NHK財団では、情報空間の課題の解決方法や、一人一人が望む「情報的健康(インフォメーション・ヘルス)」を実現するためのアイデアを募集し、社会実装に向けての取り組みを進めています。
詳しくは財団の公式サイト「インフォメーション・ヘルスアワード」をご覧ください※ステラnetを離れます

昨年開催された「第3回インフォメーション・ヘルスアワード」の社会実装部門グランプリTDAI Lab代表取締役社長 福馬智生さんにお話を伺いました。
(グランプリ受賞アイデアはこちら ※ステラnetを離れます

TDAI Labさんのアイデア「Think Critical:認知の罠を見抜くLLM-批判的思考を育む次世代リテラシーツール

SNS投稿の感情的訴求や論理的誤謬ごびゅうをLLMが自動検出し、拡張機能やボットで可視化して批判的思考を促すリテラシー支援ツールです。

TDAI Labは、東京大学大学院・鳥海研究室の研究成果を、より柔軟な形で社会に届けるために生まれたチームです。大学の制度では対応が難しかった企業や行政からの技術相談を受けられる仕組みとしてスタートし、現在は学外メンバーも参加する、大学からは独立した体制で運営されています。
AI技術の開発を軸に、偽・誤情報対策、ファクトチェック、ディープフェイク検知など、「AI×情報の信頼性」をテーマとした取り組みを強化しています。総務省の偽・誤情報対策に関する開発実証事業への採択や、防衛装備庁の社会シミュレーションプロジェクトへの参画を通じて、ネット空間で情報がどのように広がり、人々の認識に影響を与えるのかを分析・研究しています。


「真か偽か」では測れない―問題の正体は論理のすり替え

――ネット上の情報を分析する中で、最近気になっている大きな課題はどのようなことですか。

福馬 専門家の間では、他国からのプロパガンダ的な情報が流入し、人々の思考や判断に影響を与える問題が指摘されています。分析では、誰が英雄や悪者として描かれ、対立や分断をあおりながら、特定の立場への支持を誘導する物語がどう作られているのかに注目しています。

――今回のアイデアも、その問題意識の延長にあるのでしょうか。

福馬 はい。総務省の事業などで情報流通の分析をしてきましたが、「真か偽か」という白黒で捉える前提には以前から違和感がありました。実際には、論理の飛躍や因果関係の取り違えなど、明確なうそというより「誤った見方」に近い情報が多く使われています。
今回のアイデアは、そうした論理的誤謬を整理し、一般の人にも気づいてもらうためのツールです。
AIは情報の論理構造を読み取るのが得意です。誰かを打ち負かすのではなく、「ここにこういう誤りがあるかもしれない」と示すことで、情報リテラシーを高めることを目指しています。

――論理的誤謬……それは広がっていると?

福馬 そうですね。専門家同士の議論や動画配信でも、論点のすり替えやわら人形論法のような手法はよく見られます。ネットでは「対立すると伸びる」構造があり、強い言葉や悪者づくりが拡散されやすい。その結果、論理的誤謬によって対立が生まれ、ぼう中傷に近い情報が一気に広がる状況が生まれています。

藁人形論法(ストローマン・パラドックス)とは、議論において相手の主張を意図的にわいきょく・単純化・極端化し、その「弱い敵(藁人形)」を攻撃することで、相手の本来の主張を否定したかのように見せる誤った論法。

――このアイデアで重視した点を教えてください。

福馬 「どう見せて、どう気づかせるか」です。警告に近いUI、つまりユーザーが触れて操作できるアイコンやボタンなど、なんらかの表示でまず立ち止まってもらい、なぜ危ういのかを根拠と一緒に示します。「正しい/間違い」と断じるのではなく、「このまま進むとリスクがある」と伝える。その“危なさ”に気づく視点を提供したいと考えています。目指しているのは、「これは危なそうだ」と分かる感覚を育てること。そのための“視点”を提供したいと思っています。


大切なのは、直感ではなく“論理的思考”

――つまり、正しいか間違っているか、ではなく「おかしい」ことに気づく、ということですか?

福馬 人は直感で「正しい/間違っている」と判断しがちですが、実は「論理として成立しているか」という点を見ていく方がむしろ大事なのではないかと思っています。
しかし、今、教育、例えば国語の中で、文章の構造や論理の組み立てを意識して読む訓練は必ずしも十分とは言えません。

今回のアイデアで対象として想定しているのは、小学生から高校生です。ただ、「情報リテラシー教育」というよりは、「国語の授業」に近いものだと考えています。
「どんなロジックが使われているか」「語尾を変えて書き換えてみる」「別の構文で反論する」といったことは、本来、国語の教科書に載っていてもおかしくない学びだと思います。
大切なのは、文章を感覚だけで受け取るのではなく、構造やテクニックとして扱えるようになることです。

現代文では感情や共感が重視されがちですが、論理や表現技法を分解して捉える力も同じくらい重要だと感じています。子ども同士のやり取りの中で、「それは藁人形論法だよ」と自然に言葉が出てくる社会のほうが、むしろ健全なのではないでしょうか。
今の子どもたちはとても忙しく、議論の構造や考え方を体系的に学ぶ機会が限られています。だからこそ、情報があふれる社会を生きる基礎体力として、国語ほど重要な教科はないと思っているんです。

「人とどう向き合い、どう説明し、どう折り合いをつけるか」。
その力を支えるものとして、今回のアイデアには大きな可能性があると考えています。

――私たちは今、ネット上の情報と健全に向き合えているのでしょうか。

福馬 正直、そうは言えないと思います。本来、情報と健全に向き合う力は、国語の読解力と同じで、身についていたほうがいいものです。ただ、現実のネット空間は、その力が働きにくい構造になっています。SNSは反応やインプレッションを引き出す、いわばドーパミンを刺激する仕組みに強く引っ張られていて、そこはどうしても避けがたい部分があります。
加えて、この分野は事業としてあまりもうかりません。企業は投資しづらく、行政の予算も永続的とは限らない。結果として、「誰が担うのか」という問題が残ってしまいます。

もう1つ違和感を覚えるのは、選挙後などに「実はこうだった」と後出しで語られる解説です。振り返りも大切ですが、それ以上に重要なのは、「今、何が起きているのか」をその場で分かる形にすることだと思っています。その意味で、状況をリアルタイムに可視化するという発想には大きな価値があります。ただし、公職選挙法などの制約もあり、簡単ではありません。

情報的健康(インフォメーション・ヘルス)は難しい領域ですが、コミュニティノートのように参加できる仕組みがあれば、質の高い整理や反論が自然に生まれる可能性がある。その点で、AIとの相性は非常に良いと感じています。 人の手では追いつかないリアルタイム性を補い、その場で考えるための「補助線」を引く。中立で適切なトーンの文章を高速に生成できる点は、今回のアイデアでも特にうまく機能した部分だと思います。


第2回インフォメーション・ヘルスアワード 表彰式(2024.12.13)

「ちょっと変だな」から始めてみる―アワードへの挑戦

――インフォメーション・ヘルスアワードに応募する人へメッセージをお願いします。

福馬 「アイデア応募」と聞くとハードルが高く感じられがちですが、完成度を気にしすぎなくて大丈夫です。アイデアはどんなものでもいいですし、むしろ僕らが気づいていない視点を出してもらえるほうがありがたい。もっと気軽に応募してほしいですね。
実は僕自身も、以前このアワードに応募したことがあります。そのときは全体をかんする、抽象度の高い案でしたが、今振り返ると少し手触り感が足りなかった。今回は、俯瞰よりもエンドユーザーに近い視点で、議論をミクロに構造化する方向に寄せました。

壮大な仕組みよりも、「これ、ちょっと変だな」という身近な違和感から出発したアイデアのほうが、伝わりやすいと思います。一方で、SNS分析やブラウザ拡張に限らず、もっと多様な形も見てみたい。フィジカルな工夫や、AIを使わなくても成立する発想、画像や音声、さらにはスマホの外にある「情報的健康」も含めてです。
多くの人が長時間触れているからといって、SNSがそのまま世論やサイレントマジョリティを代表しているわけではありません。その前提自体を問い直す視点が出てくると、面白いと思います。

特にかれるのは、データ化しにくいけれど、確実に起きていることに光を当てるアイデアです。技術ですべてを解決しようとする提案が増える中で、人との関係性や感覚といった軸に踏み込む問いも、もっとあっていいと思います。インフォメーション・ヘルスアワードでは、そうした少し違う角度からのアイデアを、僕も見てみたいです。 


次回の「インフォメーション・ヘルスアワード」は、2026年4月からの募集開始を予定しています。応募方法などの詳細は、今後アワード公式サイト(※ステラnetを離れます)でご案内していきますので、ぜひチェックしてみてください。

(取材・文 社会貢献事業部 石井啓二、木村与志子)
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