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私たちは毎日、想像以上に多くの情報を“食べて”暮らしています。
情報が便利で身近になった一方で、「何が確かで、何に基づいて判断すればよいのか」を見極める負荷は、私たち一人ひとりに委ねられています。

NHK財団では、3年前から「情報的健康」という視点を軸にした「インフォメーション・ヘルスアワード」を主催してきました。このアワードに当初からご協力いただいているのが、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュートX Dignityセンターです。

慶應義塾大学X Dignityセンターは、2026年1月に「AI時代の報道機関のあり方に関する提言」(※1)を公表。また、3月には「これからのデジタル倫理考えよう!宣言」(※2)を発表しました。

2026年3月20日(金・祝) 慶應義塾大学三田キャンパスで行われた、シンポジウム「AI時代に世代を超えて挑む、健全で開かれた情報空間の構築」では、民主主義を支える「基盤情報」を誰が担い、どう守るのかが大きなテーマとなりました。

議論の中心にあったのは、NHKや新聞社など、報道機関の役割でした。シンポジウムの様子をリポートします。

※1 「AI時代の報道機関のあり方に関する提言」(ステラnetを離れます)
※2 「これからのデジタル倫理考えよう!宣言」および新組織の設立を公表 (ステラnetを離れます)


写真左:動画クリエイターのすみはねさん 右:NHK報道局科学・文化部の島田尚朗記者

受け手にのしかかる「判断の負荷」

シンポジウムでは、AIの活用や課題について取材している、NHK報道局科学・文化部の島田尚朗記者が、現在の情報環境をこう表現しました。

「いまの情報空間は、非常に混沌こんとんとしている」

強い見出しや刺激的な動画、一見もっともらしく見えるAI生成コンテンツがSNSや動画プラットフォーム上で先行して拡散し、事実関係の確認や丁寧な検証は後回しになりやすい。速報性が優先され、後になって訂正や追加説明が出ても、最初の印象だけが記憶に残ってしまう──そうした場面は、私たちの身の回りでも少なくありません。
その結果、情報の信頼性を見極めるために1つ1つの情報に対して自分で判断していかなくてはなりません。その「判断コスト」が、受け手に重くのしかかっている状態です。

だからこそ島田記者は、報道の役割をこう言語化します。

「確認できた事実を1つ1つ積み重ね、時間をかけてでも信頼性の高い情報を出し続けること」

現場での取材に基づき、複数の情報源で検証され、責任ある編集を経た情報は、国民の「知る権利」に応え、民主主義の判断を支える「基盤情報」として、むしろ価値を高めているのです。


「確認の文化」を体現する存在

島田記者が繰り返し口にしたのが、「確認の文化」という言葉でした。

「便利さと引き換えに、確認する姿勢を失ってはいけない」
「情報の出どころや根拠を確かめる行動を、まずは報道機関自身が体現することが重要」

報道機関に求められるのは、結論だけを示すことではありません。なぜその情報が信頼できるのか――どの情報を、どのように確かめ、どこまで確認できているのか。その背景やプロセスを、可能な範囲で伝えていくことが欠かせないといいます。そのためには、公開情報を丹念に読み解くOSINT(オープンソース・インテリジェンス)的な視点も必要になります。

一方で、報道機関は調査機関ではありません。だからこそ、専門的な知識や技術をもつ研究者や、現場の状況に精通した実務者と協力しながら、事実関係や背景を丁寧に確認し、報道の視点や精度を高めていく必要があります。そうした取り組みの積み重ねが、報道における透明性と説明責任につながっていくといいます。

こうした取り組みを重ねた先にある将来像として、島田記者は公共メディアの役割を

「『この情報が本物なのか』を確かめたいとき、参照点として使われる存在でありたい」

と話しました。
迷ったときに立ち戻れる場所が社会にあるかどうかは、個人の情報的健康だけでなく、民主主義の健全さにも深く関わっています。


「慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュートX Dignityセンター HPより」

「しりたいね」は、情報と向き合うための“入口”

X Dignityセンターが公表した「これからのデジタル倫理考えよう!宣言」は、「しりたいね」というやさしい言葉を使い、情報との向き合い方の“入口”を提示しています。

「し=仕組みをしっかり理解する」
「り=リスペクトにあふれた交流を行う」
「た=多様な情報に出会えるチャンスを増やす」
「い=いちど立ち止まり、情報の出どころと根拠を確かめてから広げる」
「ね=ネクストジェネレーションとともに未来のデジタル空間を築く」

日常のなかで実践できる小さな行動として、デジタル倫理を捉え直す提案です。
ただ、シンポジウムでより強く共有されたのは、個人の心がけだけでは支えきれない課題でした。
社会として、確かな情報の“土台”をどう守るのか。
その中心に、報道機関の役割があると言います。


パネルディスカッションでは、慶應義塾大学大学院山本龍彦教授をモデレーターに、メディアを“クロス”させた活発な議論が交わされました。

「情報が届く仕組み」は、防災と同じく繰り返し伝える

シンポジウムでは、「情報がどのように届いているのか」という仕組みを伝える重要性についても議論されました。
島田記者が指摘したのは、仕組みとは単なるSNSの使い方ではなく、

「なぜこの情報が、自分のもとに届いたのか」という背景――アルゴリズムへの理解だと言います。

「防災や防犯のニュースと同じように、ネットなどの情報がどのように自分のもとに届いているのか、その仕組みについても繰り返し伝えることが大切です」

アルゴリズムやアテンションエコノミーについても、繰り返し伝えていくことで、ようやく理解されていくものだ、と実感しているようでした。

短期的な注目や収益に流されすぎず、公共的な役割を優先する姿勢は、報道機関の使命と重なります。
一方で、「若い世代に向けた情報リテラシーを考えると、正直、報道機関だけでできることには限界がある」という意見も出されました。

いまの若い世代は、テレビや新聞よりも、日常的にはクリエイターやインフルエンサーの発信に多く触れています。
その現実を踏まえ、島田記者は

「インフルエンサーの方々は、若い人たちのすぐそばにいる存在です。それぞれの強みを生かして協力することで、リテラシーの届け方も変えることができるのではないか」

と話しました。

情報的健康は、ひとつの業界だけで守れるものではありません。
教育機関や研究者、テクノロジー企業など、多様な担い手との連携が、これまで以上に重要になっています。だからこそ、教育機関や研究者、テクノロジー企業、多様な発信者との連携が、これまで以上に重要になっています。


選挙で問われる「基盤情報」の重み

シンポジウム終盤のコメントリレーでは、NHKの山名啓雄副会長が、偽・誤情報が民主主義に直接影響する場面として、選挙を挙げました。

「衆議院選挙などで、事実とは異なる情報が広がることがある」
「それが人々の判断を迷わせている。だからこそ、取材を重ね、誤報を打ち消していかなければならない」

さらに山名副会長が語ったのが、「断定」との距離感です。

「『正しくない』のは問題だが、『正しいかどうか分からない』という状態もある」
「それをどう確かめ、『正しそうだ』と判断していくのか。そのプロセスを見せることも大事」

結論だけでなく、迷い、検証し続ける姿勢を共有する――
それは、「確かな情報を届け続ける」というNHKの使命を、現代の情報環境に合わせて更新していくヒントでもありました。


あなたの「情報の参照点」は、どこにありますか

情報があふれ、正解が見えにくくなったいま。
立ち止まり、確かめ、考え直せる「参照点」が社会にあるかどうかが、あらためて問われています。

NHKや新聞社などの報道機関は、民主主義を支える基盤情報を届けると同時に、迷ったときに立ち戻れる場所であり続けたい、という強い意志を感じました。

そして私たち1人1人が、
どんな基準をもって情報を選び、何を参照点としていくのか、
その積み重ねが、情報空間の健全性を担保すると同時に、今後の民主主義のあり方を左右する――そのことを真剣に考え続けなければならないと思いました。


次回の「インフォメーション・ヘルスアワード」は、2026年4月からの募集開始を予定しています。応募方法などの詳細は、今後アワード公式サイト(※ステラnetを離れます)でご案内します。

(取材・文 社会貢献事業部 木村与志子)
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