
テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、「虎に翼」スピンオフドラマ「山田轟法律事務所」です。
もう2年もたったのか、あの熱狂の日々から。2024年の「虎に翼」は個人的に朝ドラベスト1であり、主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)が弁護士、そして裁判官として歩んだ茨の道には感情を揺さぶられっぱなしだった。とらちゃんとともに、泣いて笑って怒ってたんだよなぁと。とらちゃんと、だけではない。そうあの人も、だ。
今回のスピンオフ「山田轟法律事務所」は、法曹界から去った寅子に失望して仲違いをした、あの人の来し方を描く。あの人とは、寅子の同級生で盟友でもある山田よねだ。演じたのは土居志央梨。強烈な男装のキャラクターは当たり役でハマリ役、土居の繊細&豪胆な演技は評価が高く、記憶に残る名演だった。

ちょっと嫌な書き方をすると、寅子は「もっている人」だ。裕福な家庭に育ち、頭脳明晰でエリート街道をまっすぐ進み、スポットライトを浴びて、二度の結婚で子どももできて家庭を築けた、王道のヒロインだ。もちろん障壁は多く、そのたびに心を抉られてきたわけだが、寅子とは対照的に「もたない人」だったのが山田よねである。貧しい農家の生まれで、父親に女郎として売り飛ばされそうになって逃げてきたという出自。環境と背景はあまりにも違う。

本編では、寅子の濃密で豊かな人生が主軸であり、よねの空白の数年間は描かれていなかった。最終的には裁判官と弁護士という、法廷では異なる立場でも心はひとつ、となったけれど、よねの不器用だが不屈の人生ももう少し観たかった。なので、このスピンオフができて「ほぼ」完成形になったような気がした。
やり場のない怒り、光が見えない絶望
寅子が裁判官を目指したとき、よねはどう過ごしていたのか。本編では、明律大の同級生である轟太一(戸塚純貴)に声をかけて法律事務所を立ち上げたこと、戦争孤児たちの面倒をみていたことが描かれた。孤児を介して寅子と再会、という流れだったが、そこに至るまでの数年間がこのスピンオフで明らかに。

東京大空襲の後、リヤカーを引くよねの姿が映る。荷台からはみ出した足が引きずられている。それは「カフェ燈台」のマスターこと増野(平山祐介)だった。本編では空襲で亡くなったとされていたが……実は生きてました! という始まり。
といっても、増野は全身大火傷を負い、ほぼ寝たきりの状態。彼を看病&介護しながら、法律に関する困り事を手伝う「代書屋」を始めたよね。稼ぎは少なく、店のレコードや蓄音機を売って換金せざるをえない状況。寅子がスポットライトを浴びて意気揚々と歩いていたとき、よねは苦悩と絶望の闇の中にいたのだよ……。
街では戦争孤児が盗みを働き、商売する朝鮮人とショバ代をふんだくる日本人ヤクザの喧嘩も絶えず、焼け野原と化した東京では誰もが今日明日を生きるのに必死だ。平和でも豊かでも平等でもなく、人権もへったくれもない。荒んで弱肉強食になった世の中を見つめて、いったい自分はなんのために法律を学んできたのか、やり場のない怒りに震える。「よねにとってあらゆる理不尽と闘う武器だった法律が力を失い、信じてきたすべてが音を立てて崩れかけていたのです」と尾野真千子のナレーションは、よねの深い絶望に湿度と重さを加える。
助けたいのに助けられない、無力感に苛まれ……

よねを訪ねてきたのはGHQ総司令部の女性ふたり。アメリカ人の陸軍少尉・マリアは「日本を民主的な国に生まれ変わらせ、抑圧されてきたご婦人たちを解放する」とのたまう。日本の女性の解放・地位向上・支援の施策を担当していると、通訳の寺田静子(森迫永依)が紹介する。日本で法律を学んだ女性たちに話を聞きたいと来たわけだが、よねは「上からえらそうなんだよ、あんた」とつっぱね、上から目線の物言いに暴言を返す。そう、よねはそういう人なのよ。迎合したり忖度したり、ものわかりのいい善人のふりなんか絶対にしない。まっすぐに怒りを表現できるゆえに、ぶつかる壁も多い……。
代書屋稼業でも、己の無力さを痛感。弟が進駐軍のジープに轢かれたので損害賠償を請求したいという相談には口ごもってしまう。また、被差別部落出身の男性(岩戸秀年)からは「家族全員の名字を変えたい」と依頼されるも、役所には却下される。よねは諦めずに手を探そうとするが、依頼主からは「もういいです。期待させられるのは苦しいので。助けられない手はつかまないでいいんですよ」と言われてしまう。困っている人を救えない自分を責めるよね。絶望、無力感、やり場のない怒り。そんなよねの前に姿を現したのは、音信不通だった姉の夏(秋元才加)だ。
因縁の姉と再会、相容れない女のプライド

姉が置屋に騙されて搾取されていたことを知って、よねはカフェ燈台の客で弁護士(戸田昌宏)に金を取り戻してもらった過去がある。もちろんタダではなかった。本編ではさらっと描かれたが、よねはこの弁護士と寝ることで、姉の金を奪還したのだ。なんという屈辱的な経験。ところが、姉は男とトンズラ。よねの手元には虚しい金だけが残る。その金で法律を学ぶために明律大学に入った経緯がある。
姉はそれを聞いても悪びれることなく、さらに慰安所を作ると言い出す始末。国が作った進駐軍向けの慰安所は問題が多く、閉鎖の予定。そこで戦争孤児で器量のいい女の子を集め、進駐軍相手にひと儲けできると考えたわけだ。よねの正義も思いやりもまったく通じないのが姉という皮肉。よねは「私はあんたみたいにならない! 誰かから奪い、踏みにじる側にはな!」と吐き捨てる。

女を武器にサバイブして搾取する側に回ろうとする姉と、女であるがゆえに搾取されることが許せない妹。それぞれのプライドがある。この価値観の相違をきっちりハッキリ描くあたりも凄いなと感心した。
差別と分断はそこらじゅうにあるという示唆

そんな姉が上野で絞殺死体で発見されるという、サスペンスチックな展開へ。警察もろくに捜査してくれない。よねは聞き込みを開始し、犯人を捜し始める。
手がかりは姉の恋人だったが、彼も泣きながら自分の無力さをよねに訴える。「(夏を)アメリカに連れて行きたかったが自分の立場では無理だった、自分も虐げられる側だ」と。若い黒人の米兵の嘆きに、よねは口をつぐむ。
虐げられる側、差別される側、奪われる側、踏みにじられる側、怒りを抱えても口にできない弱い立場の側……。いくら新しい憲法で平等をうたっても、線引きされる悲しみはそこらじゅうにあることを痛感するよね。

よねの悲しみと憤りはさらに重なる。チンピラたちに襲われた増野は瀕死の状態に。死期を悟ったのか、よねに改めて思いを託す。「決して自分を曲げるな。君の正義を信じて正しく怒るんだよ。正しく不機嫌でいるんだ、わかったね」
翌日、よねが出かけている間に、増野は亡くなっていた……。つまり、よねは姉と増野、ふたりの大切な人を一気に失っているのである。喪失感の大きさは計り知れない。姉も悪態をついてはいたが、よねを誇りに思っていたことを後で知る。「あの子はこれからも立派に怒り続けるさ」とよねの生きざまを密かに称えていたのだ。よねは、大切な人たちから「怒り」を託されたのだった。
よねの怒りの矛先は…
で、姉の死の真相はなにやらキナ臭い方向へ。進駐軍専用の慰安所を設立し、庶民からみかじめ料を奪い取るチンピラたちの親玉でもある水谷(大谷亮介)が関与していると匂わせる。このミスリードも素晴らしくてね。

水谷は、健全な一般の婦女子を守るために進駐軍専用の慰安所を作ったと豪語する。「最小限の犠牲でこの国の治安を守った」と自画自賛する水谷。よねは口に含んだ酒を顔に向かって吹きつけて、断言する。「いつか裁きを受ける日が来る。おまえらが勝手に線を引いてやったこと、踏みつけた女たちの傷は消えない。いつかみんながお前らのおぞましさに気づく日が来る。私は絶対覚えている。忘れない」
朝ドラのスピンオフで「戦時中の慰安所というシステム」をここまで痛烈に批判し、罪の重さに言及した作品は初めてではないだろうか。人権の蹂躙を「慰安」という言葉にした罪深さを、改めて白日の下に晒す場面でもあった。
ところが、よねの怒りは、思いもよらない方向に舵を切らされることに。姉を殺害したのは、米兵でも水谷でもなく、復員兵だった。家族も婚約者も戦争で失い、敵国の軍人相手に金儲けする売春婦に敵意をもって殺害したという。姉の事件は、新聞の片隅で「哀れな復員兵」と犯人に同情的に書かれていた。よねの怒りは行き場を失う。加害者を美化する無責任さ。なんという仕打ち……。
轟法律事務所設立→山田轟法律事務所へ

「別に怒りたくて怒ってるわけじゃない、不機嫌でいるわけじゃない! 世の中がどうしようもないからだ! どんどんクソになるからだ!」
こうして、よねは壁に憲法第14条を書いたわけだ。正しく怒り続けるために。まず、戦争孤児たちを集めて食事させる。そして、花岡(岩田剛典)の死を悼んでくさっていた轟に声をかけた(本編では第51回、轟とよねのやりとりは名場面!)。弁護士資格を持つ轟が表に立ち、よねが支える「轟法律事務所」設立、である。

よねが代書屋時代に救えなかった被差別部落の男性も、身に覚えのない窃盗の罪を着せられて有罪判決を受けていたが、轟とともに裁判で闘い、差戻し(すべての裁判を最初からやり直し)までこぎつけることができた。そして、寅子と運命の再会を果たし、スピンオフではよねが司法試験を受けにいくところまでが描かれた。(よねが司法試験に合格し、事務所の名前が山田轟法律事務所となった経緯は朝ドラの中でも登場していた)
困っている人を分け隔てなく助ける。たとえそれが困難だとしても決して諦めない不屈の精神。この数年間で自分の生きる道を確立し、弁護士・山田よねの揺るがない信条が完成。あ、冒頭で「ほぼ」完成形と書いたが、弁護士になったよねと裁判官になった寅子の交流はもう少し観たい。おそらく2027年に公開予定の劇場版『虎に翼』がすべてを収斂してくれるはずだ。

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。
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