建て替えに伴う長期休館に入っている、出光美術館。この間も利用者が継続して所蔵品の魅力に触れられるよう、オンライン上で「出光デジタルミュージアム(ステラnetを離れます)」を運営しています。
デジタルミュージアムは単に作品画像の掲載をしているだけではありません。実際の展示室を3DCGで忠実に再現、来館時と同じようにデジタル空間を移動しながら作品を鑑賞できる“仮想美術館”です。展示室の床材や照明の色温度、作品の設置位置まで再現されていて、画面越しではありますが、実際に「美術館にいる」錯覚を覚えるほどの臨場感です。
(NHK財団では、展示室の3DCGの作成や作品のデジタル化、AI合成音声を用いての作品紹介などに協力しています)
今回、この中の「展示室3」が一新され、江戸時代の風俗画を中心とした新たな作品が展示されました。江戸の都市文化が成熟した、当時の空気をオンライン上で立体的に味わえる内容となっています。当時の活気や、人々が行き交う躍動的な雰囲気を是非、味わってください。
デジタルミュージアムとは

デジタルミュージアムは、館内を細密な3DCGで再構築したオンラインの仮想空間です。利用者は展示室内を自由に移動し、作品の前で長時間立ち止まったり、画面越しに作品へ近づいて細部を拡大したりできます。スマートフォンだけでなく、タブレットやPCのモニターなど、どの端末でも最適化されて表示されるため、環境を選ばず快適に鑑賞できる点も好評です。
日本の美術作品、特に絵画は、紙や絹に顔料などで描かれているため光に弱く、通常の展示では照明に制限があります。しかしデジタル空間ではその制約がなく、明るい光のもとで微細な筆遣いや、金箔の輝きなど、細部まで確認できるのが大きな魅力です。特に屏風作品は、折れによる立体性や金地の反射が美の重要な要素です。デジタル技術ではそうした部分まで忠実に再現、現実の鑑賞では気づきにくい点まで自然と目に入ります。
また、作品ごとに合成音声による解説が用意されていて、専門知識のない人でも理解しやすいよう工夫されています。音声は、聞き取りやすいリズムに調整され、視覚情報と聴覚情報を組み合わせた多面的な鑑賞体験を実現しています。
新たに展示された作品は、江戸風俗を描いた屏風作品など
今回のリニューアルで大きく変わったのは、江戸の暮らしや文化を伝える屏風作品を中心にした展示構成です。江戸時代は、経済の発展とともに庶民文化が大きく花開きました。祭礼、芝居、四季の行事、街の賑わいなど、市井の生活を描いた風俗画が数多く制作されました。
屏風という広い画面は、町の広がりや人々の動きを生き生きと描くのに適しており、絵師たちはその中で色彩や構図の工夫を凝らして当時の空気感を視覚的に伝えています。特に江戸の都市空間は人の流れと活気が魅力で、屏風絵にはそうした空気感が濃縮されています。
デジタルミュージアムでは、こうした作品を平面的にスクリーン越しに眺めるだけでなく、実際の屏風の折れや画面の奥行きを立体的に感じ取れるよう再現されています。作品に近づけば細部の描き込みが確認でき、離れれば都市全体の構図が見渡せるなど、現実の鑑賞とデジタル特有の体験が自然に融合しています。まるで本物の屏風を前にしているかのような臨場感で、江戸の町の賑わいを見ることができます。
追加作品の紹介
●美人鑑賞図

勝川春章は写実的で優美な美人画を得意とした絵師。本作では、11人の女性が異なる髪型と衣装をまとい、細やかにその仕草や表情が描かれています。女性の立ち居振る舞い、衣装の文様、色彩の組み合わせは、当時の美意識を象徴する重要な要素です。
デジタル高精細表示により、布の織り、染めの深み、細かな刺繍文様まで鮮明に再現され、春章が意図した人物ごとの個性の違いが一層わかりやすくなりました。画面全体を俯瞰しつつ、気になる部分だけを拡大して鑑賞できる点も、大型作品ならではの新しい楽しみ方です。
●吉原俄図

肉筆の美人画で知られる蹄斎北馬による本作品は、吉原の遊里で行われた即興芝居「俄」の一場面を描いたもの。俄は、身近な出来事を即興で芝居に仕立てる軽妙な演目で、庶民文化を象徴する娯楽でした。
画面全体には、芝居に見入る人々の表情、豪華な衣装、座敷の空気感が細かに描かれ、当時の吉原が持つ華やかさと熱気が伝わります。デジタル化によって細部が見えることで、背景の調度品、部屋の配置、人々の軽やかな動きまで観察でき、物語性がより深く立ち上がってきます。
●中村座歌舞伎図屏風

江戸歌舞伎の中心的劇場である中村座の賑わいを描いた屏風。芝居小屋の外観、張り出された看板、役者名を知らせる文字、そして観客の動きが躍動的に描かれています。
歌舞伎が人々の生活の中でどれほど親しまれていたかが伝わります。また、デジタル鑑賞ならではの自由な構図により、建物の立体構造や群衆の配置をより自然に把握できます。また観客の服装から当時の社会階層や文化背景がより分かり易くなっています。
●江戸名所図屏風(重要文化財)

今回のリニューアルの中心となる作品が「江戸名所図屏風」です。高さ約1m、横幅約4.9mの屏風二対に、江戸城を中心とした町全体が描かれ、寺社、橋、町家などの名所が精緻に描き込まれています。さらに、2,000人以上の人物が四季の行事や日常生活を営む姿もあり、江戸の都市が持つ多層的な魅力が凝縮された大作です。
デジタル鑑賞では、金地の輝き、建物の屋根の重なり、人物の細かな表情まで確認でき、従来の展示では見落としがちなディテールが際立ちます。屏風の折れによって生まれる光の反射や陰影の変化までも再現され、作品が持つ立体性がより豊かに感じられます。
進化した合成音声と今後の展開
今回のリニューアルでは、合成音声の解説もアップデートされ、従来よりも自然なイントネーションを実現、作品解説にメリハリが生まれました。利用者が好きなタイミングで解説を聞けるため、作品の理解をより深めながら自分のペースで鑑賞できます。
出光美術館デジタルミュージアムでは、これからも機会を捉えた作品の追加や展示刷新を予定しており、新たな所蔵品の公開やテーマ展示の拡充など、オンラインならではの柔軟な展開が期待されます。長期休館中の代替手段という枠を超え、リアルとデジタルを往還する新たな鑑賞体験の場として、これからも存在感を高めていくことでしょう。
オンラインだからこそ得られる新たな発見と、時代を超えて受け継がれた美の世界――その両方を楽しめる場として、今後の展開にも注目してください。
(NHK財団 技術事業本部 朱牟田 肇)