ドラマの出演者やスタッフが「この回のあの人、あのシーン」について語ったコメントを不定期で配信するコーナー。今回は、大家直美役の上坂樹里さんから、第85回の振り返りをご紹介!
上坂樹里さん振り返り

文さんが母親だとは台本を読むまで知らなかった
――直美と文さん(内田慈)を、多くの視聴者が応援していたと思います。文さんが母親だと、上坂さんご自身はいつ知ったのですか?
実は、台本を読むまで知りませんでした。台本をいただいて読み進めるうちに、「え? 違うよね? まさか?」とびっくりして。私は絶対に違うと思っていたので、本当に驚きました。

――文さんの看病の日々や神社に行くシーンなど、演じる上で特に大切にした部分はありますか?
文さんを演じる内田慈さん、そして監督とたくさん話し合いながら作り上げていきました。直美にとって文さんは、看護婦としての自分と、大家直美という一人の人間としての自分との切り替えができなくなってしまう特別な存在でした。本来なら看護婦として接していなければならないのに、感情が大きく動かされてしまい、どうしても素の自分が出てきてしまう。今までは切り替えができていたのに、文さんの前ではコントロールができなくなってしまって、それは直美にとって初めてのことでしたし、直美を演じてきた私にも初めてのことでした。目の前に母親がいることに困惑した直美を演じるのは難しかったです。
文さんの目を見て、脈を測るときに手に触れたりすると、そこから伝わってくる感覚があって。でも、その気持ちが何かわからなくて、自分の感じているものが演技として合っているのかどうかも分からず、たくさん迷いました。監督と何度も話し合いながら方向性を確認して、一緒に作り上げていきました。

――神社から海のシーンは胸に迫るものがありました。内田さんと演じられていかがでしたか?
文さんの肩を支えながら神社の参道を歩いているとき、文さんが涙を流しながら「ごめんなさい」と言ったんです。泣くというのは台本になくて、私も監督もとても驚いたのですが、その涙によって文さんの気持ちがより深く表れたシーンになったと思います。もうひとつ、お賽銭のシーンでも、文さんが直美の分まで出してくれる描写も、台本にはない設定でした。あれは内田さんの提案で、そうした何気ない部分で母親であることを感じさせてくれました。2人は言葉ではない部分で会話をしていたのだと思います。お互いに言わないけれど親子だと分かっていた。直美は文さんから本当のことを聞きたかったし、感情をかき乱されたけれど、それに引っ張られずに自分の芯をもっているように演じなければならず、その直美の気持ちを大切に演じました。

――寛太(藤原季節)も今回は頑張ってくれましたね。直美にとって寛太はどのような存在になっていったのでしょうか。
直美が関わる全登場人物の中で、何も気にせずに良いことも悪いことも全部ぶつけられるのが寛太なのだと思います。寛太がどういう人間なのかは直美にとってはどうでもよくて、裏切られても気にならない。寛太にも特別な善意はないし、直美も何か返さなければならない、とも思っていない。最初は海軍中尉だと騙されましたが、その後はお互いの素性を知っているので、何も気を遣わない、不思議な関係です。だからなのか、心地良さもあるのだと思います。好き同士でもないし、離れそうで離れない。何か細い糸のようなものでつながっているのかもしれませんね。