
【プロフィール】
さとう・あいこ
1923(大正12)~2026(令和8)年。大阪府生まれ。『戦いすんで日が暮れて』で直木賞受賞、エッセー『九十歳。何がめでたい』はミリオンセラーに。
辛辣でありながらユーモアあふれる文章で知られる作家の佐藤愛子さん。その娘で、自身も物書きである杉山響子さん(66歳)は、誰よりも母の近くで過ごしてきました。
火山のようなエネルギーに満ちた佐藤さんが認知症を患ってからは、悩み、自問自答の日々だったといいます。母を見送った今、何を感じているのでしょう――。
聞き手 上田早苗
この記事は月刊誌『ラジオ深夜便』2026年10月号(9/18発売)より抜粋して紹介しています。
火山のようなエネルギーが原動力に
――杉山さんから見て、お母様はどんな方でしたか。
杉山 ドッカーンって怒ったかと思うと、陽気なときは「わははは」って笑っているような人です。何を言いだすか、何に怒るかも分からないから周りは大変なのですが、おもしろい人でもありました。常に体の中に火山みたいなエネルギーがあって、それに突き動かされて物を書いたり、笑ったり、怒ったり。
母はお嬢さん育ちですが、「〇〇ざます」みたいなのは大嫌いですから気取っちゃいないわけです。でも、威張りん坊でいつも大将なので、言ってみれば“お嬢さん育ちのジャイアン”でしょうか。
――そんなお母様が夫の会社の倒産による借金を返すため夜通し原稿を書いている姿を、杉山さんはそばで見ていらしたわけですね。
杉山 はい。執筆がたまたま借金を返すよりどころにはなったんですが、書くことが好きで書かずにはいられない人だったと思います。だから晩年、認知症が進んでも「これは小説のネタになりそうだね」なんてよく言っていました。
――物書きのアンテナが常にあったのですね。エッセーには杉山さんのこともたくさんお書
きになっていて。
杉山 何でもかんでも書くんですよ。ちょっとおもしろくするために話を盛りますしね。「これ私言ってないよ」と指摘しても「ああそうかい。それは悪かったね」とかで終わるので、もう諦めていました。まぁ母がそうやって仕事をしてくれているから、私は学校にも行けてごはんも食べられていたので、「書かないで」とは言えなかったですね。
※この記事は2026年6月9日、10日放送「母、佐藤愛子のこと」を再構成したものです。
今年4月に102歳で亡くなられた佐藤愛子さん。認知症を患った母との日々、自問自答を重ねた介護の時間、そして母を見送った後にたどり着いた思いとは――。娘の杉山さんが率直に語ったお話の続きは、月刊誌『ラジオ深夜便』10月号をご覧ください。
10月号にはこのほか、書店主・書評家の辻山良雄さんと柴田祐規子アンカーによるコーナー「本の国から」の特集企画を掲載。さらに、5号連続企画「『深夜便』で読む戦争」第3弾として、占守島の戦いを経験し、その後シベリア抑留を生き抜いた104歳の高橋昇一さんのインタビューもご紹介しています。

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