今週の放送では、木下兄弟が羽柴兄弟になりました(ドラマのタイトルどおり「豊臣兄弟」になるのは、もう少し先のことです)。時代は、小谷城(現在の滋賀県長浜市に所在)落城から2年経過し、天正3年(1575)になっています。
この間の兄弟について振り返ってみましょう。
浅井氏が滅亡すると、兄・藤吉郎秀吉(演:池松壮亮)は、織田信長(演:小栗旬)から北近江の3郡を与えられ、小谷城に入りました。ついに一城の主にまで出世したのです。そして新たに長浜城(現在の滋賀県長浜市に所在)を築き、天正3年後半に入城しました。

険しい山城だった小谷城に対し、長浜城は琵琶湖岸に位置し、琵琶湖を利用した交通に便利な地にあります。また京都奉行としての多忙な務めは(コラム#12参照)、天正元年には免除され、秀吉は新たな領地の支配に励んでいます。
弟・小一郎長秀(のちの豊臣秀長 演:仲野太賀)も、現在の長浜市内に所領が与えられたようです。この時期、近江の村に出した長秀の命令書が何通も残されています。
そして最初に述べたように、兄弟の名前も変化しました。秀吉は小谷城落城の少し前から羽柴の名字を用い、さらに天正3年7月からは「藤吉郎」を「筑前守」に改めました。長秀もやがて羽柴を名乗るようになりました。
この羽柴という名字は、丹羽長秀(演:池田鉄洋)の「羽」と柴田勝家(演:山口馬木也)の「柴」という、重臣2人にあやかったものと考えられています。先輩方への気遣いでしょうか。

小一郎、藤吉郎というミドルネームのような名前は、仮名といいます。当時、諱(「長秀」「秀吉」など成人の本名)を直接呼ぶことを憚る習慣があり、普段は仮名で呼ばれていました(地域差はあります)。
秀吉の名乗りが変わる契機は、天正3年7月にありました。この時、正親町天皇から「昇進させてやろう」との仰せが信長に伝えられます。信長は直前の5月に甲斐の大大名・武田勝頼を長篠の合戦で破ったところでした。昇進話は、信長の天下人としての存在感が増していることの反映でしょう。しかし信長は、自分自身ではなく、重臣たちの官職をあげてもらえるよう申し出ます(太田牛一著『信長記』 )。この昇進により、重臣たちの名乗りに変化がありました。
例えば、明智十兵衛光秀(演:要潤)は「維任日向守光秀」に改めています。はっきりとはわかりませんが、秀吉もおそらくこの時、筑前守を名乗ようになったと推測されます。
「筑前守」は本来は朝廷の官職で、筑前国(現在の福岡県)の県知事のような役です。もちろん秀吉が実際に筑前国を治めるわけではなく、この時期の一定の格の武士たちはその証しとして官職名を名乗るのが常でした。「羽柴」名字と併せて、信長の重臣として格が一段と上がったことがわかります。
長秀は兄・秀吉の配下ではなく、本当は信長の側近だった?
この頃、『信長記』に初めて長秀の姿が見えます。天正2年に、信長が伊勢長島(現在の三重県桑名市)の一向一揆(一向宗の門徒が団結して起こした一揆)を攻めた時の記事です。

長島は伊勢と尾張の国境の地域です。かつて元亀元年(1570)に、信長が浅井長政(演:中島歩)、朝倉義景(演:鶴見辰吾)、三好三人衆らと相対していた時、一向宗の中心・大坂本願寺も信長に敵対しました(コラム#16参照)。
この時、長島の門徒たちも、本願寺の檄に応えて蜂起したのです。そして近くの古木江城(現在の愛知県愛西市に所在)にいた信長の弟・信興を自害に追い込み、織田家臣・滝川一益(演:猪塚健太)を敗走させました。以来、長島の門徒たちとの戦いが続いていました。
信長は浅井・朝倉攻めが一段落すると、天正元〜2年には、自ら出陣しての長島攻めを行います。天正2年の長島攻めでは当初、長秀は出陣していますが、秀吉は越前の一揆に対応するために加わっていません。『信長記』には、早尾口(現在の愛知県愛西市)から攻めこんだ信長軍の先陣に、長秀、浅井新八郎、丹羽長秀、氏家左京助、安藤守就(演:田中哲司)、以下の武将たちが列挙されています。
諸将の先頭に名があることから、長秀はすでに信長配下の有力な武将の一人だったことがわかります。兄・秀吉が不在の戦いに参加しているので、長秀は秀吉の配下ではなく、直接信長に側近として仕えていたのだ、とする説もあります。ともあれ、豊臣兄弟のふたりとも、信長に実力を認められていたのでしょう。
なお長島の一向一揆は壮絶な兵糧攻めの末、この年9月末に信長軍に降伏しました。
石田三成、藤堂高虎など羽柴家の新しい家臣も続々登場!

この頃、豊臣兄弟の周囲の人々にも変化がありました。
寧々(演:浜辺美波)たち家族が、岐阜から近江に引っ越してきました。またドラマでは、石田三成(演:松本怜生)ら新たな若い家臣たちも次々と登場していましたね(実際には家臣たちの仕官の時期はばらばらですし、“就職”のための選抜戦は行われなかったと思いますが……)。
そして長秀は、藤堂高虎(演:佳久創)を家臣に迎えました。

高虎は、近江の藤堂村(現在の滋賀県犬上郡甲良町)の出身です。もとは浅井長政の家臣で、姉川の戦いで初陣を遂げました(第15回)。この戦いで浅井方に従っていた武将たちは、浅井軍が劣勢になると次々と織田方に転身します。そうした流れの中で高虎も織田方になり、やがて長秀に仕えるようになったと考えられています。
彼の子孫がまとめた記録によると、高虎は身長6尺2寸(約186㎝)と大柄で、手足が長く、筋骨たくましい人物だったそうです。その一方、ドラマの高虎は橋の傷みを見抜くなど、力強さだけではない側面も見せていましたね。長秀にとって頼もしい片腕の登場です。
このように豊臣兄弟は、順調に長浜城主としての体面を整えていきました。もちろん同時期、信長も新たな支配体制を築いていますが、ドラマで市(演:宮﨑あおい)が語っていたように信長が対処すべき相手はまだまだ多いようです。豊臣兄弟は、次はどこに派遣されるのでしょうか。

愛知県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。現在、東京大学史料編纂所准教授。朝廷制度を中心とした中世日本史の研究を専門としている。著書・論文に『中世朝廷の官司制度』、『史料纂集 兼見卿記』(共編)、「徳川家康前半生の叙位任官」、「天正十六年『聚楽行幸記』の成立について」、「豊臣秀次事件と金銭問題」などがある。