スマートフォンを開けば、次々とニュースや動画、おすすめ記事が流れてくる時代です。私たちは便利さを手に入れた一方で、自分と似た意見ばかりに囲まれる「フィルターバブル」や、感情を刺激する情報に目が向きやすい「アテンション・エコノミー」といった課題にも向き合うことになりました。
こうした情報環境の中で、ニュースアプリはどのような役割を果たせるのでしょうか。
今回は、「グノシー」でアルゴリズム開発を担い、インフォメーション・ヘルスAWARDの選考委員も務める小澤俊介さんにお話を伺いました。自然言語処理の研究者からニュースサービスの開発者へと歩んできた小澤さんに、AI時代の情報との向き合い方や、情報的健康への思いを聞きました。
膨大な情報の中から「価値ある情報」を届けたい
小澤 私は大学院で自然言語処理を研究していました。自然言語処理とは、人が書いた文章をコンピューターが理解しやすい形に変換し、必要な情報を抽出したり整理したりする技術です。
学生時代から関心を持っていたのは、インターネット上にあふれる膨大な情報の中から、人にとって価値のある情報をどう見つけ出し、届けるかというテーマでした。
当時は「情報爆発」という言葉が使われるほど情報量が増えていて、その中で価値ある情報をうまく整理して届けることに大きな興味を持っていました。
博士課程を修了した後は、研究者の道ではなく企業を選びました。研究成果を論文にするだけでなく、実際のサービスとしてユーザーに届ける方が、自分のやりたいことに近いと感じたからです。
その思いは今も変わっていません。膨大なニュースの中から、一人ひとりにとって意味のある情報を届けることが、ニュースサービスづくりの原点だと思っています。

第4回インフォメーション・ヘルスAWARD オープン部門選考委員。情報推薦、自然言語処理、AI活用を専門とし新たなニュースサービスの開発に取り組んでいる。
「おすすめ」は便利。でも、それだけではいけない
小澤 ニュースアプリやSNSでは、ユーザーの興味や行動履歴に応じて情報を届けるパーソナライズが当たり前になっています。これは必要な技術ですが、それだけでは十分ではありません。
人はどうしても、自分が共感しやすい情報や好みの情報に引き寄せられます。だからこそ、興味関心に合った情報だけでなく、自分とは異なる視点や価値観に触れる機会も提供する必要があると考えています。
グノシーでは、1つの指標だけで記事を推薦するのではなく、複数のアルゴリズムを組み合わせながら、多様な情報との出会いを生み出す仕組みを工夫しています。 エコーチェンバーやフィルターバブルが起きにくい環境をつくることは、プラットフォーム側の重要な責任だと思っています。
「良い情報」を決めるのは難しい
小澤 ニュースサービスを運営していると、「良い情報とは何か」という問いに直面します。
実は、その答えは簡単ではありません。社内でもニュースの質を評価する実験を行ったことがありますが、「良いニュース」の基準は人によって大きく異なりました。
読みやすさや情報量、多様な視点の有無など、さまざまな評価軸はあります。しかし、その人が持っている知識や置かれている状況によって評価は変わってしまいます。
だから私たちは、「良い情報」を一律に定義するよりも、「悪い情報」を減らすことに力を入れています。
フェイクニュースや誤解を招く情報、いわゆる“釣り記事”などは比較的定義しやすいものです。そうした情報を抑制しながら、一定の品質が担保された情報の中から、利用者自身が選択できる環境を整えることが現実的だと考えています。
万能の正解を提示するのではなく、安心して判断できる土台をつくること。それもニュースサービスの大切な役割だと思います。
グノシーでは近年、「AIコメンテーター」という機能を導入しています。
1つのニュースに対して、異なる立場や観点からAIがコメントを提示する仕組みです。
同じニュースでも、見る立場によって解釈は変わります。だからこそ、複数の視点に触れることには大きな意味があると考えています。
フェイクニュースを完全に見抜くことは、誰にとっても簡単ではありません。しかし、「別の見方があるかもしれない」と気付くことはできます。 多様な意見が存在することを自然に受け止められるようになることが、情報空間の中で冷静に考える力につながるのではないでしょうか。

AI時代だからこそ、人間が責任を持つ
小澤 私自身も仕事の中で生成AIを活用しています。しかし、最終的な責任は人間が負うべきだと考えています。
AIに下書きを作ってもらうことはありますが、その内容を確認し、自分が納得できる形に修正して発信するのは人間です。
また今後は、情報そのものだけでなく、「誰が発信したのか」「どこから来たのか」といった来歴情報がますます重要になるでしょう。
AIが当たり前になる時代だからこそ、一次情報や情報源への意識がこれまで以上に求められると感じています。
私が情報との向き合い方で大切だと思っているのは、「考える時間」を持つことです。
いまはタイパやコスパが重視される時代ですが、感情を消費して終わるのではなく、受け取った情報について少し立ち止まって考える時間が必要だと思います。
流れてきた情報をそのまま受け取るのではなく、自分なりに咀嚼し、考え直し、必要であればさらに調べてみる。
そうした小さな積み重ねが、「情報的健康」の土台になるのではないでしょうか。
「予測するニュース」という新しい挑戦
小澤 私たちは今、ニュースを読むだけではなく、ユーザー自身が社会や出来事の未来を予測する「予測市場(Prediction Market)」の考え方を取り入れた新しいサービスも検討しています。
例えば、「ワールドカップで優勝する国はどこか」といった問いに向き合うと、人は自然に関連ニュースを読み、背景を調べ、知識を広げようとします。
ニュースをただ消費するだけではなく、考えるきっかけをつくりたいのです。予測するためには、自分で情報を集め、理解する必要がありますから。
生成AIの普及によって、情報との向き合い方は大きく変わろうとしています。だからこそ私たちは、情報を届けるだけでなく、人々が考え、判断し、学ぶことを支えるサービスを目指していきたいと考えています。
情報的健康に必要なのは「考える時間」
今回のインタビューでは、ニュースサービスの役割やAIとの向き合い方、多様な視点に触れることの大切さなど、情報空間におけるさまざまな課題と可能性が語られました。
なかでも印象的だったのは、「良い情報」を1つの基準で決めるのではなく、多様な情報に出会える環境を整えることの重要性です。それは情報を提供する側だけでなく、情報を受け取る私たちにとっても示唆に富む考え方でした。異なる視点に触れながら自ら考え、判断することは、まさに「情報的健康」の実践にもつながると言えるでしょう。
小澤さんは、インフォメーション・ヘルスAWARDについて、「短期的な話題づくりではなく、中長期的に情報環境を良くしていくアイデアに期待したい」と語ります。
生成AIの普及によって情報との向き合い方が大きく変わる今、人と情報のより良い関係を模索する取り組みはますます重要になっています。情報的健康という考え方が広がり、一人ひとりが情報と主体的に向き合える環境が育まれることが期待されます。インフォメーション・ヘルスAWARDから、そんな未来につながる新しい実践が生まれることを期待しています。
(撮影場所:WeWork赤坂グリーンクロス)
(取材・文・写真 NHK財団 社会貢献・開発推進室 石井啓二、木村与志子)
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