SNSやインターネットは、今や私たちの生活に欠かせない情報インフラとなっています。その利便性が広がる一方で、ぼう中傷や真偽不明の情報に直面する場面も、決して特別な出来事ではなくなりました。災害時に拡散するフェイク画像や、若者を狙ったSNS上の詐欺、闇バイトの問題などは、都市部に限らず、地域社会にも確実に影響を及ぼしています。
鳥取県では、こうした状況を特定の利用者の使い方や個人のリテラシー不足の問題として切り分けるのではなく、誰もが当事者となりうる社会的リスクとして捉えています。
情報を「どう制限するか」ではなく、「どう受け取り、どう判断するか」に目を向ける姿勢――それを象徴するのが、情報を見極める力の重要性を「食」にたとえて考える「情報的健康」です。


鳥取県で「情報的健康」をテーマに初の「全国フォーラム」開催

2026年3月15日、「とっとり発!情報的健康全国フォーラム」が開催されました。行政、研究者、事業者、そして若者が立場を越えて集い、情報が個人の判断や行動、さらには地域社会の信頼、あるいは分断に、どのような影響を与えているのかが共有されました。NHK財団で「インフォメーション・ヘルスアワード」の立ち上げから担当している筆者も、このフォーラムにパネリストとして参加しました。

フォーラム全体を通じて示されたのは、情報の影響は制度やルールだけでは十分に扱いきれないという共通認識でした。何を規制するか以上に、一人ひとりが情報とどう向き合い、どう行動するかが、社会全体のあり方を左右している――その問題意識が、議論の土台となっていました。


平井伸治鳥取県知事(写真提供:鳥取県デジタル局)

規制ではなく、判断の材料を示す――鳥取県の対応

フォーラムではまず、平井伸治・鳥取県知事があいさつし 、「情報空間の問題を単なる“便利さの裏側にあるリスク”にとどめず、民主主義や地域社会の基盤に関わるテーマとして捉える必要性」を強調しました。
鳥取県では、青少年健全育成条例や人権尊重の社会づくり条例を改正し、誹謗中傷やディープフェイク、SNSを通じた闇バイトなど、子どもや若者が被害に遭いやすいリスクに対応してきました。制度の整備とあわせて相談体制を整え、被害者を孤立させない仕組みづくりにも力を入れています。

特に象徴的だったのが、災害時の情報対応です。2026年1月、鳥取県で最大震度5強を観測した地震の後、「鳥取砂丘が地割れした」「公園が液状化して池のようになった」といった、事実とは異なる映像や投稿がSNS上で拡散しました。県では速やかに現地確認を行い、公式サイトやSNSを通じて正しい情報を発信。「確認されていない情報に注意」「公式情報を確認してほしい」と呼びかけました。
削除や規制に踏み込むのではなく、人びとが自ら判断するための材料を示す。その姿勢からは、情報の課題に向き合ううえで、行政が制度だけに頼ることの難しさや、現場で選び取ってきた対応のあり方がうかがえました。

情報の影響は、法制度だけでは十分に扱いきれない——その認識が、フォーラム全体の議論とも重なり合っていたように感じられます。
情報的健康とっとりプロジェクト ※ステラnetを離れます


Classroom Adventureと県内学生によるメッセージ動画を紹介(写真提供:鳥取県デジタル局)

県内の大学生たちは「情報的健康」のPR動画を制作

鳥取県内の大学生たちは、情報空間の「受け手」であり「発信者」でもある立場から取り組んできた啓発活動について発表しました。

鳥取県は、体験型のメディアリテラシー教育を行う株式会社Classroom Adventureの今井善太郎さんと連携し、県内の大学生とともに「情報的健康」をテーマとしたPR動画を企画・制作しています。フォーラムでは、その成果として制作された複数の短編動画が紹介されました。今後、SNSや県の公式サイト等で配信予定です。

制作に参加した鳥取大学のジョセフ青空さんと植野友綺さんは、「情報は知識としてよりも、体験として迫ってくる」と語りました。日常的に接するSNS情報は量もスピードも速く、「正しいか、間違っているか」を考える前に、空気や感情、共感によって広がっていく場面に何度も出会ってきたといいます。

炎上や誹謗中傷、詐欺的な投稿も、教科書的な「危険な事例」ではありません。実際に目にし、戸惑い、時には巻き込まれそうになった経験として、生活のすぐそばに存在しています。「これは本当なのか」「どこまで信じていいのか」と迷いながら情報と向き合う感覚は、多くの学生に共通していました。

学生たちが制作した動画は、「正解を教える」ものではありません。情報の偏りを食事にたとえたもの、音声や映像の加工で印象が変わることを示すもの、誹謗中傷の雰囲気に流されない選択──いずれも、見る人が自分の判断を問い直す余白を残しています。若者は情報リテラシーの最前線にいる当事者であるという姿が浮かび上がりました。


プラットフォームの立場から――「管理」と「表現の自由」のはざまで

SNSプラットフォームの立場から登壇したTikTok Japanの西村健吾さんは、プラットフォームを「情報を並べる棚」にたとえました。動画を選び、見る主体はあくまで利用者であり、プラットフォームは場を設計している、という考え方です。

誹謗中傷や虚偽情報に対してはガイドラインやラベリングで対応する一方、何が真実かを民間企業が一元的に判断することには、表現の自由や検閲の問題が伴います。「健全な情報空間は、管理だけでは実現しない」という言葉は、行政や学生の議論とも重なっていました。


パネルディスカッションでは、情報空間の今と未来について意見が交わされました(写真提供:鳥取県デジタル局)

結論ではなく、対話をひらくために

この日のパネルディスカッションでコーディネーターを務めた山本龍彦・慶應義塾大学教授は、行政、市民、プラットフォーム、メディアそれぞれに役割がある一方で、同時に限界もあることを指摘しました。だからこそ重要なのは、ひとつの結論を導くことではなく、立場の異なる主体が向き合い、考え続けるための対話の場そのものである──という視点が共有されました。

健全な情報空間は、どこかで完成するものではありません。鳥取で交わされた対話は、その「途中経過」を社会に差し出す形となりました。


共通言語としての「情報的健康」

先日終了した「インフォメーション・ヘルスアワード」第3回では、「だまされない方法」を教えることよりも、「なぜ信じてしまったのか」「そのとき、どのような感情が動いていたのか」を振り返るアイデアが、これまで以上に多く見られました。
正解を教えるのではなく、立ち止まって考えるきっかけを社会に問いかけていくこと――それが、「インフォメーション・ヘルスアワード」の役割でもあると考えています。

ステラnetでは、これまでも「#インフォメーション・ヘルス」をテーマに、研究者、プラットフォーム関係者、教育現場、ジャーナリストなど、さまざまな立場の声を紹介してきました。
鳥取県フォーラムで交わされた対話も、そうした一連の議論と地続きのものでした。

情報とどう向き合い、どう距離をとるのか──。

この問いに「正解」はありませんが、考え続けるためのヒントは、すでに私たちの身近な場所から生まれています。


次回の「インフォメーション・ヘルスアワード」は、2026年4月からの募集開始を予定しています。応募方法などの詳細は、今後アワード公式サイト(※ステラnetを離れます)でご案内していきますので、ぜひチェックしてみてください。

(取材・文 社会貢献事業部 木村与志子)
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