2026年7月、京都芸術大学で、NHK財団による出張講座「情報空間の課題にインフォメーション・ヘルス(情報的健康)とキャラクターデザイン/メディアアートの発想でアプローチする」を行いました。
講座を受けたのは、マンガ・アニメ、イラスト・グラフィック、ゲーム、3DCG・立体造形、映像、アプリ、VRなどの分野で、将来クリエイターとして活躍することを目指す学生の皆さんです。
講座の目的は、現代の情報空間の課題を「情報的健康」という視点から構造的に理解し、批評にとどまるのではなく、改善するための視点を得ることです。
「情報的健康」とは、情報があふれる環境の中でも、一人ひとりが主体的かつ健全に意思決定できている状態を指します。
SNSや動画配信サービス、ゲーム、アニメ、キャラクターコンテンツなどが人々の価値観や行動に大きな影響を与える時代において、表現を生み出す側の視点から情報と社会との関係を考えることも、本講座の重要なテーマとなりました。

講座では、私たちの行動や関心がデータとして蓄積され、アルゴリズムによって分析され、その結果として「おすすめ」の形で情報が提示される現代の構造について考えました。便利な仕組みである一方で、フィルターバブルやエコーチェンバーを生み出し、私たちは自分で選んでいるつもりでも、実は「選ばされている」可能性があります。
ある学生は「作品制作の過程でAIを使うこと自体には抵抗はないが、作品全体がAIによって作られることには違和感がある」と話しました。
また別の学生は、「タイムラインが自分の関心に合う情報で埋め尽くされる心地よさがある一方で、無意識のうちに偏った情報に囲まれている感覚がある」と語りました。
さらに、「選挙のときにSNSで候補者について調べたが、さまざまな意見が飛び交い、何が正しいのかわからなくなった」「大勢から批判されている意見を見ると、自分もその意見は間違っているのではないかと思ってしまうことがある」という声もありました。
学生たちの関心は単なる情報リテラシーにとどまりません。生成AI、SNS、表現活動、民主主義など、自分たちの未来に直結する課題として情報空間を捉えていたことが印象的でした。
コンテンツを愛するからこそ、情報空間を考える
講座では、筆者自身の経験も紹介しました。
私は1990年代後半に音楽業界で仕事をしていました。CDを中心とした音楽産業が大きな成長を続ける一方で、インターネットの普及によってコンテンツを巡る環境が大きく変化し始めた時代です。
Napsterによる音楽ファイル共有サービスの登場や、その後のYouTubeの普及は、表現や情報発信の可能性を大きく広げました。しかし一方で、著作権侵害や情報の信頼性といった新たな課題も生み出しました。
当時、音楽を愛する多くの人がいる一方で、作品を生み出したクリエイターに十分な対価が届かない現実に複雑な思いを抱いていました。
漫画村*1やWELQ問題*2なども含め、インターネット上の事例を紹介したのは、情報空間の課題が表現者にとって決して他人事ではないからです。著作権、情報の信頼性、生成AIとの向き合い方など、これから創作を続けていく学生たちと一緒に考えたいテーマとして共有しました。
*1 海賊版の漫画ビューサイト
*2 医療情報サイトで、低品質・不正確な記事が大量に公開された事件
「偏り」のある情報空間と真摯に向き合う

ある学生は、
「新聞やテレビのニュースは受動的なメディアなので、報道の方向性が偏って見えることがあります」
と率直な意見を述べました。
一方で、
「ネットにも本当の情報と嘘の情報が混在している。だからこそ情報リテラシーやクリティカルシンキングが必要だと思う」
とも語りました。
新聞や放送には戦時中のプロパガンダという歴史があり、その反省から新聞倫理綱領が定められ、また、放送法やBPOなどの仕組みが整備されてきました。しかし制度があるからといって課題がなくなるわけではありません。
大切なのは、「メディアは正しい」「メディアは信用できない」と決めつけることではなく、常に検証し続けることです。
情報空間には一定の偏りがあります。問題なのは偏りそのものではなく、その偏りに気づかないまま限られた情報だけに接し続けることなのかもしれません。
同じ出来事でも、立場によって見え方は変わります。人は自分の見ている世界を真実だと思い込みがちですが、別の視点に触れた瞬間、それまで信じていた現実は揺らぎ始めます。現代の情報空間で実際に起きていることです。
講座後の振り返りでは、
「SNSから距離を置くと友人との会話についていけなくなることもある。やめるのではなく、どう付き合うかが大事だと思った」
「私たちの世代はパーソナライズされた情報環境に慣れているが、別世代は違和感を覚えることもあると知った」
「フィルターバブルは、自分で分かっていても影響を受けてしまう怖さがある」
といった声が寄せられました。
学生たちは情報空間の問題を単なる知識としてではなく、自分たちの日常や創作活動に関わるテーマとして受け止めていました。
今回の講座について、先生方からもコメントをいただきました。
作品に描かれた価値観や言葉、物語は、知らないうちに誰かのものの見方を変え、社会の空気をつくっていきます。それゆえ、クリエイターには『何を表現したいのか』だけではなく、『それが誰に、どのように届き、どのような感情や行動を生む可能性があるのか』を想像する姿勢が必要です。AIも一つのキャラクターと言えます。今後はAIのビジュアルだけでなく、その中身のキャラクターデザインを担う人も増えていくでしょう。AIは人と直接的に関わる存在になるため、それをデザインするクリエイターに求められる責任も、ますます大きくなっていくと思います。
川北輝さん(京都芸術大学 キャラクターデザイン学科 専任講師)
作品は、人の心を動かし、人生を豊かにする力を持っています。
だからこそ、多様な価値観に触れながら自分らしい表現を育み、その歩みを止めることなく創作を続けてほしいです。玉井敏晴さん(羽衣国際大学 現代社会学部 准教授)
未来のクリエイターが情報空間を変えていく

コンテンツや表現には、人の感情や価値観を動かす力があります。
情報空間の課題を理解し、その構造を可視化し、新たな表現として社会に問いかけることができるのはクリエイターの大切な役割です。
京都芸術大学の学生たちの率直な問いや発想からは、情報空間をより良い方向へ変える可能性を感じました。
メディアやプラットフォームだけでなく、未来のクリエイターたちが生み出す作品もまた、社会を変える力を持っている――。そんな期待を抱かせる出張講座となりました。
(取材・文・写真 NHK財団 社会貢献・開発推進室 木村与志子)
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