
一ノ瀬信右衛門は小藩の元家老。武士であることを辞めて農民として暮らし、娘のりん(見上愛)と安(早坂美海)を優しく見守ってきた。そんな信右衛門が、コロリ(コレラ)に罹患して帰らぬ人に。信右衛門を演じた北村一輝は、この作品に対して何を思い、最期を迎えるシーンにどんな気持ちで臨んだのか。
最期のシーンは、演じるというよりも、気持ちが湧き上がって

――信右衛門の最期のシーンを演じていかがでしたか?
りんに最期の言葉をかけたときは、納屋の内と外に分かれていたので、直接りんの顔は見られませんでした。ですが、それまでにとても良い関係ができていたので、演じるというよりも、本当に“りんに伝えたい!”という気持ちが湧きあがって。撮影をしていても、そのときの自分の感情がどうだったのか冷静に思い出せないくらい、自然とセリフが出ていました。ただただ必死に、ギリギリの状態でりんに伝えた、としか言えないですね。お前は大丈夫だ、と。ずっと横で見てきたからこそ、誰よりも強く伝えたかった気がします。
父と娘の2人だけのシーンが1話に渡り描かれることはあまりないと思いますし、連続テレビ小説で描かれてきた父親の臨終のパターンにはなかった、とても濃い回になっていると思います。
俳優として、すごくいい仕事ができたと思えたことが大きな喜びでした。それが自分でも嬉しくて、本当に楽しかったと思える現場でしたね。演じられて良かった。よく広告とかに書いてあるじゃないですか、「満足度100%」と。まさに、あれです(笑)。

――死の床にある信右衛門を演じるために、役作りでもご自身を追い込まれたのでしょうか?
コロリ、コレラという病気についてもいろいろと調べましたが、発症してしまうと高度の脱水症状を引き起こして、息が吸えず、水も喉を通らなくなり、体がシワシワになって……。演技では、それを全部は出すことはできませんが、今回の役を受けてから、撮影の前から数か月かけて体重を落としました。だから今、僕は去年と比べて6、7キロは減っているんじゃないかな。ドラマの中の僕の手を見ていただければわかりますが、シワシワなんですよ。
最期の言葉を、りんが常備薬にしてくれたら嬉しい
――最期を迎える直前、信右衛門はりんに「生きろ。お前はきっと、優しい風をおこせる」と声をかけていました。その言葉にどんな思いを込めましたか?
優しい風というのは、今までにない、新しい風だと思うんです。新しい風を吹かせるのは、簡単なことではありません。それでも“大変だけれど、生きろ”ということをりんに伝えたかったのではないでしょうか。
物語の中で、母親(竹内栄/岩瀬顕子)がコロリになった虎太郎(小林虎之介)の手を握れず、後悔するりんが「間違えた」と言うシーンは大好きです。りんの優しさや人間性、価値観を信右衛門は良しとしていて、「それでいい。そうやって生きていけ」と。時代はきっと変わるだろう、と伝えたかったのだと思います。

――作品の根幹的なテーマにも繋がる言葉(セリフ)だと思いますが、信右衛門の言葉がりんにどんな影響を及ぼしたらいいと思いますか?
これから先、りんは何度も壁にぶち当たると思いますが、何かあるたびに「昔、こんなことをお父さんに言われた。だから頑張らなきゃ」と後ろを振り返る子にはなってほしくないと思っているのではないでしょうか。父親としては、もっと前を向いていてほしいと。
本当にもうダメだと思ったときに、思い出してほしい言葉だと思うんです。だから、その言葉は自分の引き出しにしまっておいて、どうしても必要なときにスッと取り出せるように、常備薬のように持っていてくれたら嬉しいです。常備していることによって、気持ちが落ち着いたりすることもあるじゃないですか。心の安心というか、それぐらいの感じで受け取ってくれたらいいなぁと。
信右衛門を演じるにあたって考えた、彼の人物像は

――前期の連続テレビ小説「ばけばけ」と同じ明治時代が舞台の物語。その時代に生きる信右衛門を、どんな人物だと思って演じましたか?
幕末から明治というのは、僕らからすると想像を絶するような時代。それまでの身分制度が廃止され、今まで良しとしていたものが否定される時代でもあったと思います。
武士として主君のお供をすることができなかった自分がいて、「正解とは何ぞや」を常に考えて悩み、もがいていたと思います。同時に、今否定されていることも、時代が変われば正しくなるだろうと気づいていた人物ではないかと考えました。その姿をりんは子どもながらに見ていたはずなので、信右衛門の価値観がりんに受け継がれているのではないでしょうか。
――家老から農民となった信右衛門を演じるための工夫は?
中村(小林隆)と2人でいるときには武士の世界で生きていた関係性や空気感が無意識に滲み出てくるように、一方で娘たちといるときは全く違う空気感が出るように、と考えました。見上さんが演じるりんと僕が演じる信右衛門との温度感や、関係性が伝わるようにもしました。例えば長刀の稽古をつけているときに、台本にはなかった「この、へっぴり腰」みたいな言葉を足して、あえてちょっと崩したり。2人の親子関係が見えると言葉が生きると思い、スタッフとも話し合いながら、撮影に臨んでいました。
あとは那須地方の方言で話しており、それだけで柔らかさや優しさが出るところもあったので、監督と話し合いながら、音の響きのバランスなどは考えました。

――りん役・見上愛さんと一緒にお芝居しての印象を聞かせてください。
今思い出しても胸が熱くなるくらい、りんは良かったです。見上さんとは呼吸が合うというか、彼女のお芝居、元々の感受性なのかわかりませんが、すごくやりやすかったですね。“あ・うん”の呼吸が生まれていたような。だから彼女の顔を見ていると淀みなくセリフが出てくるし、言葉をひとつずつ、ちゃんと伝えられたと思います。
一俳優としても、連続テレビ小説は特別なもの
――今回は「スカーレット」以来の連続テレビ小説出演でしたが、あのときに演じられた川原常治とは大きく違うキャラクターでしたね。
「スカーレット」のときは、ひどい父親だったじゃないですか(笑)。ですから、僕の中では「今度こそはいい父親をやりたい」という気持ちで……(笑)。常治も優しく、愛嬌があると言えなくもなかったけれど、娘には酷なことをしていましたし、周りから「ひどい」と言われて、“朝ドラ”の力は、怖いなって(笑)。あれもいい経験でしたけれどね。

――リハーサルの段階から、制作スタッフと時間をかけて打ち合わせされている姿が印象的でした。
明治という時代を生きるのは現代とは全然違いますし、看護の道に進むということ自体が新しいことで、その第一歩を踏み出す大変さがある。現代では斬新なことをしようとすれば、ときに非常識と言われて煙たがられます。そのときに自分が正しいと思う道を、勇気を持って、自分を信じて進めよ、ということをりんに伝えるのが信右衛門の役割だと考えていました。
そのため、相手にかけるセリフの順番を入れ替えてみたり、よりストレートな言葉にしてみたりと提案をさせていただきました。演出陣とも話をしながら、みんなの意見を取り入れて、プラスアルファのアイデアを出しながら進めました。
――お話を聞いていても「満足度100%」だったことが伝わってきます。
NHKのドラマというのは、丁寧なリハーサルから入り、意見を言い合いながらもの作りができる環境があるので、僕的にはすごく好きというか、一俳優としてとてもやりやすかったです。中でも朝ドラというのは特別なもので、ご覧になってくださる方たちの気持ちを考えて臨まなければいけないと思っています。やはり朝ドラは、日本の朝の顔とも言うべき存在ですからね。