戦後の闇市、差別問題、そして「正しく怒る」という強いメッセージ——。
放送を終えたばかりのスピンオフ「山田轟法律事務所」は、本編「虎に翼」では描けなかった“見落とされがちな人々”に光を当て、多くの視聴者に強い印象を残した。
マスターの衝撃的な再登場、よねの怒りと痛み、憲法14条へと辿り着く道のりはどのように生まれたのか。脚本を手がけた吉田恵里香が、今だからこそ語れる制作の舞台裏と、よねという人物に込めた思いを明かす。
虎に翼スピンオフ「山田轟法律事務所」脚本・吉田恵里香インタビュー①はこちら
マスター“生存”設定はスピンオフで誕生
──改めて、ドラマをご覧になってのご感想は?
「虎に翼」本編の第1週での通行人の描き方を拝見してから、演出の梛川善郎さんのことは信頼しきっていました。今回も、きっと素敵に行間を埋めてくださるだろうなと。まさにその期待どおりで、例えば、最後によね(土居志央梨)が試験に向かっていく時の周囲の受験生の様子や、闇市での人々の生活の様子など……奥行きのある演出が盛りだくさんでうれしかったです。

──本編では「空襲で亡くなった」と説明されていたマスターの増野(平山祐介)が、早速登場したのには驚きました! このアイデアは本編執筆中から考えていたのでしょうか?
「マスターが実は生きていた」という設定は、今回スピンオフを作るにあたって考えたものです。というのも、よねは、本編の主人公だった寅子(伊藤沙莉)とは違って、自分からどんどん事件に首を突っ込んでいくタイプじゃない。少なくとも轟とタッグを組む前の段階では、一度、問題を自分の痛みとして引き受けないと動けない。そんなよねに何かメッセージを届けることができる人がいるとすれば、寅子や(明律大学でともに法律を学んだ)女子部のメンバー以外だとマスターしかいないんですよね。
そこで、「自分は空襲で死んだことにしろ」というマスターの言葉に従うことで、よねが自分の責任や悲しみに蓋をして前に進もうとしていたのだ、というストーリーを思いつきました。私自身、以前はアニメのコミカライズを何年も担当していたこともあり、こういうひねった設定を作るのは好きなので、とても楽しく考えながら作りました。
──本作では、「戦争直後の差別問題」という難しいテーマを描かれましたが、どうしてこのテーマに挑もうと思ったのでしょうか?
最初に考えたのは、寅子の目線では描けなかった問題にスポットを当てる物語にしよう、ということでした。例えば、戦後の闇市で、生活のために体を売らざるを得ない女性たちと、幼い娘のいる寅子は接点がなかった。目をむけないようにしていたとも言えると思います。主人公が見ていないものをドラマで描くことはできません。だから今回は、そのような理由で取りこぼした問題にも触れたかった。「すべて国民は、法の下に平等である」と定めた日本国憲法第14条を掲げる作品として、できるだけ多くの「すべての国民」の姿を描きたかったんです。
──描くにあたって難しかった部分はどこでしたか?
例えば、「パンパン」と呼ばれ、進駐軍を相手に体を売っていた女性たち。彼女たちについて調べると、エンタメに登場する彼女たちが「力強く世の中を生きたかっこいい女性」といったポジティブな表現をされていることが多いと感じました。私はこの問題をそういうふうに軽くするような描き方には手を貸したくないという気持ちがあって、しっかりリサーチをすること、問題に対して誠実に描写をすることを強く意識しましたね。
部落差別についても同様に、「すべての国民」を描くためにはどうしても避けては通れないテーマでした。攻めた内容と言われるかもしれませんが、そう思われてしまうことにこそ問題があると思っています。とはいえ、これらのテーマを扱うことにノーと言わず、一緒に表現の仕方を考えてくれた制作チームの皆さんには心から感謝しています。
「正しく怒る」という言葉に込めた意味

──「正しく怒る」というキーワードが印象的でした。どんな思いを込めたのでしょうか?
今の社会には、「怒る」ことに対してネガティブなイメージがあるように思います。「怒り=感情的」とか、「不機嫌を撒き散らす行為」だと受け止められている。あるいは、「怒ったら負け」という空気すら漂っているように感じます。
でも、私は「ちゃんと怒る」ことはとても大切だと思うんです。怒りには、必ず理由があるはず。ただ単純に不機嫌を撒き散らしたり、理不尽に誰かを踏みつけたりするためではなく、目の前の問題を解決するために怒っている人の存在を軽んじてはいけない。だからこそ「虎に翼」では、本編をとおしてずっと「怒ってもいい」「声をあげてもいい」というメッセージを発信し続けてきました。
ただし、怒りという感情は、少し油断すると自分を守るための自己正当化にすり替わったり、誰かを傷つけるものにもなり得てしまう。それらと区別するために、声をあげて社会を変えるための怒りを、「正しく怒る」という言葉にして、よりわかりやすく伝えたいと考えています。
──その言葉「正しく怒れ」とマスターに言われたよねが、水谷(大谷亮介)に対してお酒を吹きかけるシーンもありました。
「正しく怒る」ことは大切だけど、そんな綺麗ごとだけで生きている人はいない。人にはグラデーションがあって、どうしてもはみ出してしまう感情はあるし、それもあっていい、ということも伝えたかったので、あのシーンは気に入っています(笑)。
よねという人物は、貫こうとしている信念はすごく綺麗なのですが、本編でも小橋(名村辰)の股間を蹴り上げてしまったりなど、割と暴力的な面がある。よねにとっては「怒り」は一気に前に進んでいくための「ガソリン」でもあるんですよね。だから水谷に対しても綺麗事を言うだけではなく、よねなりの泥臭い“正しさ”をぶつけたわけです。
──一方でよねは、「怒りたくて怒ってるわけじゃない、不機嫌でいるわけじゃない」と感情を爆発させてもいます。あのシーンに込めた思いを教えてください。
人が「怒る」ということは、つまり「怒る対象がある」ということ。よねにとっても、もし何も問題がない社会であれば、怒らない選択肢だってあるはず。
現実でも、社会の問題について声をあげている人が「この人は怒りたいだけだ」「人から注目を集めることが楽しいんだ」というように見られて、その人の怒りが矮小化されることがあると思います。それは私自身、すごく腹が立つなと思っていて……。
よねはずっと怒っている、それをある種のアイデンティティーにしているキャラクターですが、だからこそ「怒ることが好きなわけではない」というよねの素直な感情を言葉にすることは大事だなと思って、このセリフを書きました。
実際に映像を見てみたら、土居さんの演技が素晴らしかったです。あそこで爆発している感情は、怒りでもあり、悲しみでもある。とても深みのあるシーンになったと思います。
──よねの人生の最終目標は、自分が怒る必要がない社会を実現することなのでしょうか?
そうではあるんですけど、よねはそれが少なくとも自分が生きている間には実現しないこともわかっている。逆に寅子は、そんな理想の社会の実現に向けて行動している。そこが2人の大きな違いですね。
つまり、よねは、社会全体が変わることをゴールにしていない。今自分がどこまで怒って、どこまで声をあげることができるかを現実的に考えている。その過程で、目の前の困っている人を助けている。それが、よねなんです。
──そんなよねが、壁に「憲法14条」を書くシーンは感動的でした。
いろいろな地獄を見てきたよねは、寅子のように14条をすんなりと受け入れることはできないんじゃないか──そういう話は、制作チームの中でも、よねのキャラクターを深めていく中でずっと出ていたんです。だからこそ今回のスピンオフでは、よねが14条を受け入れて、轟と一緒に、法で守られるべき「すべての国民」からあぶれそうになっている人を救うまでの物語にしたんです。
──最後に、視聴者の皆さんにメッセージをお願いします。
朝ドラを書くというのは脚本家としての私の目標でしたし、「虎に翼」は間違いなく今の私の代表作です。これを書き上げたら、もう作家を辞めても悔いはないと思えるくらい。そんな思い入れのある作品だから、続編を書かせていただけてとてもうれしいですし、応援してくださったみなさんには本当に感謝しかありません。
もしNHKさんが「スピンオフ第2弾をやりませんか?」と言ってくださったら、絶対やると思います(笑)。来年には映画も控えていますし、これからも「虎に翼」の世界を好きでいてくださったらうれしいです。しんどいことばかりの社会ですが、どうかご自愛ください。

【プロフィール】
吉田恵里香(よしだえりか)
1987年生まれ、神奈川県出身。脚本家・小説家として活躍。主な執筆作品は、「DASADA」「声春っ!」(日本テレビ系)、「花のち晴れ~花男 Next Season」「Heaven?~ご苦楽レストラン」「君の花になる」(TBS系)、映画『ヒロイン失格』、『センセイ君主』など。NHK「恋せぬふたり」で第40回向田邦子賞を受賞。
【あらすじ】
山田よね(土居志央梨)は、空襲でひん死の重傷を負ったカフェ燈台のマスター・増野(平山祐介)をリヤカーで運んでいた。敗戦に打ちひしがれ、無秩序と差別が渦巻く上野の街で、これまで学んできた法は無力に思え、よねの心は徐々にすさんでいく。生き別れていた姉・夏(秋元才加)と再会するものの、2人の心はすれ違ったまま。そして夏を理不尽な暴力が襲う。よねは犯人を追うが、闇市を支配する勢力のうごめきに増野も巻き込まれ、真相は闇に葬られてしまう。絶望の中、よねは新聞で目にした憲法十四条を怒りに突き動かされるように壁に書き記す。やがて轟太一(戸塚純貴)との再会を機に、よねは法律事務所を開設し、追い詰められた人々の事件に立ち向かっていく。
「虎に翼」スピンオフ「山田轟法律事務所」(72分・全1回)
3月20日(金・祝) 総合 午後9:45~10:57
3月29日(日) BSP4K 午後4:45~5:57
※NHK ONEでの同時・見逃し配信もあり(ステラnetを離れます)
作:吉田恵里香
音楽:森優太
主題歌:米津玄師「さよーならまたいつか!」
語り:尾野真千子
出演:土居志央梨、戸塚純貴、平山祐介、秋元才加、森迫永依、呉城久美、絃瀬聡一、細井じゅん、北代高士、鈴木拓、大谷亮介、伊藤沙莉 ほか
法律考証:村上一博
制作統括:尾崎裕和(NHKエンタープライズ)、石澤かおる
取材:清永聡
演出:梛川善郎(NHKエンタープライズ)