いよいよ放送が始まった連続テレビ小説「ばけばけ」。制作統括の橋爪國臣と、演出の村橋直樹が、放送直前に開かれた合同取材会で、メディアからの質問に答えた。今回は、ドラマ全体について回答した部分を伝える。


何か成し遂げた人よりは、一般の人たちが普通に生きている話をしたい

――朝ドラでおじいちゃんやお父さんがちょんまげ姿、というのはかなりのインパクトがありました。朝ドラで明治初期を扱うのは大変ではありませんか?

橋爪 大阪放送局制作で、このような古い時代を描くのは「あさが来た」(2015年)以来。当時のセットはもちろん残っていないですし、時代劇をやれるスタッフも少なくなってきています。かつらや衣装など、時間も予算もかかりますが、いろいろ検討した結果、やれるだろうと進めていくことにしました。

江戸幕府が終わって明治政府になったことと、第二次世界大戦で負けたことは、日本の大きな転換点だと思っていて、ドラマでもこの時期を多く描いてきました。今回僕がやりたかったのは、明治時代に今までずっと信じてきたものが急に変わり、混沌こんとんとするなか、人々がどう生きたかを描くことです。価値観が揺らぐ現代とどこか似ていて、今の人たちに刺さるドラマになるんじゃないかなという思いがあります。

村橋 視点を変えると、この時代をふじきみつ彦さんの台本で描くこと自体がひとつの挑戦でもあったと思います。観ていただくとわかるのですが、すごく現代的なセリフ回しになっています。ふじきさんの良さを消さないことと、時代劇らしさを残すことが、両立しづらいところでした。

だからこそ美術や映像技術的なことにはものすごくこだわって、セットは大阪制作としては破格のものを組んでいますし、映像で時代劇性を担保していくことが、演出として大きなテーマでした。

――改めて小泉八雲さんとセツさんを、この令和 にドラマ化しようと思った理由をお聞かせいただけますでしょうか。

橋爪 テーマを決める前に、まずふじきさんが脚本を担当することが決まりました。僕が朝ドラでどんなことをやろうか、と考えた時に、何か成し遂げた人よりは、一般の人たちが普通に生きている話をしたいなと思いました。ふじきさんに僕がやりたいことを伝えて、いろんな人の伝記などを数百人分読む中で絞り込んでいきました。

現代は極端な意見が増え、分断した世の中になっていたりするわけですけど、そうじゃない視点を持った人たちの生き方が裏テーマとしてあったらいいなと思いました。そういう生き方をした人がいないか調べる中でたどり着いたのが、小泉セツさんなんです。他にも候補がいたのですが、ふじきさんからも、「小泉セツさんを調べてみたらすごく面白かったのでやりたいです」と言われ、お互いの方向性が一致して決まりました。

村橋 幕末や明治維新の話、その後の日清、日露戦争などの時代の作品はよくあるんですけど、小泉八雲夫妻が出会った時代は、ちょうどその端境期なんです。明治維新で価値観が大きく変わって、全員右にならえで西洋化した、みんなが現代人に近い感覚になったと思っている人が多いのですが、時代に取り残された人たちのことはあまり取り上げられません。

僕と橋爪が一緒に制作した、大河ドラマ「青天を衝け」(2021年)で、その時代に西洋化や、近代化を牽引けんいんした渋沢栄一さんをドラマにしました。いつかその逆を、時代に乗れなかった、流れていった人たち、歴史の影に隠れている人たちがどう生きたかをやりたいと思っていて、今回それが実現しました。


一般の人が普通に生きている様を描く点では、脚本のふじきさんの力が大きい

――一般の人が普通に生きている話というのは、これまでの朝ドラのイメージとは違うアプローチかと思われます。制作する上で新しい挑戦をしている手応えや、試行錯誤などがあればお聞かせください。

橋爪 一般の人が普通に生きている様を描く点では、やはり脚本のふじきさんの力が大きいと思います。他人からしたらどうでもいいことを、めちゃめちゃ面白く書ける作家さんで、彼にしか書けない作品になっていると思います。

難しいと思うのは、「結局、小泉八雲の話なんでしょう?」と思われるところです。私たちがやりたい狙いはそこじゃないので、そのかいをどう埋めようかと思いながら制作しています。

一方で、小泉八雲をどう描くのかに注目している人たちもたくさんいるので、そこに応えていかないと満足してくれないでしょうし、その塩梅あんばいはとても気にしながら作っています。史実に残っている人ですし、極力それを変えずにドラマにするにはどうすればいいか、といったところが苦労している点です。

——映像の光がてきですが、こだわりや狙いをお聞かせください。

村橋 照明の話をしだすと、6時間ぐらいしゃべるので、それはちょっとやめます(笑)。小泉八雲やセツさんが生きていた時代は、生活の近くに暗闇が多かったと思うんですよね。怪談も暗闇への畏怖とか、見えないものを認めることから生まれてきていると思いますし。昔の人ってそういう感覚があったから、他人に対する寛容さや優しさを持てたのかもしれません。人間ではどうしようもないことがある、という感覚がある時代を視覚的に表現するためには、ちゃんと暗闇を作りましょう、ということになりました。

夜は、少しは補助光を入れていますけど、基本的にろうそくの光1本。ろうそくが揺れたら明かりも揺れるような暗闇で、役者さんも、どこから入ったらいいんだよ、って手探りでセットに入ってくる、スタッフたちも頭をぶつけまくるような真っ暗な中でやっています。

あと、日本家屋は、縁側からの強い明かりが壁に当たって、それが天井に当たって、間接照明的に「もわん」とした空間になるんですよね。それを再現したくて、照明スタッフには、ドラマにおける照明の文法を少し脱した方向で作ってもらっています。

――今回、蛇とかえるという声の役を阿佐ヶ谷姉妹が担当していますが、起用の理由と、なぜナレーションや語りという立場にしなかったかをお聞かせください。

橋爪 朝ドラは1話15分ですので、短い時間で何かを伝えるナレーション的な存在は必要だろうと(脚本の)ふじきさんと話していました。ドラマはコメディータッチで描かれますけど、時代の中で大変なことがいっぱい起こるので、そこを明るく応援してくれるような存在がいいなと。

ふじきさんと話していく中で、彼から出たアイデアが蛇と蛙だったんです。その理由は、小泉八雲の家の庭に、蛇と蛙が結構住んでいたようで、蛇と蛙に関する文章がたくさん残っているためです。小泉八雲の自画像も蛙だったりしますし、蛇と蛙が近くで2人を見守ってくれるとうれしいな、と思いました。

阿佐ヶ谷姉妹はふじきさんと昔からお仕事をご一緒されていることもあり、ふじきさんの脚本をよくご存じなのでぴったりだと、お願いすることになりました。今回は、語りというよりは、物語の登場人物として一緒に見守ってほしいなと思って、あえて“語り”とは書かずに、蛇と蛙という出演者にしました。蛇と蛙は神出鬼没なので、温かくお見守りください。


オープニングを写真で構成することで、その先に想像の余地がにじみ出る

――今回、写真を使ったオープニング映像は、ふたりの関係性や日常生活がかい見えますが、どのような点を意識されて作られたのか、お聞かせください。

橋爪 ポスターの写真を川島小鳥さんにお願いしたのですが、同じ世界観でやりたいと思ってオープニングもお願いしました。ハンバート ハンバートさんが、ドラマに寄り添った主題歌を書いてくださったので、その良さを殺さないようなオープニングにしたい、との思いもありました。写真で構成することで、その先に想像の余地がにじみ出て、ドラマの世界観をより深めていけたらと思います。

小鳥さんは、ポスター用の写真だけで、何千枚も撮影しています。朝から晩まで、松江市内を5、6か所回って、何度か場所も変え、衣装も替え撮影しました。トキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)のふたりが結婚した後に、松江を散歩している1日をスナップで撮るみたいなコンセプトで、きっとふたりだったらここを通ったよね、ここを通っている時はこんな格好してこんな話をしたよね、などと話しながら撮りました。

髙石さんとトミーさんが衣装を着たら、スタッフはみんな見えないところで見守り、撮影中は小鳥さんと3人の世界にして、自由に撮影して上がってきた写真があれなんです。後日、「渾身こんしんのセレクトです」と小鳥さんから挙がってきたのが220枚ぐらいあって、その全てが素晴すばらしいんですよ。なので、トキとヘブンの自然な表情とその向こうにある奥行きが伝わるといいなと思います。


【物語のあらすじ】
この世はうらめしい。けど、すばらしい。

明治時代の松江。まつトキは、怪談話が好きな、ちょっと変わった女の子です。
松野家は上級士族の家系ですが、武士の時代が終わり、父が事業に乗り出すものの失敗。とても貧しい暮らしをすることになってしまいます。
世の中が目まぐるしく変わっていく中で、トキは時代に取り残されてしまった人々に囲まれて育ち、この生きにくい世の中をうらめしく思って過ごします。
極貧の生活が続き、どうしようもなくなったトキのもとに、ある仕事の話が舞い込んできます。
松江に新しくやってきた外国人英語教師の家の住み込み女中の仕事です。外国人が珍しい時代、世間からの偏見を受けることも覚悟の上で、トキは女中になることを決意します。その外国人教師はギリシャ出身のアイルランド人。
小さい頃に両親から見放されて育ち、親戚をたらい回しにされたあげく、アメリカに追いやられ、居場所を探し続けて日本に流れ着いたのでした。
トキは、初めは言葉が通じない苦労や文化の違いにも悩まされます。ところが、お互いの境遇が似ている事に気が付き、だんだんと心が通じるようになっていきます。しかも、二人とも怪談話が好きだったのです!
へんてこな人々に囲まれ、へんてこな二人が夜な夜な怪談話を語り合う、へんてこな暮らしが始まります――。


2025年度後期 連続テレビ小説「ばけばけ」

毎週月曜~土曜 総合 午前8:00~8:15ほか ※土曜は一週間の振り返り

作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
出演:髙石あかり、トミー・バストウ/吉沢亮 ほか
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史、小林直毅、小島東洋

公式Xアカウント:@asadora_bk_nhk
公式Instagramアカウント:@asadora_bk_nhk

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体にanan、BRUTUS、エクラ、婦人公論、週刊朝日(休刊)、アサヒカメラ(休刊、「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、mi-mollet、朝日新聞デジタル「好書好日」「じんぶん堂」など。