テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、土曜ドラマ「お別れホスピタル2」です。

重度の疾患で高度な医療ケアを必要とし、在宅治療や介護を家族が担えない人や一人暮らしで生活が厳しい人を受けいれる療養病棟。ここを舞台に、看護師の辺見歩が「命」と「人生」を見つめる物語。2024年に放送された「お別れホスピタル」が帰ってくる。主人公・歩を演じるのは岸井ゆきの、そしてこの病棟で終末期医療を担当する医師・広野誠二を演じるのは松山ケンイチだ。

放送当時、死をきれいごとに描かない作品だと感心したし、登場する患者たちやその家族の姿に「ああ、これは他人ひとごとでもそう遠い話でもない」と震えた記憶がある。あれから2年がたち、本当に他人事じゃなくなった。私事だが、特養に7年間いた父親が入退院を繰り返し、医療ケアと生活全般の介助が必要な状態に。療養病棟のある病院(介護治療院を含めて)を探し、見学に行き、高齢者医療の限界という厳しい現実を知った。在宅介護を選ぶ他なかった。結果的に、父は驚異の生命力で今も元気な寝たきりである。お別れも、ホスピタルも、今のところ遠のいた。


医療の限界、あるいはその先を描く

この作品は医療ドラマというよりは「医療のその先」ドラマである。歩は、死と直面している患者と接して、日々悩む。悩むというか、考える。何が最善か、何が正解か。言葉ひとつ、しぐさひとつに患者たちは敏感だ。優しく笑顔で寄り添うだけが仕事ではないと葛藤しながらも、自分にできることを探していく歩。ドラマでよく描かれる若手看護師は「純粋で一所懸命な頑張り屋さん」が多い(あれ、なんだろうね、そうあってほしい願望か?)が、歩はもう少し引いた、かん的な視点をもつ。温度も湿度も違う看護師役、岸井は適役だと思う。

療養病棟は基本的に高齢患者が多く、家族の希望で人工呼吸器をつけたが、意識の回復が望めない患者もいる。元気になって退院する人はほとんどいない。退院するときは亡くなったときだ。希望や期待をもつことが難しい、切ない場所でもある。切ないけれど、シーズン1から引き続き登場する患者がいて、「あ、生きてたんだね!」とちょっとだけあんした。


ナースコール連打おじさんと恋する塩げんこつ

ひとりは、大戸屋次郎(きたろう)。声を出すことができないため、筆談する患者だが、まあ口が悪い。でも絵はうまい。機嫌が悪いとナースコールのボタンを押しまくる悪癖がある。特に、ベテラン看護師の赤根涼子(内田慈)に甘えて、かまってちゃんっぷりを発揮。病気だけでなく、身寄りのない寂しさや孤独を抱えているため、問題行動は多いのだが、なんというか、わかりやすい。同室に入院してきた人に家族が多く、見舞い客でにぎやかになると、途端に不機嫌になって、すねまくる。そんな次郎さんだが、シーズン1で赤根が下咽頭がんのステージ3とわかり、心を痛める。「生きろ」と強いメッセージを書いて送った次郎さん。

そしてシーズン2では、赤根が治療を経て職場復帰。病室に来た赤根の姿を見て、めっちゃ喜ぶ次郎さん。赤根は「がんサバイバー」として看護師の仕事を続けようとしたのだが……。引き続き、赤根の苦悩を描く。

もうひとり、騒動を起こしがちなのは幸村ヨシ、演じるのは根岸季衣だ。このヨシさん、身体介護や介助を担うケアワーカーの南啓介(長村航希)に恋をしている。なぜか南を「ケンさん」と呼び、南に抱きついたり、べったりと甘えたりする。他のスタッフの介助を嫌がって拒否するなど、いろいろと厄介やっかいなおばあちゃんで、口の悪い患者からはいろけと呼ばれる始末。

シーズン1ではヨシさんが元は厳格な中学教師で堅物だったこと(生徒につけられたあだなは塩げんこつ)、認知症を発症してから女子中学生のように恋する乙女になってしまったことがつづられてきた(いや、女子中学生に失礼かな)。ヨシさんの息子(奥田洋平)は母親の奇行を見て「本音を言えば、ああいう母親の姿に嫌悪感がないわけじゃない。でも幸せそうだ」とつぶやいていたのが印象的だった。

そんなヨシさん、相変わらず南にべったりで、南も一時期は仕事に悩んでいたようだが、続けて勤務していることがわかって、ちょっぴりほっとした。


生きている「意味」とは……

シーズン2でも、新たな患者が入院。伊東四朗が演じる安斎正助は御年100歳。元県議会議員で、声は大きくかくしゃくとした老人に見えるが、傾眠と認知症が進んだ状態。議員時代に毎朝辻立ちしていた頃の記憶が色濃いのか、病室でも大声で演説してしまう(同じ病室には次郎さん! これまたナースコール連打になるわけで)。

ただ、本人いわく「体が弱っているときのほうが実は頭がハッキリする」。そして、もう長くないと悟っている安斎は、ある頼み(結構なムチャブリ!)を歩に託すのだった。

もうひとりは、末期のすい臓がんで痛みが激しく、苦しんでいる女性患者だ。元ベストセラー作家で、昔は毒舌キャラとしてテレビに出ていたこともある桜田美々(YOU)。華やかな経歴の割に、見舞い客が来る気配はない。孤独と耐え難い疼痛とうつうで「死にたい。こんなの生きてる意味がない」と漏らす。歩はなんと返したらいいのか迷う。生きている「意味」とは……? 明確な答えを出せないまま、同じ問いを別の人からも投げかけられる歩。終末期医療のプロフェッショナルである谷山衛医師(国広富之)が意外な提案を持ちかける。

愛し合う夫婦がゆえの苦悩も。間質性肺炎と脳梗塞で緩和ケアを望んで入院してきた角川千代子(阿川佐和子)をその夫・三郎(柄本明)が献身的に見舞う。娘(松岡依都美)はある決断を広野に伝える。

今シーズンも、歩は考えて考えて考え抜く。「生きるって何だろう?」「死ぬまで忘れられない人って何だろう?」「どうして人間はただ生きてるだけで心が休まらないんだろう?」


考えるだけでなく動いてみる

命や人生、家族や愛について日々考える歩だが、想像を超える角度から意見をしてくれるのが広野だ。ややクセの強い人物ではあるが、歩といいコンビでもあり。酒は飲めないが焼き鳥居酒屋には来る。焼き鳥を串から外して食べるのは「刺さりそうで怖い」からと言っていたが、実は母親に溺愛され、焼き鳥の串だけでなくミカンの皮の白い部分までいてもらっていたという。他人と一緒にいることが苦痛になった経緯には、超過保護な親の期待に応えすぎて苦しんだ後悔がある。マザコンではなくコミュ障に近い。「(家族の)愛は沼」という名言も残しているので、できればシーズン1もぜひ観てほしい(今夜11時50分から第1話放送)。

ちょっと鬱屈した背景のある広野だが、そのおかげで患者家族の本心を読み取る能力が高く、「家族との距離」を冷静に捉えることができる。終末期医療の医師として不可欠な能力でもある。

そんな広野と歩は今シーズンでは動いている。「焼き鳥屋でブレインストーミング」が定番になりつつあるこのコンビ、勤務外でやらなくてもいいことを、ふたりであえて行動に移したことで化学変化も生じている。

そうそう、歩自身が抱える家族の問題も、引き続き進行中だ。妹の佐都子(小野花梨)は「死にたい」が口癖で、自傷行為を繰り返した過去がある。中学時代のいじめがきっかけで摂食障害も抱えている。なによりも母(麻生祐未)の過度の期待や押し付けに圧迫されて、不調が生じているのだ。

個人的に、胸が締め付けられた患者家族がいる。シーズン1でも登場した水谷家の皆さんだ。父(田村泰二郎)が入院、母(泉ピン子)が最期まで尽くしていたのだが、先に母が亡くなるというかなしい結末だった。その続きがシーズン2で展開される。息子(黒田大輔)の苦悩は自分事に思えた。水谷家の年月を思うと、やはりシーズン1から続けて観てほしい……。

「医療のその先」ドラマと書いたが、死に直面した人の人生観や人間関係をあぶり出す要素も強い。主に家族ではあるが、家族と無縁の人も描かれる。人それぞれの「生きざまと死にざま」がある。決して思い通りにはならないけれど、歩のように真剣に考えてみるといい。自分の死も、家族の死も、大切な人の死も。今、自分が立っている足元と地続きのところに「死」があると思えば、なんとなく肝が据わるような気もして。いや……据わらないか。ジタバタするんだろうな、きっと。

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。

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