょうか?

この問いに研究の側から挑んでいるのが、東京大学大学院工学系研究科・鳥海不二夫教授らが取り組む、科学技術振興機構(JST) 社会技術研究開発センター(RISTEX)「可視化によるトラスト形成:パーソナライズされたデジタル情報空間のリテラシー教育(ステラnetを離れます)プロジェクトです。

SNSや動画配信サービスなどでは、一人ひとりの興味関心に応じて情報がパーソナライズされています。しかし、その仕組みや情報の偏りは利用者から見えにくく、自分がどのような情報空間の中にいるのかを認識することは容易ではありません。そこで本研究では、自らの情報環境を可視化し、情報との向き合い方を主体的に考えるためのリテラシー教育の開発を進めています。

(鳥海教授にはNHK財団が主催するインフォメーション・ヘルスAWARDで選考委員をお願いしています)


「食」との共通点――情報にもバランスが必要

この研究が目指しているのは、自分自身の情報空間を理解し、「情報的健康」を保つための力を育むことです。多様で信頼性のある情報に触れながら、自らの意思で情報環境を選択できる状態。これは、身体的・精神的・社会的な健康に並ぶ、新たな「健康」の概念と位置づけられています。

背景にあるのは、アテンション・エコノミーです。関心を引く情報が優先的に表示される仕組みは利便性を高める一方で、フィルターバブルやエコーチェンバーといった偏りを生みやすく、偽誤情報の拡散にもつながるリスクを抱えています。

研究では、情報と健康の関係を「食」にたとえます。好きなものばかりを食べ続けると栄養が偏るように、関心のある情報ばかりに触れていると、気づかないうちに情報環境も偏っていきます。重要なのは、「何を見るか」だけでなく、「どのようなバランスで情報に接しているか」です。

しかし、そのバランスは普段は見えません。だからこそ、可視化することが必要です。


中学生が研究の現場へ――東京大学でのトライアル

2026年6月20日、東京大学工学部で、この考え方を体験するワークショップが行われました。参加したのは、開成中学校の生徒たちです。研究室で生徒たちは、自分自身の情報環境と向き合いました。

ワークショップは、「情報的健康」の説明から始まりました。その後、生徒たちは鳥海教授たちが開発した“情報の可視化ツール”の操作を学びます。普段何気なく行っている検索や閲覧、視聴の履歴を入力すると、それがグラフのようになって表示される仕組みです。


「思っていた自分」と「データに表れた自分」

実際にツールに触れた生徒たちからは、驚きや戸惑いを含んだ率直な声が相次ぎました。

Aさん
ゲーム実況が好きなんですが、昔と比べるとやっているゲーム自体が違うので、検索で上位に出てくる視聴チャンネルも変化していることに気づきました。視聴回数なども変わっていて、その違いがわかりました。

Aさんが語ったのは、自分の関心の変化が検索結果や視聴傾向に表れていたという発見です。日々の行動の積み重ねは、自分では意識しにくい形で、情報との接点を変えていきます。

Bさん
思いのほかYouTubeを見ていました。一番ショックだったのは、視聴数の1位に知らないチャンネルがあったことです。また、昼休みに結構YouTubeを見ていることも(あまり意識していなかったので)意外でした。

Bさんの言葉からは、「自分では分かっているつもりだった利用状況」と、実際のデータとのズレがあったことがわかります。見る時間や回数だけではなく、どのようなチャンネルが上位に現れているのかという点も、新鮮な気づきだったようです。

Cさん
みんなのデータを見て、いろいろなジャンルの動画を見ているんだなと思いました。実際にデータやグラフで見ると、自分たちがどんな動画を見ているのか分かりやすいです。

Cさんは、自分以外のデータを見ることで、同じ年代でも情報との付き合い方が一様ではないことに気づきました。自分の行動を振り返るだけでなく、友人との違いを知ることも、情報環境を考える大切な入口になります。

情報の可視化ツールの画面

左:日ごとのYouTubeの視聴時間(一番多いのは6月7日[日] 380分)
右:視聴の分散度合い、検索による能動的な視聴はどのくらいあるのか(この生徒の場合4%)、曜日ごとの視聴パターン(この生徒の場合部活のない日曜日はほぼ一日視聴している)などもわかる


情報社会の未来をつくる「小さな実証」

今回のワークショップの特徴は、「何が正しい情報か」「何が間違っているか」を教えるものではありません。

生徒たちは、自分自身の検索履歴や動画視聴履歴をもとに、自らの情報環境を可視化しました。どのような言葉を検索しているのか。どのような動画を見ているのか。どれくらいの時間、情報に触れているのか。普段は意識することのない日常の行動がデータとして示されることで、「思っていた自分」と「実際の自分」との違いが見えてきました。

この取り組みで目指しているのは、自分自身の情報との付き合い方を客観的に見つめる機会をつくることです。

武蔵大学社会学部メディア社会学科 宇田川敦史准教授

プロジェクトに参加している武蔵大学社会学部メディア社会学科・宇田川敦史准教授は、生徒たちに、

「YouTubeを見る時間が長いこと自体が問題なのかというと、必ずしもそうとは限りません。大切なのは、自分の感覚と実際の利用状況との間にどのような違いがあるのかを意識できることです」と話しました。

見えなかったものを見えるようにすること。そして、その結果をもとに自分自身で考えること。それが、この取り組みの出発点です。


東京大学大学院工学系研究科 鳥海不二夫教授

「情報空間の健康診断」という発想

鳥海教授は、この取り組みを「健康診断」に例えます。

「健康診断では、体重や血圧、血液検査の数値を確認することで、自分の体の状態を知ります。数値そのものが目的ではなく、自分の状態を理解し、必要に応じて生活習慣を見直すきっかけを得るためです。
同じように、このツールは検索履歴や動画視聴履歴などをもとに、自分の情報空間との付き合い方を可視化し、自らを振り返る機会を提供します。
自分の情報空間との付き合い方を数値化し、それを見つめることで、自分自身について考えるきっかけをつくる。それがこの取り組みの目的です」

現在、このツールはまだ研究段階で一般には公開していません。将来的にはウイルス対策ソフトのように、一人ひとりが自分の意思で導入し、情報環境を定期的に点検できる存在になることを目指しています。 利用を制限したり監視したりするのではなく、自分がどのような情報に触れ、どのような傾向や偏りを持っているのかを知って、より良い情報環境を選択できるようになることが目標です。こうした取り組みは、「情報的健康」を支える新たなリテラシー教育の実践として期待されています。

ワークショップに参加したみなさん

教室や研究室で生まれた気づきが、やがて社会全体の情報環境の見直しへとつながる可能性があります。食事に栄養バランスがあるように、情報にもバランスがある――。生徒たちはその感覚を体験として理解することができたようです。

なお、鳥海教授はJST ERATO「情報ウェルビーイングプロジェクト(ステラnetを離れます)の研究総括も務めています。
今回紹介したRISTEXプロジェクトで培われている情報空間の可視化やリテラシー教育に関する知見は、今後ERATOプロジェクトにおける研究とも連携しながら、誰もがより良い情報環境を築くための研究へと発展していくことが期待されています。

「第4回インフォメーション・ヘルスAWARD」は、応募受付中です。詳細は、アワード公式サイト(※ステラnetを離れます)でご案内しています。

(取材・文 社会貢献・開発推進室 木村与志子)
(お問い合わせはこちら) ※ステラnetを離れます