
「飛んでイスタンブール」などのヒット曲で知られる庄野真代さん(71歳)。歌・学び・子育てとパワフルにチャレンジを続け、今、国内外に歌を届けるボランティアをしています。そのきっかけは……。
聞き手 石井寛子
この記事は月刊誌『ラジオ深夜便』2026年9月号(8/18発売)より抜粋して紹介しています。
「これか!」で飛び込んだ大学生活
──音楽活動をしながら、45歳で法政大学人間環境学部に入学しました。大学進学を志したきっかけは?
庄野 実は40歳を過ぎたころ、事故と病気で立て続けに入院したんです。安全だと思っていても事故に遭うし、健康だと思っていても病気になる。人の命はいつどうなるか分からないと痛感しました。私は小さいころ、「こんなことやりたい」「あんなことやりたい」と思っていたけれど、その願いをいくつかなえてきたんだろうと考えて、自分がこれからやりたいことを思いつくままノートに書き出してみたんです。その中に、「環境の勉強をする」「キャンパスライフを経験する」というのもありました。
そして退院して家に帰り、たまった新聞を読んでいたら、「法政大学が新設する人間環境学部で社会人入試を行う」という記事が目に飛び込んできた。「私がやるべきことはこれか!」って受験したんです。
──旅先で感じた環境問題への意識が、ピタリとはまったんですね。
庄野 勢いで受験して合格。そこで初めて、仕事と学業の両立をどうしようと思い至ったんです。友人に相談したら、「何が問題なの? 両立できなかったときにもう一回相談して」と言われて。「悩んでいてもしかたない。やるか!」と大学生活に飛び込みました。
実はそれまで、自分にジレンマを感じていたんです。自分には知識やデータが欠けている。それらが備わったら、自分の体験をもっとたくさんの人に伝えることができるはずなのにと。だから勉強できることがとてもうれしかった。大学では病院や施設などにコンサートを届けるサークルを立ち上げたりして、活動的なキャンパスライフを送りましたね。
──そのころが、庄野さんが初めて悩まれた時期だったのですね。
庄野 いつも悩んでますよ!(笑)。でも悩む時間が短いんです。
大学3年で留学を決めたのも新聞記事がきっかけでした。当時、脳腫瘍でホスピスに入院していた母から、「昔、あなたは留学したいと言っていたのに、行かせてあげられなかったね」と言われて、「やり残したことノート」に「留学」と書いたことを思い出しました。そうしたらまた新聞で、「人材派遣会社が奨学金で留学生を応援します」という記事を見つけて、「これか!」って(笑)。選考に合格して留学先に選んだのは、ボランティア大国でもあるイギリス。人間地理学*1や途上国問題を学ぶ中で、開発人類学*2という分野に興味を持つようになり、帰国後は早稲田大学大学院のアジア太平洋研究科に入学して勉強を続けました。
*1 地球上の人間活動と環境や地域との関係を考察する学問。
*2 途上国の経済開発や国際援助に、文化人類学の知見を応用する学問。
※この記事は2026年5月27日放送「飾らない心で生きる」を再構成したものです。
世界一周の旅から始まった新たな人生、「国境なき楽団」として歌を通じた支援活動、そしてステージ4の悪性リンパ腫との闘い。今もなお挑戦を続ける庄野さんのお話の続きは、月刊誌『ラジオ深夜便』9月号をご覧ください。
9月号にはこのほか、5号連続企画「『深夜便』で読む戦争」の第2弾、陸軍整備兵として特攻隊員を見送った104歳の僧侶・三田村鳳治さんのインタビューを掲載。また、世界有数の伝統芸術である“アラビア書道”の第一人者、本田孝一さんのインタビューも作品のカラー写真とともにご紹介しています。

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