りん(見上愛)や直美(上坂樹里)とともに看護婦養成所で学び、仲間たちと過ごす日々の中で、自分の進むべき道に迷いを抱えていた多江。病に倒れ、バーンズ(エマ・ハワード)の看護を受けたことで、多江はある決意にたどり着く。生田絵梨花が語るインタビュー後編では、りんや直美との関係性の変化、多江が抱えていた葛藤と選択した道、そして心に深く刻まれたセリフについて話を聞いた。
直美がりんの影響を受けている姿を見て、多江も変わっていく

――同じ時間を共有する中で、多江とりん、直美との関係性にも変化が生まれているように感じます。最初の印象と、そこからの変化についてどう捉えていますか?
そうですね。特に直美さんに対しては、最初はかなりバチバチでしたよね(笑)。“みなしご”という言葉がパンッと出てきたとき、多江は「医者の家系で育った自分が、ここで負けてはならない」という気持ちから、強く張り合ってしまったんじゃないかなと思います。
でも直美さんも、当初は「自分は自分の道を行く」というスタンスだったのが、りんさんや周囲から影響を受けて、知っていることを共有したり、教えたりするようになっていく。その姿を身近で見て、みんなが感謝し、寄り添っていく空気を感じたことが、多江を少しずつ変えていったのだと思います。一方で、その輪の中に自分だけは入れていないと感じる瞬間も、多江にはあったはずです。大きな転機になったのは、多江自身が体調を崩し、仲間たちに看護してもらったこと。そこから看護への向き合い方も、仲間との関係性も、大きく変わっていったと感じています。

――りんの優しさについて、多江はどう受け止めていると思いますか?
最初、その優しさを“甘さ”のように捉えていたんじゃないかなと思います。「生半可な気持ちではできない世界だ」という多江の性格もあって。でも、りんさんって、接すれば接するほど、「痛みを知っているからこそ、優しい人」なんだということが見えてくる。笑っていても、誰よりも傷ついて、誰よりも気づいている。そのことに、多江も少しずつ気づいていったんじゃないかと思います。
“逃げ”だと思っていた看護に、向き合う決意をして

――体調を崩し、看護される側になった場面は、どんな思いで演じましたか?
多江は、医者にはなれないけれど医療に携わりたい、という気持ちで養成所に入っています。ただ、看護の授業を受けていても、どこかしっくりこなくて、看護は多江にとって“逃げ”のような場所でもあったのだと思います。父からはお見合いの話もされ、「結婚したほうが幸せなのかな」という迷いも抱えていたでしょう。そんな中で、自分が患者側を経験したことで、初めて看護の意味が腑に落ちた。今までは“逃げ”だったかもしれない場所に、これからは人生をかけて向き合うと決めた場面だったと思います。自分の気持ちを言葉にできない多江の状態は、演じていてもとても苦しく、緊張感の高いシーンでした。でも撮影が終わったとき、「多江、よかったね」と心から思えました。

――看護される側を描く、初めての場面でもありました。
実は撮影中に、私自身も胃腸炎になってしまって。皆さんに支えていただきながら演じる中で、看護を受けて(苦笑)、自分の弱さも含め、いろいろなことを考えさせられました。演技なのか、リアルなのか分からなくなるような感覚で、多分「もう一度やって」と言われても、同じ表情はできないと思います。
みんなの思いを背負ったセリフを言えた喜びは大きかった

――特に印象に残っているセリフは?
第28回で、バーンズ先生がりんさんにかけた「あなたが病に倒れてしまえば、その患者はあなたの看護を受けられません」という言葉です。台本を読んでいて、真っ先にビビっと心をつかまれました。人のために何かをしたいと思うなら、まず自分がしっかり立っていなければならない。その言葉は、看護だけでなく、自分の仕事とも重なりました。

――多江自身のセリフで印象的だったものは?
「これが看護の仕事です」と一つひとつ言葉にして父に訴えるシーンですね。撮影前に、フローレンス・ナイチンゲールの『看護覚え書き』の勉強会で学んだ看護の精神を、多江の言葉として発することができたのが、とても嬉しかったです。
「(患者の)傍にいることは、医者なんかにやらせてあげられない仕事です」というセリフも、多江自身の決意であると同時に、ともに看護を学ぶ仲間たちの思いを背負って言いたい、という気持ちがありました。その役割を任せてもらえたことが、本当にありがたかったです。
多江が選び取った道を、これからどう歩んでいくのか。看護という仕事に向き合い続ける彼女の姿を、私自身も最後まで大切に演じていきたいと思っています。