
NHK財団は、2017年、旧NHKインターナショナルのころからウクライナ公共放送SUSPLINEの支援に取り組んでいます。今年1月、戦時下のキーウを訪れました。
(文・絵/NHK財団 国際事業本部 山本浩)

氷点下の深い闇に車輪の音が響き、深夜特急が動き出した。ポーランドの西の端、ヘイム駅から国境を越えて500キロ余り東へ。ウクライナ鉄道が誇る寝台列車は暖房が装備され、枕元に電源もあって快適だ。揺られ続けて14時間、朝焼けのキーウ駅に到着した。

出迎えてくれたタチアナさんの顔色がすぐれない。一睡もしないまま、氷点下16度の雪道を出勤してきたのだという。ロシア軍による集中攻撃で、キーウ市内は電気の供給がとまってしまった。各地で水道管が凍結して破裂。タチアナさんのアパートも水浸しになり、住民が総出で一晩中、応急手当てをしていたそうだ。「けさ30分だけ電気が通じて、お湯をわかすことができた。まだ大丈夫」と、タチアナさんは気合を入れた。この国の人はめげない。抑圧の歴史の中で築かれた気質だという。

タチアナさんの勤務先、公共放送SUSPLINEは2015年にソビエト時代の国営放送の組織体を統合再編して設立された。JICA(国際協力機構)が支援プロジェクトを立ち上げ、NHK財団がNHKの協力を得ながら10年にわたって人材育成や組織づくりなど一大改革を支えてきた。設立当初は古臭いイメージがあって人気がなかったそうだが、いまでは、圧倒的な信頼度を誇る公共メディアになっている。
SUSPLINEのジャーナリストたちが、ウクライナ各地からバスや電車を乗り継いでキーウに集まってくれた。最前線の情報をニュースで刻々と伝え、同時に特集番組を制作する連携を深めるためだ。組織改革をめぐって、経験や熱い思いを語り合う。
空襲警報アプリが作動した。弾道ミサイルとドローン群接近中。ミグ戦闘機もロシアの基地を飛び立った。みんな慌てるそぶりはない。ぞろぞろと階段を降り、地下シェルター内の会議スペースに移動して議論続行。ミサイルの多くは迎撃できるが、破片が落ちてきたり、ドローンが防衛網をかいくぐって住宅街に突っ込んできたりする。ミサイルの通過情報はアプリで刻々と伝えられ、小一時間後には報道フロアに戻ってまた議論を再開した。

SUSPLINEの職員は約3,500人で、このうち約160人が兵役に就いているそうだ。負傷して職場に復帰する人も多い。戦地で両足を失った編集者が「風で足元が寒いから窓を閉めてよ」と明るい口調で冗談を言い放ち、同僚たちが涙目で笑って応じたと聞いた。

SUSPLINEの報道をけん引するロディオンさんたちが、夜、レストランに案内してくれた。午前零時から5時までは外出禁止だが、多くの店が自家発電機で営業している。「ウクライナの魂だ」と勧められたのは、豚の背脂を熟成させた“サーロ”で、濃厚な旨みがたまらない。タラとジャガイモ、チーズを詰めた餃子に似た“ヴァレーニキ”もおいしい。蜂蜜と西洋わさびを溶かしたウォッカは、風邪の予防になるらしい。一杯だけなら……。

「ウクライナにあってロシアにないもの。それは民主主義とユーモアだ」と誰かが言った。
「そうだ、この国ではコメディアンが大統領になれるんだ」。笑い声が起きた。「まだあるぞ。それは表現の自由、真実を伝えるメディアだ」。ロディオンさんの決め台詞で宴が締めくくられた。

「工場が破壊される直前に製造された最後のチョコレート」をお土産にもらった。ロシア軍は弾薬工場だとしてチョコレート工場を次々と攻撃している。貴重すぎて開封できない。賞味期限の残りを確かめながら、毎日のように眺めている。
(文・絵/NHK財団 国際事業本部 山本浩)