NHK財団では、情報空間の課題の解決方法や、一人一人が望む「情報的健康(インフォメーション・ヘルス)」を実現するためのアイデアを募集し、社会実装に向けての取り組みを進めています。
(詳しくは財団の公式サイト「インフォメーション・ヘルスアワード」をご覧ください) ※ステラnetを離れます

昨年開催された「第3回インフォメーション・ヘルスアワード」のアイデア部門準グランプリ 小林千晃さんにお話を伺いました。
(受賞アイデアはこちら ※ステラnetを離れます

小林千晃さん(東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 吉田塁研究室)のアイデア

「インフォメーション・フードのリスク成分表示―情報添加物・汚染物質・アレルゲン―」

文章に含まれる過度なレトリックやびゅうなどの情報操作テクニックを食品成分表示のように可視化し、ユーザが情報の危険性を直感的に判断できるようにします


第3回インフォメーション・ヘルスアワード表彰式(2025.12.27)の小林さん

技術を社会にどう生かすか――研究の原点とテーマ

――現在取り組まれている研究や活動について教えてください。

小林 所属は東京大学大学院技術経営戦略学専攻です。この専攻では、作った技術をどう社会に実装し、どうすればより良い形で社会に出せるのかを考えます。研究室ごとにテーマは幅広いのですが、「技術をどう社会に生かすか」という視点は共通しています。

私が専門としている教育工学は領域が広く、教育用のソフトウエアやアプリケーションを開発し、実際の教育現場で活用して学習を支援する、といった研究も含まれます。
その中で私は、今回のインフォメーション・ヘルスアワードにも関係する「コグニティブセキュリティ」や、誤情報への耐性を高めることをテーマに、学習ゲームの開発に取り組んでいます。

コグニティブセキュリティ:人間の認知や行動、意思決定に悪影響を与える情報攻撃から人と社会を守ること(科学技術振興機構[JST]サイトより)

――教育分野の中で、情報的健康に沿ったこのテーマに着目された理由は?

小林 中学生の頃からTwitter(現在のX)を見ていて、だまされる経験が何度かありました。親が誤った情報を信じていると感じることもあって、「なぜ人は騙されてしまうのか」「どうすれば防げるのか」という疑問を持つようになったんです。
また、教師が多い家系で育ったこともあり、教育という分野が身近でした。そうした問題意識と教育への関心が重なって、今の研究テーマにつながっています。


情報に紛れ込む“異物”に対する免疫力をつける――ファクトチェックでは届かない領域へ

――応募内容では、「接種理論」を情報に重ねた考え方が印象的でした。

小林 私の研究では、接種理論を軸にしています。インフルエンザワクチンのような、いわゆる予防接種の心理版、と言ったところです。
まず、「情報をとること」を「食事をとること」に置き換えます。偽情報や誤情報などについては、食事の中に紛れ込んでいる身体によくない成分、例えばアレルギー物質だったり、ばい菌だったり、と考えます。人間には免疫があるので少しくらいの危険な成分には対抗できますよね。同じように偽情報に対する「免疫」を心理的に高めれば対抗できるのではないか、と考え、そのための教育用ソフトウエアやアプリを、社会実装を見据えて開発しています。3月には学会発表も行い、現在はプロトタイプを作って効果検証を進めている段階です。

偽情報への対策として、まず思い浮かぶのはファクトチェックですが、実際には手間がかかりますし、結果を発信してもあまり見てもらえないという課題があります。
メディアリテラシーや情報リテラシーという言葉はありますが、「これは信頼できる」「これは信頼できない」といった極端なメッセージになりがちで、SNSの実態に合っていないのではないかという違和感もありました。

そうした中で出会ったのが「接種理論」です。正解を外から与えるのではなく、人が判断する力を内側から支える考え方が、情報的健康に合っていると感じました。

――情報を食品に見立てる比喩は、「インフォメーション・ヘルス」と共通しています。

小林 「インフォメーション・ヘルス」という考え方は、とても分かりやすい枠組みだと感じていました。鳥海不二夫先生や山本龍彦先生の著書でも、「情報にも成分表示があったらいいよね」という話が出てきます。食べ物なら、何が入っているかを知ることで危険性を判断できることもありますが、情報にはそれがない。だからこそ、成分表示のような仕組みが必要だ、という指摘です。
ただ、具体的にどう表現するかまでは示されていなかったので、自分なりに考えてみようと思いました。認知バイアスや誤謬を、食べ物の中に含まれる「よくないもの」に置き換えられるのではないか、と。

添加物のように、許容量を超えなければ必ずしも危険ではないものもあります。一方で、明確に身体に悪影響を及ぼすものもある。その違いを、レトリックや認知バイアスに重ねて整理していきました。
ただし、誤謬や認知バイアスがすべて悪いわけではありません。使われているからといって、その議論が完全に間違っているとは限りません。だからこそ、「これはダメだ」と一方的に判断してしまう設計になるのは危険だと感じ、初期段階から慎重に考えてきました。


オンラインでお話しをうかがいました。

判断を支える線引き――ジレンマと次の世代へ

――このアイデアをまとめる中で、新たに気づいたことは?

小林 情報を食品に例えて考える中で、食品は法律や第三者によって厳密に管理されている一方、情報にはそれが成り立たない、という点に改めて気づきました。情報版の「食品衛生管理」を作ることは現実的ではありません。だからこそ、最終的にはユーザ自身が判断できるようになる必要があります。
ただ、それを毎回個人に委ねるのは負担が大きい。研究者である自分自身も、常に見抜けているわけではありません。ただ、語尾の強さや認知バイアスといった、共通する、しかも影響力の大きい要素はあると思います。それに気づく手助けをするツールには意味があると感じています。

――支援ツールを考えるうえで難しかったところは?

小林 健康や受験、就職活動の情報は、個人の体験談がとても強い影響力を持ちます。そうした中で、誤った情報に影響されてしまう人を、簡単に「悪い」「愚かだ」と切り捨てることはできません。
分かりやすく整理された情報は安心感がありますし、その瞬間だけを見れば「健康」につながっているとも言える場合があります。極端な話ですが、結果的に病気の治療がうまくいかなかったとしても、その過程で患者の気持ちが少し安らいでいたのなら、それにも意味があったのではないか、と考えてしまうこともあります。
ただ、だからといってすべてを野放しにしていいわけではない。どこまで支援し、どこから先を個人の判断に委ねるのか。その線引きには常にジレンマがあり、簡単な答えはないと感じています。

―― 最後に、アワードへの応募を考えているみなさんへメッセージをお願いします。

小林   今の中学生や高校生が置かれている情報環境は、僕たちの世代ともかなり違っていると思います。Xをあまり見ず、インスタやTikTok、YouTubeショートを中心に情報を受け取っている。その環境だからこそ見えてくる視点やアイデアが、きっとあります。
大きな問題意識でなくても構いません。「なんとなくモヤっとする」「ここ、ちょっと変だな」という感覚で十分です。生成AIと対話しながら考えてみるのも1つの方法です。
まずは、自分が今いる情報環境を少し眺めて、「ここ、おかしいな」と感じたところから始めてもらえるといいのかな。


次回の「インフォメーション・ヘルスアワード」は、4月27日(月)からの募集開始を予定しています。応募方法などの詳細は、今後アワード公式サイト(※ステラnetを離れます)でご案内していきますので、ぜひチェックしてみてください。

(取材・文 社会貢献事業部 木村与志子)
お問い合わせはこちら※ステラnetを離れます