テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、夜ドラ「ミッドナイトタクシー」です。

どんなに仕事ができても、魅力的に見えても、タクシーの運転手にぞんざいな口をきく人間は、ろくな死に方をしないと個人的には思っている。あの薄いアクリル板で仕切られただけでどんなやからが乗ってくるかもわからない狭い個室を動かし、24時間社会を支える仕事には敬意を表さずにはいられない。実は、タクシー運転手の話を聞くのが好きでね。元社長で会社をのっとられたとか、元歌舞伎町のホストだったとか、妻が不倫して離婚したとか、ギャンブルで借金こさえたとか、その人の人生の断片を短い時間で聞き出すのが楽しみで。一期一会だからこそ、話してくれるのだろうけれど、結構ドラマチックなのよね、みなさん。

で、夜ドラ「ミッドナイトタクシー」である。このドラマはタクシー運転手・蘭象子の物語。アララギショウコ……1度聞いたら忘れられない変わった名前だが、乗客との間に透明な膜を張りつつ、必要最小限の言葉でベストアンサーをひねり出したり、絶妙な返しをする。「特別話が面白いわけでも、特別気配りができるわけでもないが、彼女に会った人はなぜか皆、ふとその夜のことを思い出す」、そんな運転手を古川琴音がのびやかに、でも淡々と演じる。ウィノナ・ライダー主演、ジム・ジャームッシュ監督の映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』を思い出した。若い頃に観て「あー、何があっても地球は回るんだわ」と漠然とした、でも前向きな諦観を覚えた記憶がある。


お持ち帰り常習犯の名言

男女のカップルが乗ってくる。男性(中村蒼)はトランプを持ち出して、引いたカードの数字で愛の言葉を交わし合う。9なら「こんやはにがさない」ってな感じでな。女性(久保田紗友)もやる気満々で、車内の空気はふたりだけの甘い世界に(もちろん象子は聞いている。無表情で)。実はこの男、常連客のようで、女性を口説き落としてはお持ち帰りするモテ男のようだ。キスしかけたところで男性の自宅(タワマン)に到着。先に女性を降ろした男性は、料金を支払いながら象子に「キスまでは見届けてくれてもいいだろ!? いつもいいところで止まるんだから」と小声で文句を言う。「いつも、とか言っていいんですか?」と大声で返す象子。「愛を語るのに字数制限あっていいんですか?」とツッコミを入れるのも忘れない。モテ男はスカして言う。

「人って意外とね、何か制限されたほうが伝えられることってあるんだよ」。

タクシーは動く個室。そりゃイチャつく客もいるだろうな。止めるわけにもいかないし、運転手のみなさんはどうなしているんだろうか。象子は自分の存在を透明にしつつも、「運転手は見ている・聞いている」ことを暗に示す。


友達ではなさそうな距離感のふたり

お持ち帰りで興奮状態の客もいれば、夜の街では酔っぱらってタチの悪い客もいるだろう。実にいろいろな状態のさまざまな客が乗ってくるのがタクシーだ。電車やバスではやらないことをタクシーの中では平気でやる。密室感が人の心のタガを外してしまうのか。逆に、運転手を巻き込む展開もある。

女性ふたりが乗ってくる。友人にしては、ひとりがよそよそしい(さとうほなみ)。よくしゃべるほう(恒松祐里)が「どういう関係に見えます?」と聞いてくる。完全に巻き込まれる象子。実はふたり、数時間前にったばかりだという。

彼女いわく、高級レストランで30歳の誕生日をひとりでお祝いをしていたら、同様にひとりでお祝いのいちごショートケーキを頼んでいる女性がいた。そこで同い年で同じ誕生日とわかって、意気投合して一緒に帰るところだと。

しかし、もうひとりは様子がおかしい。連絡先を交換したがらず、「吐きそう」と車を止めてトイレに駆け込んでしまう。戻ってきた彼女に話を聞くと、うそをついた自分に吐きそうだったという。しかも30歳ではなく42歳。嘘をつかれたほうは怒り始めて不穏な空気が流れる。当然、象子にもとばっちりが飛んでくる。象子が考えていたことはひとつ。ふたりが食べたのが苺のショートケーキじゃなかったら、このタクシーに乗っていただろうか、という点だ。のんで突拍子もないように聞こえるが、この話の核心を突く。


ショートケーキの苺は「時間」

42歳の彼女はなぜ嘘をついたのか、その理由がとてもやりきれない。30歳からずっと祖父の介護を担い、その後で母がひざを痛めてまた介護が始まり、気づけば40歳。「私の人生は苺をあげてばっかりだったんです。私にとっての苺は時間でした」。そこに見ず知らずの30歳が突然現れて、自分の苺をのせて祝ってくれた。「自分の時間がちょっとだけ戻ってきた気がして、うれしかった」という42歳。

まさに一期一会や! というダジャレはさておき。ふたりに象子が提案したのは、嘘とわかっている前提で制限時間を設けて、その間だけは嘘をついていいことにする遊びだ。「人は意外と何か制限されたほうが伝えられることがあるって」と象子(冒頭のモテ男の持論がうっかり役に立つ瞬間)。ふたりは嘘トークを展開するも、現実に抱えている不安や苦しみはストレートに伝わってくる。この嘘トークでお互いのわだかまりはほどけていく……。

ひょんなことから始まる女の友情を描いていたのだが、たった2話でぐっときこむ展開、軽やかなのにじわじわと心にみ込む結末。運びがうまいなぁ。


焼き芋屋を尾行するワケ

3・4話では、ある母子が登場。女性(山田真歩)は、息子(萩原護)を連れ立って、屋台の焼き芋屋を遠くから見つめている。旬でも冬でもない時期、焼き芋は一向に売れない。

それでも焼き芋屋のおやじ(板尾創路)は道行く人に声をかけ、焼き芋を売ろうとしている。このおやじ、実は40年前に2歳の彼女を捨てた、生き別れの父親だという。興信所を使って調べあげたのは、父親にひとことだけ言いたいからだという。そんな母子が象子のタクシーに乗って、尾行することに。

生き別れた父親に対して、いまさら何をしようと思ったのか。そのきっかけは、息子に初めて恋人ができたからだ。子どもの大きな成長を肌で感じて嬉しいと思う時間。「それで思ったの。あの人が捨てたのはこういう時間なんだって」。あわれみと怒り、そして自分は子どもの成長を見届けたぞ、という誇りを伝えたかったのかもしれない。

40年ぶりの親子の対面も無事にかなった。車内で繰り広げられてきた親子の会話に象子は終始無反応。いや、無反応に見えて、実は心に微妙な変化が生まれていた。


30歳になることを真剣に考えてみる

象子は夜勤明けに立ち寄る喫茶店がある。その名も喫茶つかれしらず。象子は相当なムチャブリをする。「苺定食」や「石焼き芋ビビンパ」など、なかなかの難題だが、マスターの源さん(竹中直人)はどんな注文でも完璧にこたえてくれる。乗客たちの人生の断片に触れてきた象子は、源さんにぽろっと本心を漏らしたりもする。居心地のいい、行きつけの喫茶店があるのは幸せなことだ。

4話であきらかになったのは、象子にも生き別れの母がいること。象子を育ててくれたのは、伯母の蘭弥生(和久井映見)だったこと。弥生は芸能事務所の社長で、象子の常連客であること。多忙を極める弥生の口癖は「もうムリ」、象子はムリさんと呼んでいること。HPで見ると、象子のものじしない性質の背景には幼少期の流浪の生活と無責任な母親の存在がかい見える。

全32話、このあとも乗客の何気ない日常や奇跡のような出来事、意外な縁がつながっていくのだろうと期待できるし、象子もかすかに刺激を受けて、人生を真剣に考えてみようと思い始めているようだ。もうすぐ30歳になる象子がどんな選択をしてどんな決断をするのか、いや、しなかったとしてもそれはそれで。夜の街の人生譚(の断片)を楽しみにしている。

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。