急速なスピードで町から本屋さんが姿を消している今、読書のスタイルも多様化しています。100年後、本を取り巻く状況はどうなっているのでしょうか。日本文化にも造詣が深いロバート キャンベルさんと、芥川賞作家の川上弘美さんが100年後に残したい本をテーマに語り合いました。
聞き手 迎康子
この記事は月刊誌『ラジオ深夜便』2026年4月号(3/18発売)より抜粋して紹介しています。
100年前の藤村に感じる懐かしさ
――今回は「わたしの100年後の本棚」というテーマで、「100年たってもぜひ読みたい/ぜひ読んでほしい」という本を3冊ずつご紹介いただきます。まずはキャンベルさん、お願いします。
キャンベル 今ほど100年後が想像しにくい時代はないんじゃないでしょうか。100年後はAI(人工知能)の発達により人々の働き方は大きく変わるはず。地球温暖化もあり、自然環境も変わっているでしょう。そのようなことを考えているうちに、島崎藤村の*1随筆に思い至りました。
藤村は1899(明治32)年から1905年まで長野県の小諸で教師をしていました。この時期に詩から散文、小説へと創作を変えていきます。藤村が絵を描くような気持ちで書いたのが『千曲川のスケッチ』。千曲川流域の自然と暮らしを写生しているから“スケッチ”なんですね。
*1 1872〜1943年。詩人、小説家。主な著作に詩集『若菜集』、小説『破戒』『夜明け前』など。
川上 初めて『千曲川のスケッチ』を読んだとき、そのすばらしさにびっくりしました。臨場感が時代を超えて迫ってきます。まるで昭和の時代に撮影された良質なドキュメンタリーを見ているような気持ちにもなりました。描かれている生活の細部に惹かれます。
キャンベル とりわけ藤村たちが住んでいる場所の風景を描写した場面が心に刺さりました。ちょうど画帳のスケッチを後ろからのぞき見るような感じ。人間と自然の移ろいを上手に交ぜていて、さりげない。大きなことが起こるわけではないのですが、このようなたたずまいを思い出すことで私たちはほっとします。明治の文豪・夏目漱石が生まれたのは江戸時代の最後の年(1867[慶応3]年)です。人格形成は近代以前の江戸を生きた人とほとんど変わらないでしょう。私は日本で生まれていないにもかかわらず、100年以上前の人である漱石や藤村の作品から懐かしさを感じます。生活や自然の変化はあっても時を超えてつながるものがある。この作品が100年後も理解されるのかどうか、淘汰されずに残ってほしい文学です。
川上 今のことを考えるには、過去のことを考えざるを得ない。一方で50年後はどうなっているのだろうとか未来についても考えますよね。そこで私は未来のことを考える小説として、ブライアン・W・オールディス*2のSF小説『地球の長い午後』を選びました。作品で描かれる地球は自転が止まり、人類は夜の世界に追いやられ、絶滅しかけています。いいとこなしの人類が「もうだめだ」というときに違う場所に逃れる方法が1つだけ出てくる。物語の最後に人類はその方法を選ぶのか、それともとどまり続けるのか……。
実はこれは私の小説のテーマにも通じるのです。最後に何を選ぶのか――そういうことを考えるときの土壌としても、皆さんに読んでいただきたいなと思いました。
*2 1925~2017年。英国の小説家、評論家。SFアンソロジー集の編集やSF史の研究でも知られた。
※この記事は2025年12月29日、30日放送 年末特集「真夜中の本屋さん~わたしの100年後の本棚〜」を再構成したものです。
「芭蕉の句はモダンアート」。『伊勢物語』からSFまで――ロバート キャンベルさんと川上弘美さんが選んだ、残る2冊の「100年後に残したい本」と、その理由とは。日本語文化の豊かさに思いを巡らせる対談の続きは、月刊誌『ラジオ深夜便』4月号をご覧ください。

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