1980(昭和55)年にデビューし、日本を代表する俳優として国内外で活躍を続けているわたなべけんさん(66歳)。大河ドラマ「べらぼう〜つたじゅうえいゆめばなし〜」や映画『国宝』など話題作への出演が相次ぎ、ますます注目を集めています。しかし、その歩みは決して順風満帆ではありませんでした。

聞き手 桜井洋子

この記事は月刊誌『ラジオ深夜便』2026年6月号(5/18発売)より抜粋して紹介しています。


役作りのように受け止めた闘病

――俳優として順調に歩み始めたやさき、大きな試練が訪れます。

渡辺 大河ドラマから2年後くらいでした。映画『天と地と』の撮影準備でカナダに行ったとき、白血病が見つかったんです。映画は降板して、そこから1年近い闘病生活が始まりました。

そのときは、とにかく生き延びることしか考えられませんでした。ただ医師が、治療のスケジュールを細かく説明してくれて、それをまるで役作りのように受け止めたんです。ここで治療して、ここで体が弱って、そして回復していく。患者という役を演じているような感覚でした。

――闘病生活で支えになったものは何だったのでしょう。

渡辺 まずは、丈夫な体に生んでくれた母への感謝ですね。強い薬も内臓へのダメージが少なく続けられたので。それから家族や友人の存在も本当に大きかった。友人が送ってくれたお笑いのビデオを、病室でよく見ていました。とにかく笑うんですよ。笑うと、細胞が元気になるような気がする。笑うって大事なんだなと、あのとき強く感じました。


待つだけでは、前には進めない

――でも、再び病が襲います。

渡辺 闘病を乗り越え復帰したものの5年後に再発しました。一度経験しているだけに、精神的にもかなりこたえましたね。ただ、そのころには仕事にも少しずつ復帰していて、自分を待ってくれている人がいることに気付いたんです。俳優としてもう一度戻ってきてほしいと願ってくれる人がいる。その思いが、治療に向き合う大きな支えになりました。

※この記事は2026年1月24日放送「私の人生手帖」を再構成したものです。


俳優を志したきっかけや映画『ラスト サムライ』のエピソードなど、渡辺さんのお話の続きは、月刊誌『ラジオ深夜便』6月号をご覧ください。
6月号にはこのほか、懐かしの人形劇「プリンプリン物語」のあのキャラクターたち(カラー写真もあります)を制作した造形作家の友永詔三さんや、元プロ野球選手の工藤公康さんインタビューも掲載しています。

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