「情報のバリアフリーを実現したい」――。そんな思いから開発を続けてきたのが、NHK放送技術研究所(以下、「NHK技研」)の「CG技術に基づく手話アニメーション(以下、「手話CG」)」チームです。
ニュースや災害情報などをCGアバターが手話で伝えるこの技術は、近年、従来の定型文に加え、一部の不定型の日本語文(以下「任意文」)にも対応できるようになりました。また、手話表現もより自然なものへと進化しています。その研究開発と実用化が評価され、2026年の放送文化基金賞(放送技術)を受賞しました。
手話CG開発はどのように進められてきたのでしょうか。また、その過程にどのような困難があり、今後どのような可能性を見据えているのでしょうか――。
「NHK財団職員に聞く “事業のウラガワ”」シリーズ第2回では、NHKと一体となり手話CGサービスの新技術開発に取り組む、NHK財団 技術事業本部の比留間伸行職員、箱﨑浩平職員に話を聞きました。
定型文から“変化する文章”への対応
――2026年放送文化基金賞受賞について、今回どのようなところが評価されたのでしょうか。

比留間 天気予報の手話CGは、決まった表現を繰り返し使う定型文が中心です。あらかじめ用意した手話のテンプレートに、「晴れ」「くもり」などの気象データを当てはめることで自動生成しています。今回の受賞は、その定型文の枠を広げ、これまでより内容が変化する文章にも対応できるようにした技術が評価されました。

箱﨑 任意の文章を手話に翻訳するためにAIを活用しました。これによって、従来より柔軟な手話CGの生成を可能にしました。

箱﨑 例えば、2026年3月に行われた大規模スポーツ大会のメダル速報では、内容が変化するニュースにも手話CGで対応できるようになりました。選手名や競技名、記録に応じて変化するニュース原稿を手話CGで伝えられるようになったことが、高く評価されたと考えています。従来に比べて表現の幅は大きく広がりました。
比留間 選手名やメダルの種類を入れ替えるだけではなく、「この選手は何大会連続でメダルを獲得しています」といった、その都度内容が変わる文章にも対応することができるようになったんです。
箱﨑 速報性が求められる情報にも対応できるように、過去のNHKニュース原稿をAIに学習させました。これで文章の変化に応じて手話CGを生成する仕組みができました。
ただ、完全自動で運用しているわけではありません。生成された内容は手話監修者に確認し、場合によってはNHK技研が開発したシステムを使って修正します。放送で活用する以上、人による確認は欠かせません。
CGと翻訳の出会いから始まった

(※1 人の動きを計測し、CGに反映する技術。

――そもそも、手話CGの研究が始まったきっかけを教えてください。
比留間 NHK技研の「手話CG研究チーム」正式発足時、私は研究リーダーを務めていました。手話は日本語を身ぶり手ぶりで表したものではなく、文法や語彙体系が異なる独立した言語です。そのため、日本語から手話を作り出すことは、一種の翻訳技術といえます。手話CGの研究が始まったのは、CG技術と翻訳技術という別々の研究分野が結び付いたことがきっかけでした。CGを専門とする研究者と翻訳技術の研究者がチームを組めば、日本語から手話を自動生成できるのではないか。そんな発想から研究がスタートしました。

箱﨑 私は学生時代からAIの研究開発に携わっており、NHKではグラフィックス分野の仕事やCGコンテンツ制作に関わりたいと考えて、NHK技研に配属されました。この研究に携わるまでは、手話やCGについて特別詳しかったわけではありませんでしたが、「手話CG研究チーム」の熱意や挑戦する姿勢に触れ、その一員として研究に加わることになりました。

――これまで、どのような思いで手話CGの開発に携わってきましたか。
比留間 まずは手話の世界を学ぶため、ろう者の方々のお話を伺うことから始めました。生まれたときからろう者の方にとって、手話は第一言語です。手話はその人の“アイデンティティ”そのものともいえます。だからこそ、いい加減なものを作ることはできません。研究の初期段階から、「当事者にとって手話が大切なものであるという思いを尊重しよう」という姿勢を大事にしてきました。全日本ろうあ連盟や手話キャスターをはじめ、多くの当事者の方々との対話を重ねながら技術開発を進めてきました。

箱﨑 サービスとして提供する以上、ろう者の方々に納得していただけるレベルまで突き詰めたいと考えていました。そこで最初に、自分自身が手話を学び始めたんです。その中で、表情や口の動きが意味を伝えるうえで非常に重要であることを実感しました。これは決して妥協できないポイントです。手話を学んで得た気づきや大切な要素を、できる限りCGに反映したいという思いで開発に取り組んできました。
比留間 手話は文字で表現できるものではありません。実際に映像や絵の形にしてみなければ分からない部分が多く、研究初期は何が正しく、何が不自然なのかも判断が難しい状況でした。完成したものを当事者の方々に見ていただき、そこで初めて間違いや改善点が見えてくることも少なくなかったです。当初はまさに手探りの状態で研究を進めていました。
こだわりは、手の3次元データ取得、文脈に合わせて口型・表情を作り変えること

――アバターの動きはどのようなデータをもとに作られるのでしょうか?
箱﨑 ろうの手話者の手に「マーカー」を装着し、モーションキャプチャーで動きを記録します。手話は指の形や角度の違いで意味が変わるため、指の一本一本の動きを細かく計測し、正確にデータ化することが重要です。

箱﨑 例えば、「昼」を表す手話では、時計の短針と長針を表す2本の指の形がポイントになります。こうした細かな違いまで忠実にCGへ反映することが求められます。

――表情でこだわるところはどこですか。
箱﨑 手話では手の動きだけでなく、表情や口の動きも重要な意味を持ちます。特に日本手話では、「マウジング」と呼ばれる口型による表現が多く使われています。
例えば、「土井」という同じ漢字でも、「ドイ」さんと読む場合と「ツチイ」さんと読む場合があります。手話の動きだけを見ると両者は同じ表現になりますが、どちらを指しているのかは口型によって区別されます。そのため、口の動きを正しく表現することが非常に重要です。

――手話CGアバターのキャラクター自体も時代とともに変化していますね。
箱﨑 そうなんです。手の動きのデータは長期間活用できますが、顔の表現はCG技術の進歩にあわせて作り直さなければならず、大変でした。キャラクターをより自然に見せようとすると、表情を制御する仕組みそのものを見直す必要がありました。
目指すのは災害情報の即時伝達

――今後、手話CGを活用するうえで、特に重要視していることは?
箱﨑 研究チームが今、最も重視しているのが「災害報道」です。津波警報や地震速報など、一刻を争う情報をできるだけ早く手話で届けることを目指しています。
聴者の方は、画面上の文字やアナウンサーの説明から多くの情報を得ることができます。一方で、ろう者の方々には依然として情報取得の壁があります。「逃げてください」「高い場所に行ってください」といった単純な呼びかけの手話だけでなく、「どこに」「いつ」「どの程度の津波が来るのか」といった詳細な情報まで伝えられるよう、研究を進めています。
研究者としても、また一個人としても、人命に関わる情報は誰もが等しく受け取れるべきだと考えています。できるかぎり聴者と同じレベルの情報を届けられるようにすることが、私たちの使命だと思っています。

比留間 例えば深夜に災害が発生した場合、手話キャスターが放送局に到着するまでの間に、まず手話CGが緊急情報を伝える。そしてその後、人間の手話キャスターがより詳しく、きめ細かな情報を届ける。そうした連携が理想だと考えています。
“完璧”ではなくても役立つ技術へ
――手話CGの目標は?
比留間 「必要な情報が確実に伝わる」レベルに到達することを目標にしています。完璧な手話CGが実現するのはまだまだ先かもしれません。開発に対しては、ろう者の方々から改善を求める意見や率直な指摘をいただくこともあります。そうしたさまざまな意見を真摯に受け止めながら、より良いものを目指して開発を続けていきたいと思っています。
箱﨑 ろう者の方々と直接お話する中で、「改善すべき点はまだあるかもしれないけれど、取り組んでくれていること自体がうれしい」といった言葉をいただくことがあります。そうした声に励まされながら、「手話CGがあって良かった」と感じてくださる方を一人でも増やしたいと思っています。そのために、これからもNHKグループとして手話CGの品質向上に取り組んでいきます。
【プロフィール】
ひるま・のぶゆき
1984年NHK入局。長野局、名古屋局、NHK技研などに勤務。2017年よりNHKエンジニアリングシステム、NHK財団に所属。NHK技研の「手話CG研究チーム」正式発足時に研究リーダーを務め、現在は手話言語資源整備などをサポートしている。
【プロフィール】
はこざき・こうへい
2018年NHK入局。名古屋局、NHK技研を経て、2025年からNHK財団へ出向。手話CG生成システムでは主にCG生成機能の開発を担当している。
“災害報道”を、ろう者にも早く詳細に届けたい――。手話CGの研究は、その願いを形にするための挑戦として、これからも進化を続けていく。
(取材・齋藤健治、松田久美子/文・松田久美子[ステラnet編集部])