9月20日(日)、岡山市の岡山コンベンションセンターにて、日本看護学会学術集会「連続テレビ小説『風、薫る』スペシャルトーク」が開催されました。

登壇したのは、「風、薫る」制作統括の松園チーフ・プロデューサー、主催の日本看護協会専務理事の中野夕香里さん。司会はNHK財団の柴田祐規子アナウンサーが務めました。

トークでは、コロナ禍をきっかけとした企画誕生の背景や、主人公たちのモチーフとなった実在の看護師たちの功績、明治期の看護を再現するための制作の舞台裏、そして現代にも受け継がれる看護の精神について語られました。

(NHK財団はこのトークイベントの制作を担当しました)


「看護師を主人公にしたい」コロナ禍の体験が原点に

松園プロデューサーは、「風、薫る」誕生のきっかけとして、新型コロナウイルス感染症の流行を挙げました。

「連続テレビ小説『エール』(2020年度前期)を担当していた際、新型コロナの影響で2か月半にわたって撮影が中断した経験がありました。どう対応すればよいのかも分からず、大きな不安を抱えていたんです。そんな中で、一人ひとりの患者さんに向き合いながら病と闘う医療従事者や看護師のみなさんの姿に励まされ、奮い立たせられました。その経験が、このドラマの原点となっています」

その後、看護をテーマにしたドラマを構想する中で、日本の看護の発展に尽力した大関和ちかさんと鈴木雅さんの存在を知り、2人をモチーフにした物語の制作を考えたといいます。

これを受けて中野さんは、ドラマで描かれた新潟での赤痢のエピソードに触れ、「『正しく怖がる』という看護の姿勢や、知識・技術・経験をもとに未知の感染症に向き合う看護師の矜きょう持じが描かれていた」と語りました。

さらに、「医療を題材にしたドラマは数多くありますが、看護師にスポットを当て、史実や資料をもとに丁寧に制作された作品は非常に貴重だと感じました」と、その意義を話しました。

また松園プロデューサーは、「風、薫る」が描こうとしているのは看護だけではないと説明。「もう一つのテーマは、人と人がどう関わっていくかということです。技術が進歩し、誰かと関わらなくても様々さまざまなことができる時代ですが、人が手を携えて生きていく大切さを描きたいと思い、2人の主人公を設定しました」

中野さんは、主人公たちのモチーフとなった人物について、「りんのモチーフである大関和さんは、看護実践を極めただけでなく、看護師の質の向上や教育、組織づくりにも大きく貢献した人物です。一方、直美のモチーフである鈴木雅さんは派出看護婦会を設立し、病院の外での看護活動を切り開いた先駆者でした。大関さんは実践と教育を、鈴木さんは実践と管理を極めた方でした」と、その功績を紹介しました。


徹底した時代考証と看護監修

制作の舞台裏について松園プロデューサーは、「看護や歴史の専門家に台本の考証をしてもらうだけでなく、3人の看護師の方に交代で撮影に立ち会ってもらい、指導していただいた」と明かします。

「当時のリアルを追求しながら、一方で令和のドラマとしてどう表現するか。そのバランスに悩みながら制作しました」と振り返りました。

中野さんは、ドラマにも登場するナイチンゲールの著書『Notes on Nursing(看護覚え書)』について、「日本看護協会の資料室に保管されていたものを活用していただき、とてもありがたかったです」と話します。

明治時代の医療現場を描くにあたり、手術シーンにも徹底した考証が行われました。

松園プロデューサーは、「時代的にまだ白衣は着用されていなかったようで、当時の写真や絵にはスーツ姿で手術をする様子が残っていました」と説明。

また、手術室を消毒するための石炭酸噴霧器についても、新潟に残る当時の実物資料を参考に新たに制作したことを明かしました。


大山捨松が示した新しい女性の生き方

トークでは、大山捨松の存在についても語られました。

松園プロデューサーは、「当時は女性が結婚して家庭に入り、幸せになることが当然と考えられていた時代でした。しかし、そうした枠に収まらない生き方をした女性もいた。そのような人たちの姿を描きたかった」と話します。

中野さんは、「大山捨松さんは留学中にボランティア精神やナイチンゲールの思想に触れ、帰国後は看護婦養成施設の設立に向けて理念面や資金面で支援を行いました」と、日本の看護史における功績を紹介しました。


現代につながる「派出看護」の精神

ドラマで描かれる派出看護について、松園プロデューサーは現在の訪問看護にも同行取材したことを紹介しました。

「病院での看護とは異なり、患者さんの生活の中に入り、どのように病気と向き合っているのかを見ることが重要だと感じました。その視点を台本にも反映しています」

中野さんは、「『観察する』ことは看護の専門性の中でも最も重要な要素の1つです」と語ります。「患者さんがどのような状態にあるのかを見極めることは看護の原点であり、今も受け継がれています。地域で暮らす人々を支える訪問看護などの活動にも、当時の派出看護の精神が息づいていると思います」

松園プロデューサーは、作品づくりを通じて感じた看護への思いをこう語りました。

「一人ひとりの患者さんに寄り添うことの難しさを実感しました。その時々の状況に応じた判断は、知識や経験、そして信頼関係の上に成り立っている。制作を通じて、看護に携わる方々への敬意がより深まりました」

トークの最後には、松園プロデューサーと中野さんから会場に集まった看護師のみなさんへエールが送られ、記念撮影とともにスペシャルトークは幕を閉じました。

(文:NHK財団 展開・広報事業部 冨澤 緑)