N響=NHK交響楽団は1926年(大正15年)、日本で初めての本格的なプロオーケストラとして「新交響楽団」の名称で産声をあげました。今年で創立100年。戦争をはじめ幾多の苦難を乗り越えながら、N響は世界的な指揮者やソリストと多くの名演奏を残してきました。今回の展示では、普段見られない貴重な資料で、N響100年の歩みをたどることができます。NHK財団N響担当の松井治伸による鑑賞リポートです。

会場はNHK放送博物館
特別テーマ展示の会場は、東京・港区のNHK放送博物館。3階の企画展示室には、N響の歴史を物語る資料が展示され、パネルによる解説とあわせて、N響100年の歩みが時代を追ってたどれるようになっています。

1926年(大正15年)、N響の前身「新交響楽団」が創立
会場を入るとすぐに、N響の前身である「新交響楽団」の創設に関わった2人の人物の写真が目に飛び込んできます。1人が作曲家の山田耕筰、もう1人が指揮者の近衛秀麿です。2人は、1925年(大正14年)に日本初の本格的なオーケストラ団体「日本交響楽協会」を設立します。しかし内部分裂が生じ、楽員の多くが近衛を支持して近衛とともに脱退。こうして、近衛を中心に1926年(大正15年)10月5日に設立されたのが、新交響楽団です。

近衛秀麿のサイン入りの貴重な楽譜も
会場には、近衛秀麿が使った楽譜も展示されています。近衛は、五摂家筆頭の近衛家の生まれで、兄は総理大臣を務めた近衛文麿です。ヨーロッパに留学し、1924年には日本人として初めてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮するなど、本場仕込みの指揮で草創期の新交響楽団を牽引しました。展示されている楽譜の表紙には、ローマ字で書かれた近衛のサインも見えます。「1930(年)」という書き込みに、100年近くの時の流れを感じました。

第1回第2回の予約演奏会のチケットが展示
設立翌年の1927年2月20日、新交響楽団は第1回予約演奏会を開催します。予約演奏会とはシーズンを通して同じ座席のチケットを購入してもらうシステムで、現在のN響の定期公演にもこの方法が引き継がれています。会場には、第1回と第2回の予約演奏会のチケットが展示されています。よく見るとそのうち1枚は、公演日を手書きで書き直した跡がありました。こうしたところも、実物の資料ならではの見どころです。

100年続くN響の機関誌『フィルハーモニー』の創刊号も
会場には、第1回予約演奏会で配布されたパンフレットも展示されています。表紙には『曲目と解説』とあります。しゃれたデザインが古さを感じさせません。横書きの文字の方向が、今と同じ左から右なのもモダンな感じです。この『曲目と解説』は、現在N響の定期公演の会場で配布されている機関誌『フィルハーモニー』の創刊号に位置付けられています。100年近く途絶えることなくパンフレットが配布されてきたことに、歴史の重みを感じました。

ラジオ放送にも出演した新交響楽団
ラジオ放送が始まったのは、新交響楽団の設立の前年1925年3月でした。新交響楽団は始まって間もないラジオ放送に出演し、名曲の数々を全国に届けます。公演の中継も頻繁に行われ、ラジオ放送を通じてクラシック音楽の普及に貢献したのです。
今では年末恒例となっているベートーベンの《第九》の演奏会の放送も、新交響楽団が最初でした。1940年(昭和15年)12月31日のことです。
N響の歴史は放送とともに歩んだ歴史でもありました。

戦時下に「日本交響楽団」に名称変更 公演パンフレットでは外国語を漢字に
新交響楽団は、1942年(昭和17年)に「日本交響楽団」に名称を変更します。時あたかも太平洋戦争のさなか。今回、会場には、そのころの公演パンフレットが展示されています。「セレナード」は「小夜曲」、「フーガ」は「遁走曲」、「スペイン」は「西班牙」、「ピアノ」は「洋琴」と、漢字を使った言葉で書かれた内容を見ると、当時の時代の空気を感じます。
戦時下にもかかわらず、日本交響楽団は3月10日の東京大空襲の直後も演奏会を開催し、大勢の観客が詰めかけました。定期公演は昭和20年6月まで続けられました。

1951年(昭和26年)NHK交響楽団として新たな出発
戦後も、日本交響楽団は昭和20年8月28日にはラジオ放送に登場、9月14日、15日には定期公演を再開し、人々に音楽を贈り続けました。そうした日本交響楽団に転機が訪れます。
1951年(昭和26年)、日本交響楽団は公共放送NHKの支援を受けることになり、「NHK交響楽団」と名称を改め、新たなスタートを切ります。
初代の理事長はNHK会長でもあった古垣鐡郎でした。古垣は音楽の持つ力を信じ、「単に日本ばかりでなく広く、世界に向って本楽団の存在を問わんとする」と、N響の発足に当たって高い理想を掲げました。
今回、会場には、その古垣会長に贈られた楽員のサイン入りの壺が展示されています。一面にびっしり書かれた寄せ書きを見ていると、N響として再出発するという高揚感が伝わってきます。

あのカラヤンも指揮台に立った
1954年(昭和29年)、世界的な指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンがN響の指揮台に立ちます。当時カラヤンは46歳。1か月あまり日本に滞在してN響を指揮しました。演奏はテレビでも放送され、日本に「カラヤン旋風」を巻き起こします。
カラヤンをはじめ、N響は世界的指揮者との共演でめきめきと演奏技術を上げてゆきます。その成果が、1960年(昭和35年)の「世界一周演奏旅行」でした。

世界一周演奏旅行の成功 世界のN響へと飛躍!
1960年(昭和35年)9月から11月まで、N響は「世界一周演奏旅行」を敢行します。日本のオーケストラとして初めての海外公演でした。世界12か国の24都市を回るというハードスケジュールでしたが、各地で好評を以て迎えられ、大成功をおさめました。
これ以降N響は海外公演を積極的に行うようになります。昨年(2025年)もヨーロッパ公演を行い、ベルリン・フィルなど世界の一流オーケストラも出演した「マーラー・フェスティバル」でマーラーの大作を演奏し、大好評を博しました。

実際の演奏に使われた鐘も展示
会場には、N響が実際に演奏会で使った楽器も展示されています。それは「鐘」。直径数十センチ。教会の鐘のような形をしています。展示会場で叩いて音を出すことはできませんが、側にあるセンサーに手をかざすと、スピーカーからN響の演奏で使われた時の音が流れます。まさに教会の鐘のような音でした。ちなみに、現在はこれとは別の鐘を使っているそうです。

音楽への思いがN響100年の歴史を紡いできた
会場では、N響の歴代指揮者の写真もパネルで展示され、過去のN響の名演奏やN響が演奏した大河ドラマのテーマ音楽なども聴くことができます。
今回の特別テーマ展示を見て痛感したのは、音楽を愛する先人たちの熱い思いと地道な努力でした。それこそが、N響100年の歴史を紡いできたと感じました。今はいつでも手軽に音楽が楽しめる時代。しかし、それだからこそ、先人たちのような音楽への熱い思いは忘れないようにしたいと思いました。
期間中は過去の名演奏を上演
今回の展示の期間中、NHK放送博物館の愛宕山8Kシアターでは、N響の名演奏の数々を、臨場感あふれる大画面と迫力の音響で上映しています。放送とともに歩んできたN響ならではの貴重なドキュメントの数々。思い出の名演奏と再び出会うこともできそうです。(なお、映像は「8K」画質ではありません。)
◆N響演奏の上映ラインアップはこちら
4月、5月のラインアップ ※ステラnetを離れます
6月のラインアップ ※ステラnetを離れます
放送博物館 特別テーマ展示 NHK交響楽団 放送と歩んだ100年
開催期間:4月17日(金) ~ 8月30日(日)
休館日は毎週月曜日(祝日・振替休日の場合は翌火曜日)
会場:NHK放送博物館 3階企画展示室
開館時間:午前9:30~午後4:30
入場無料
特別展示のサイトはこちら ※ステラnetを離れます
NHK放送博物館公式サイトはこちら ※ステラnetを離れます