連続テレビ小説「ばけばけ」のヒロイン・松野トキ(髙石あかり/幼少期は福地美晴)の父・松野司之介。松江藩の上級武士だったが、明治になっても武士魂を捨てられず、世間から浮いてしまう……。不器用ながらも家族のために奮闘する司之介を、岡部たかしはどのような思いで演じているのだろうか?
司之介は、武士の世と明治の世の狭間で立ち尽くしている
──今日(第4回)の放送では、幼いトキが、けなげにも父親を追いかけて湖の中に入るというシーンがありました。いきなり、けっこうハードな展開ですが……。
あのシーンの撮影はすごく印象に残っています。まだ寒い時期だったので、水がとっても冷たくて。子役の美晴ちゃんとふたりで、唇を紫にして震えながら励まし合って頑張りました。
第1回で橋の上で呆然としている司之介の姿と、妻のフミ(池脇千鶴)さんが言っていた「父上はね、立ち尽くしちょるの」というセリフがありましたが、あのシーンは、司之介の置かれている立場や内面を表す大事なシーンだったのかなと思います。
司之介は生粋の武士の家に生まれて、今は武士の世と明治の世の狭間にいて、自分の考え方をどっちに定めたらいいのか悩んでいる。答えが出ないまま生活は行き詰まってしまって、にっちもさっちもいかない。あの背中から、そんな情けなさや苦悩が伝わっていたらいいんですけど……。

──それにしても、商売があたって有頂天だったところからの大転落。現実的には大変な状況なのに、なぜか笑ってしまうコミカルさが司之介にはありますね。
そうなんです、絶妙ですよね。第1回冒頭の丑の刻参りのシーンもですが、とってもヘンテコじゃないですか。でも当時の人からしたら、真剣そのもの。うまくいけば、明日、憎い相手がバタバタ倒れて世の中が変わるかもしれない。そういうリアリティのある真面目な行為なわけです。ウサギ事業も、現代の僕らからしたらわけがわかりませんが、司之介にとっては真面目な仕事だった──。そのギャップが面白いんですよね。ただ、演じる側としては、面白みを追求するのではなく、当人たちの緊張感を持って演じなくては、と思って臨みました。
真面目に演じるほど面白くなる、ふじき脚本の魅力
──「虎に翼」に続く、ヒロインの父役です。この役での出演が決まった時のご感想は?
本当にいいのかな? と思いました。視聴者の方から、「俳優はほかにもおるやろ」と言われないか不安でしたし(笑)。でも、何より、今回は脚本がふじきみつ彦くんということで、起用していただけたのはとても嬉しかったです。彼とは、もう10年以上も一緒に演劇ユニットをやっているので、彼が朝ドラの脚本家に決まった時から大歓喜だったんですよ。ものすごい快挙ですからね! そんな彼の作品に、こんなに大きな役で出演できるというのは、特別な意味がありますね。
──長年一緒にやってきた仲だからこそわかる、ふじき脚本の魅力、また演じ方のコツはなんですか?
まずは、会話ですね。ふじきくんは会話劇がとにかく面白い。一見中身がなさそうな、ただ喋っているだけのシーンでも、セリフでそのキャラクターの色を出すのが上手いんです。朝はみなさん忙しいとは思いますが、ちょっとだけ手を止めて、僕たちの会話、セリフの一個一個を味わって聞いてみてほしいですね。
ふじきくんの脚本は、真面目に演技すればするほど面白くなるっていう特長があるんです。逆に、大仰にやりすぎたりコミカルにやりすぎたりすると面白くなくなる。どんなに笑えるシーンでも、登場人物はふざけているわけではない、真面目にちゃんと喋っている。だから、脚本に対して忠実に演じる、というのがコツだと思っています。でも、つい、もっと面白くしようと欲を出してしまって……。そういう時は失敗するんですよね。調子にのらないよう、気をつけたいと思います(笑)。

──ご自身の役についての印象や役作りのポイント、見どころについて聞かせてください。
司之介の役は、僕を当て書きしたと聞いたので、ふじきくんの、僕に対するイメージってこんな感じなんや……と思いました(笑)。でも、演じやすくはあります。役作りということでいうと、司之介は、例えば「虎に翼」の時のお父さんに比べると、武士魂がまだ残っているというところが最大の特徴ですよね。そもそも、お話の舞台がちょうど時代の変わり目で、司之介は、ちょんまげを捨てられない。
実際、時代の変化についていくのって、どの時代でも大変だと思うんです。僕らだって、コロナの以前と以降でいろんなことが変わったじゃないですか。その変化についていくのは、簡単じゃなかった。その前だと、戦前と戦後で、教育や価値観がガラッと変わったという話はよく聞きます。そんなふうに次々、変化していく時代の物語や人物を演じるのは難しいですけど、面白いし、やりがいがあります。
なので、見どころは、司之介が、この時代の変化の中で奮闘する姿です。武士の価値観を簡単には捨てられない。でも、娘のためには、いつまでも武士にこだわって無職でいていいのか……。松野家の未来にとっても、ものすごく大事なことですよね。もちろん、物語の展開にとっても……。今後、司之介が、どう立ち回っていくのか? ぜひ注目してください。
出演者の明るさが、松野家の天真爛漫さに表れている
──娘のトキを演じる髙石あかりさんの印象をお聞かせください。
話しかけると普通に話してくれるし愛想もいいんですが、いい意味でベタベタしていない、いつもひとりでふっと佇んでいるイメージです。ふだんも、お芝居の時も、常に凛としていて自然体でいる印象。なんというか、そこに咲いている一輪の花のような……。花言葉に例えるなら、「あなたを照らす」でしょうか、“あかり”だけに(笑)。

──妻のフミ役の池脇千鶴さんや、父の勘右衛門役の小日向文世さんはいかがでしょうか?
すごく仲良くさせていただいています。池脇さんとは、今回が初共演なんですが、初対面の時から、みんなに「千鶴って呼んでくださいね」とおっしゃっていて、だから僕も「千鶴ちゃん」と呼ばせてもらっています。初めは緊張しましたけど、今では、彼女の出演ドラマの感想を言ったり、小日向さんと3人でたわいもない話で盛り上がったりしています。
小日向さんは、もう本当に明るくて、気さくで、面白くて。いらっしゃるだけで場が明るくなるし、ありがたいですね。本当に、変な気遣いのいらない、やりやすい現場です。
出演者の明るさや現場の雰囲気が、松野家の天真爛漫さにも表れている気がします。大変なことも起きるし、生きていくために必死だけど、抜けているところがあってかわいらしい。そんなギャップやデコボコした面白さが、松野家の魅力だと思います。
──とても楽しそうな撮影現場の雰囲気が伝わってきます。
そうですね。あと、大阪放送局の朝ドラということでいうと、「ブギウギ」以来、お世話になるのは2度目なんですね。スタッフの方々も変わらずあたたかくて、「おかえり」なんて言っていただけたこともうれしくて、もう家族のようです。僕自身、関西の出身でもありますし、ホーム感もあって、とてもやりやすい環境でやらせていただいています。ありがたいことですね。