テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、連続テレビ小説「風、薫る」です。

主人公が多いような気がする朝ドラ「風、薫る」。そもそも主人公が「他人のふたり」という珍しいケースだ。しかも、父の死や豪速結婚・出産・離婚など、予測不能なスピードであっという間に進んできたこの1か月。令和の時短傾向という風を読み、ひとりの女性の半生をみっちりこってり描く定番からの脱却なのかな。これを新しい風ととらえて、楽しんでいる。


武家の娘がシングルマザーに

まず、ひとりめの主人公が元家老の娘、一ノ瀬りん。演じるのは見上愛。おっとりのんびりした性格で、優しくて人望の厚い父(北村一輝)と、なぎなたの名手でTHE・ブシムス(武士の娘)然とした母(水野美紀)のもとに育った。おさな馴染なじみの虎太郎(小林虎之介)と思い合っていたものの、父がコロリ(コレラ)で亡くなり、金持ちと結婚するしかなくなる。

嫁ぎ先は一代で築き上げた運送業を営む奥田亀吉(三浦貴大)。18歳も年上で、大酒飲みなうえに暴力的、しぶちんで男尊女卑、実家の母をしざまにこきおろす性格の悪さ、魚の食べ方が汚いなどなど。いいとこがひとつもない夫に、何かにつけて嫌味を言うしゅうとめの貞(根岸季衣)ももれなくセットでついてきちゃって。

りんは娘を出産したものの、夫の横暴はひどさを増すばかり。亡き父から「女も学が必要」と教えられてきたが、学のないことがコンプレックスの夫は真逆で「女に学問は不要」派だ。亀吉の横暴には耐えてきたが、娘の教育で考え方が合わないことは致命的、りんは娘を連れて飛び出してしまう。結婚出産までも早かったが、幼子を抱えて家出&路頭に迷う主人公も、なかなかに劇的である。


すごろくの上がりは「奥様」から「当世の淑女」へ

象徴的だったのは「雙六すごろく」。りんが子供の頃から妹のやす(早坂美海)と遊んできた「江戸娘一代雙六」では、上がりは奥様だった。裕福な男と結婚して妻になることが理想的なゴールとされている。ちなみに、奥様に辿たどり着くまでは、奉公、無宿女、あわび取(海女)、かどづけ(大道芸人)、取上ばばア(産婆)などのマスがあり、戒めや苦界などもあった(画面を凝視して確認しちゃったよ)。

ところが、娘のたまき(宮島るか)が遊ぶのは「新・雙六淑女かがみ」。宣教師に医者、教員、著述家、新聞記者、音楽家、舞踏家に慈善家……職種が増えとる! もちろん、不良・不学・怠惰などのマスもあるが、上がりは「奥様」ではなく「当世の淑女」。イマドキのレディ……それが第三の主人公にも見える大山捨松すてまつ(多部未華子)を想起させる。

会津出身の捨松は、日本初の女子留学生として11歳でアメリカに渡り、英語やフランス語だけでなく看護師の資格も取得した才女だ。会津にとって宿敵の薩摩藩士である大山いわお(髙嶋政宏)と結婚し、「逆賊からのなりあがり」と陰口をたたかれている。今でこそ「鹿鳴館ろくめいかんの華」と社交界でもてはやされてはいるが、艱難かんなんしんの幼少期を過ごした苦労人でもある。捨松には困窮した人を助ける慈善の精神がある。その根っこには、会津の城で薩摩軍に何千発も砲弾を撃ち込まれ、多くの人が亡くなるのを見てきたこと、自身も炊き出しを受ける側だった経験があるのだ。

もうさ、辛酸をなめ、破天荒な人生へとつながる少女期、華麗なる貴婦人となって女子教育と看護師育成に尽力……これはもう主役級の経歴ではないか! 思わず「あれ? 多部ちゃんも主人公じゃん!?」と思ってしまった。ま、捨松はふたりの主人公をつないで、女性の自立と看護師の育成をもたらした、物語の、というか、時代のキーパーソンであることは間違いない。


ハングリー精神は歴代 主人公の中でも最強

そしてもうひとりの主人公、大家直美である。赤子の頃に親に捨てられ、キリスト教の牧師・吉江善作(原田泰造)に育てられた。身寄りも友人もなく、天涯孤独で、基本的に人間も神の存在も信じていない。そんな強烈なキャラを演じるのは上坂樹里だ。語学堪能で上昇志向も負けん気も強く、貧乏からの脱却を常に画策する“したたかな”主人公である。漢字の“強か”という言葉が本当によく似合う。

赤貧の長屋暮らしから抜け出すために、小芝居を打って、詐称もする。令和にも学歴詐称して問題になった公人女性がいたが、間違えたたくましさをもつ朝ドラの主人公は稀有けうだ。富裕層の馬車に「当たり屋」のように飛び込み、「旗本の娘だ」とうそをついて、鹿鳴館の仕事をゲットした直美。この図太ずぶとさを「朝ドラらしからぬ」と眉をひそめる人もいるかもしれないが、私は思わず拍手喝采しちゃったよ、そのハングリー精神に。誰もが、聖人善人で清く正しく美しく、ではないからな。

それに直美は劇中で「みなしご」と蔑まれたり、「教会の人」とあわれまれたり、よっぽどのことをしない限り、まともな働き口につけない境遇だ。働いていたマッチ工場ではすずめの涙の給金で酷い目に遭う。盗人ぬすっとぎぬまで着せられてね(乳飲み子抱えた同僚をかばってあげた心意気!)。とはいえ、英語で罵詈ばり雑言ぞうごんをつぶやくなど、ちょっと意地悪な部分もある。そこも好きだ。

そんな直美が「嘘をつく・詐称する」ことのしっぺ返しを食らう展開もちゃんと評価したい。直美が鹿鳴館で出逢ったのは、アメリカ帰りの海軍少尉・日向ひなた栄介(藤原季節)。彼と結婚することを夢見てしまったのだが、実は詐欺師で本名は寛太。初めから藤原季節がこんな爽やか一辺倒の役で終わるはずないと思っていたが、案の定! 直美は浮かれた自分を恥じ、詐称した自分を悔い改め、捨松に勧められた「トレインドナース」を目指すことに。


女の自立、叶わなかった世代のさりげない後押し

さて、最後に若い世代の背中を押したふたりの女性についても触れておこう。ひとりは、鬼姑として攻撃力の強いひと言をりんに浴びせてきた貞だ。孫娘の好物(小魚のつくだ)もわかっていたし、自立を宣言して離縁を求めたりんをひそかに応援しているような気もした。えて悪態をついて、りんを追い出したのも、女の自立に賛成しているからではなかろうか。短く少ない出番で強烈な印象を残し、ここまで想像させる根岸季衣の役者魂に、しみじみと感動している。

もうひとりは、りんの実母・美津だ。THE・ブシムスと書いたが、劇中ではちゃっかりした図々ずうずうしい面や負けず嫌いな面を見せて、間違いなくコミカルな立ち位置でもある。演じる水野美紀の本領発揮といったところだ。

温かく包み込むように見守る母、というよりは、トリック&チートで娘の本音を聞き出したり、覚悟を問うたりする母だ。ブシムスの割に案外ミーハーなので、新しいことに挑戦する娘を全力で応援してくれるはず。

自分ができなかったことや、憧れや理想を抱いたけれどかなわなかったことを、若い世代が軽々と挑戦して羽ばたいていく。このふたりの母は嫉妬したり、反対したり、妨害したりはしなかった。因習や刷り込みを次世代には残さない、母のあるべき姿かなとも思った。

ということで、主人公ふたりがトレインドナースの養成学校に入るところまで描かれた。駆け足を通り越して、ジェットコースター展開なのだが、適度に実の詰まった1か月で飽きなかった。思い返せば、エキセントリックな展開でもある。感染症の流行にぼうちゅうしょうや差別、火事に連れ去り、冤罪えんざいに詐称に結婚詐欺まがい……と書くと、事件性強めのサスペンス劇場。朝ドラというよりは朝サス? 前クールの「ばけばけ」があまりに穏やかに夫婦愛をたっぷりじっくり描いていたからねぇ。

性格も境遇も異なるりんと直美だが、共通点は「自立」の覚悟だ。前述のように、直美は嘘をついたことや結婚に逃げようとしたことを恥じ、看護学を学んで自立を目指す。りんは夫にじかだんぱん&実母を説得して、看護の仕事で一人娘を育てていく自立を目指す。看護を生業なりわいにすることへの偏見、女が働いて自立することへの障壁、旧態依然の価値観……今後ふたりがぶち当たるであろう壁は想像以上に高そうだ。のんびり屋に見えて芯は強いりんと、不遇をばねに野心あふれる直美が、切磋せっさたくしていく姿を楽しみにしている。

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。