
テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、ドラマ10「会社員」(※ステラnetを離れます)です。
早朝に出社し、誰もいないオフィスで仕事を始めるひとりの女性。まだ5時半だ。大企業に勤め、大きなプロジェクトを任され、成功すれば「女性初の取締役」の椅子を獲得できるかもしれない。若い頃、上司からパワハラまがいの暴言を浴びせられても、くじけずに前を向いて、いや、密かに上を目指してきた。現在部長職だが、その上にようやく手が届きそうな状況。責任重大でプレッシャーもあるが、自身の興奮と喜びも隠しきれない。そんな主人公・宮木英理子が、のっけから窮地に立たされるのが、ドラマ「会社員」だ。演じるのは吉田羊。地上波連ドラでは久々の登場。よっ! 待ってました、羊姐さん!
管理職が抱えるジレンマ、というか、切り捨てのマインド

英理子が任されたプロジェクト「ルーキス」を剛腕で牽引するのは、部下の山岸光(小久保寿人)。物言いと性格に大きな問題はあるが、ルーキスの成功には不可欠の敏腕システムエンジニアだ。発端は、山岸の後輩エンジニア・寺田一輝(加藤清史郎)の訴えだった。山岸の言動はパワハラであり、その下で働くのは精神的に限界がある。「山岸をプロジェクトから外してほしい」と言う。寺田は、自身がうつ状態であるという診断書も英理子に渡してあった。

英理子は常務取締役の安西善之(尾美としのり)に相談する。安西は英理子の判断を尋ね、主語が英理子であることを確認させて、「うまく対処して」とゆだねる。もうさ、このへんで会社という組織のご都合主義と責任のなすりつけ合いが垣間見えるわけよ。しかも羊姐さん……もとい、英理子は驚きの言葉を発する。
「もしこの件で何か問題が起こったら、遠慮なく私を切ってください。私は会社のためにやるべきことをやります。コマになる覚悟はできていますので」
安西も安西で、「プロジェクトが成功することを見越して、君の部屋(取締役室)を用意してあるんだからね」と出世をちらつかせる。英理子は満面の笑みを浮かべながら職場に戻り、なんと、寺田の診断書をシュレッダーにかける!! そこで「会社員」のタイトルバックが入る……。うわあぁ……と思わず声が漏れた第1話。
倫理的にコンプラ的に間違える。やらかす主人公に喝采

いい。すごくいい。主人公が正しくない。倫理的に間違っている。やらかしとる! そして、その間違いゆえに、キリキリと追い込まれていく運び。こういう物語はそもそも大好物だし、WDR(Writers’ Development Room)プロジェクトならではの斬新な“抜け感”がある。
NHKが2022年に立ち上げたWDRは、複数の脚本家が共同執筆するスタイル。「面白さ」を限界まで追求するために、脚本家数人が知恵を絞り出して物語を作り上げるというプロジェクトだ。その第1弾「3000万」(2024年放送・安達祐実主演)も、震えるほど面白かった。予測不能な展開で、主人公は罪悪感に苛まれつつも、保身に傾いて善悪の判断がつかなくなるという「感情の乱高下」「倫理観の喪失」があった。ラストの余韻も含めて、大好きなドラマだったことを思い出す。
まず、地上波ドラマが陥っているマンネリ定番御三家(医療モノ・刑事モノ・弁護士検事の法律系)ではないし、昭和から連綿と続く勧善懲悪フォーマットでもない。令和に流行のタイムリープでもなければ、撮影やロケに金をかけ、人材をブルドーザーで強欲にかき集めて風呂敷を広げた割に尻すぼみ、でもない。
WDRが作り出すドラマの舞台は、意外とミニマム。家庭内だったり、会社内だったり、身の回りの半径数メートルだったりする。そして、起承転結の「起」がそもそも「詭(詭弁のキ)」なのだ。主人公の感情で言えば、「やましさ」と「うしろめたさ」から物語が始まる。共感とか憧憬とは程遠い、生臭い人間像が炙り出される。決して痛快とか豪快とか爽快ではないため、好みが分かれるところだが、観る側もちょっとだけ体温と心拍数が上がる。そういう作品、本当に少ないんだよ。
やらかしついでにどんどん禁じ手を使ってしまう

さて、その後の英理子だが、常務には頼もしい発言をし、当の寺田には一見、優しく誠実に見える言葉をかける。一見、というのがポイントね。「山岸が寺田に厳しいのは、期待しているってことじゃないかな」「今日はもう休んで。心配なの」
寺田にかけた言葉だけでなく、英理子が常日頃使う言葉には、うっすらと、いや、はっきりと圧も感じる。「(部下が進めている仕事についても)ファイルを送って。今の状況を把握しておきたいの」「はい、か、いいえで答えて」「自分に非がなかったと100%言い切れる?」「(部下のミスに対して)すみませんじゃなくて、どういう判断?」。当然だが、英理子に対して不満を抱いている部下もいる。
それでも、英理子はプロジェクトを妨げるパワハラ問題を真正面からとりあげる気はさらさら、ない。寺田が絞り出した声をなかったことにして、前進あるのみ。
ところが、だ。英理子の机の上に、1通の封筒が置かれていた。シュレッダーをかけたはずの寺田の診断書を再現したコピーとともに、「揉み消しをバラされたくなければ、山岸を処分しろ」という紙が入っていた。脅迫状、ともとれる。
いったい誰が……と社内で寺田と懇意の人間を探し始める英理子。焦った挙句、夜に寺田の自宅へ行って、ドアの外から問いかけてしまう。コンプラ的に一番やってはいけないことをやらかしてしまうのだ。しかも、その様子を何者かに動画で撮影されて、「上司が2次加害して許されると思ってるんですか!」と浴びせられる。若い女性の声だったが、誰なのかさっぱり見当もつかず。

脅迫者を見つけ出すために、禁じ手をどんどこやっていく英理子。防犯カメラの映像を強引にチェックして突きとめる。脅迫者は、郵便物等を各部署に配るメールセンターで働く、派遣社員の斉藤るり(南沙良)だった。
20年連れ添っている夫も……味方ではない

皮肉なことに、英理子の夫・東海林正則(田中直樹)は同じ会社で、コンプライアンス室に勤務している。同じ会社員でも、穏やかな正則は猪突猛進の英理子と真逆のようだ。弱い立場の人間が声を出せるようになった令和を「いい時代になった」と捉えている。一方の英理子は「今の若い子たちは繊細すぎる。根性が足りない」「私たちはさんざんやられてきたのに」と吐き捨てる。この温度差ね。

ちょっと話がそれるが、大企業に勤め、仕事ができる女たちは皆、英理子と同じ気持ちを抱いているのではないかとも思う。私の友人には、かつて若い男性社員を教育して、パワハラの疑いをかけられた女もいる。企業に勤め、ある程度の清濁を併せ呑みながら頑張ってきた管理職クラスの女性は、このドラマをどこか「共感の目線」で観ているかもしれないと思った。必ずしも英理子ひとりを悪者にできない背景も、さりげなく描かれている。「ガラスの天井」問題、な。
で、るりも、なかなかの手練れというか好敵手だ。禁じ手も含めて、あの手この手で隠蔽しようとする英理子に対し、ひるむ様子もない。何につけ、上から目線の語り口になる英理子を、じわじわと追い込み、攻撃ならぬ口撃も放つ。「あなたみたいな人間はいつも自分が正しいと思っている。ジャッジする側の人間だと思ってる!」
るりはコンプライアンス室にも相談に行き、正則も山岸の一件を知ることに。職業倫理上、正則も黙って見過ごすわけにはいかず。夫ですら味方にならず、たったひとりで隠蔽に奮闘する英理子。このふたりの熾烈な合戦が社内で行われていく。アクションや大袈裟な舞台装置がないのに、心理戦の緊迫感がもの凄い。

るりがなぜ脅迫してまで寺田を救おうとしているのか、第2話で少し触れられた。英理子が本当に闘うべき相手は、るりではないのかもしれない……という展開だ。唯我独尊に見える英理子の、今後揺れ動くであろう良心が見ものだ。羊姐さんがたっぷりと生々しく演じてくれるに違いない。
一企業内で起きている人権侵害を「よくあること」で終わらせず、かといって綺麗事で済まさない結末を望んでいる。たぶん、大丈夫。WDR脚本なら、心をざらつかせてくれるはず。
ドラマ10「会社員」(全8回)
10月13日(火)スタート
毎週火曜 総合 午後10:00~10:45
※NHK ONEでの同時・見逃し配信予定 (ステラnetを離れます)
毎週金曜 総合 午前0:35~1:20 ※木曜深夜(再放送)
NHK公式サイトはこちら ※ステラnetを離れます
ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。