「日本ではぐっすり眠ることができました」
戦火のウクライナから来日した研修参加者がつぶやいたその一言は、今も私の心に深く残っています。
NHK財団では、2017年からウクライナの公共放送・ススピーリネの支援に取り組んでいます。8月下旬から9月上旬にかけて、そのススピーリネの職員が研修のため日本を訪れました。
ロシアによる軍事侵攻の影響で、現在、ウクライナでは民間航空便が運航されていません。そのため一行は、隣国ポーランドのワルシャワまで陸路で移動し、1泊した後に日本へ向かいました。3日がかりの長旅です。
到着の翌朝から、さっそく研修です。到着した参加者たちは、疲労の色をにじませながらも、笑顔で私たちと固い握手を交わしてくれました。
今回の研修には、首都キーウの本部から理事や報道局長、技術職員に加え、ロシア、ベラルーシと国境を接するチェルニヒウ州など、地方局の編集長らも参加しました。総勢15人。幹部職員もいましたが、30代を中心とした若いチームです。

この研修は、JICA(国際協力機構)のウクライナ支援事業の一環で、ススピーリネの緊急報道や番組制作の能力向上と、危機的な状況の中でも放送を継続するための計画(BCP=事業継続計画)を強化することを目的としています。
NHKが長年にわたり災害報道で培ってきたノウハウを、ウクライナでも生かしてもらえるよう、ニュースや番組制作の担当者による講義や制作現場の見学を中心としたプログラムを組みました。

参加者たちが特に高い関心を示したのが、緊急時の番組制作です。
渋谷のNHK放送センターでは、NHKスペシャルの編集室を訪れ、大きな災害が発生した際に、どのようにして短期間で緊急特集番組を制作しているかを見学しました。
現地で撮影した映像を伝送し、複数の編集機器で同時に編集作業を進める仕組みについて説明を受けると、技術系の職員たちが熱心に専門的な質問をしていました。

また別の講義では、NHKが24時間365日、いつでも緊急ニュースを放送できる体制を整えていることを紹介しました。過去の放送映像を使い、通常番組の放送中に緊急地震速報が入り、短時間でニュースに切り替わる様子を見てもらいました。これにはニュースの担当者が、大きな関心を示しました。
日本では災害発生直後にNHKが緊急ニュースを放送することが当たり前のように感じられますが、ウクライナでは空襲警報などの際は、SNSなどインターネットでの文字情報の発信が中心で、放送中の番組を中断して緊急ニュースを伝えることは多くないとのことでした。
ススピーリネの幹部からは、今後も緊急ニュースの制作や運用について、さらに学びたいという声が寄せられました。

研修の後半には北海道を訪れ、札幌、帯広、釧路の各放送局で災害時の連携体制を学びました。大規模災害に備えた放送設備や備蓄、取材体制などを見学し、参加者たちは理解を深めていました。ススピーリネでもNHKを参考に本部と地方局の連携体制づくりを進めてきただけに、現場を訪れることは大変貴重な機会となったようです。

一方で、この研修期間中も、ウクライナへのロシアからの攻撃が激しさを増し、キーウ市街にも大きな被害が出ていました。
参加者たちの携帯電話には本国からたびたび連絡が入り、その都度、対応に追われていました。それでも、参加者たちは一つ一つの講義に真剣に向き合い、日本で学べることを少しでも多く持ち帰ろうとしていました。

そして研修の最後に聞いたのが、「キーウでは空襲を気にして熟睡できないが、日本ではぐっすり眠ることができた」という言葉でした。
ロシアによる全面的な軍事侵攻が始まって4年半以上がたちました。今なお終結への道筋は見えず、私たちがウクライナで実施する予定だった現地研修も開催の見通しが立っていません。
帰国した参加者たちの無事を祈るとともに、一日も早く平和が回復し、いつの日かウクライナの地でススピーリネの仲間たちと再会できることを心から願っています。

(文 NHK財団 国際事業センター 髙木洋介)