テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、「終活シェアハウス」です。

同世代の友達と話していると、必ず出てくるのが“謎のシェアハウス構想”。「大きめの戸建てでリビングを共有スペースに」「同じマンションで隣同士がいいんじゃね?」「ごはんのときだけ集まってさー」「猫の世話も頼めるなら旅行もいけるな」などなど。独り身、既に子が成人など一人暮らしの友達が多いので、酒のつまみにみんなで妄想する。「寂しい」というよりはむしろ「無駄のない食生活」「困ったときに助け合う」「得意不得意で家事分担」と合理的な理由である。高い家賃を払っていたり、ひとりでは食材を食べきれなかったりするからね。ま、50代にもなれば、女ひとりでなんでもできるっちゃできるが、料理上手、片付け上手、事務作業やマニュアル読解が得意など、それぞれの特性をかせたら……なんて思うわけよ。ただし、この構想はいつも夢物語、机上の空論で終わる。

そんな夢物語に近い設定のドラマと聞いて、興味をもったのが「終活シェアハウス」だ。

主人公は高齢女性、ではなく、心優しく清い青年・速水翔太。演じるのは城桧吏だ( 「べらぼう」で第11代将軍・徳川家斉いえなりを演じている彼ね)。スーパーで買い物中に吟味していたところ、高齢の女性にスカウトされ、シェアハウスの秘書を担うことに。この女性が料理研究家の奥村歌子。自宅で同級生たちと暮らしているという。演じるのは竹下景子だ。竹下は2020年のプレミアムドラマで、70代で出産するというトリッキーな役を演じたこともあり( 「70才、初めて産みます ~セブンティウイザン。~」 )、シルバー世代がメインのドラマでも活躍中だ。


勝ち組富裕層の優雅な生活と思いきや……

さて、このシェアハウスの住人というのが、歌子の小学校時代の同級生、つまり60年来の友達だという。まず、歌子は自宅がマンションの最上階ペントハウスで、そこをシェアハウスにした(ほかにも2部屋所有、経済的には極太!)。シングルマザーで一人息子を育て、料理研究家として本を出した華やかな過去もある。

今井厚子(室井滋)は元・高校教師。短大から4大に入り直して教員免許をとったガッツの人だ。長年、化学を教えていたきょうがあり、定年したものの現場に復帰したいと考えて、再就職を目指している。

池上瑞恵(戸田恵子)は短大卒業後、すぐに医師と結婚したものの、しゅうとめにいじめられるわ、夫はケチでモラハラだわで屈辱的な半生を過ごした。子供2人を育てあげた後、熟年離婚してシェアハウスに参加。

唯一、連絡を絶っていたのが緑川恒子(市毛良枝)だ。丸の内で働いていたが、結婚後は育児と義親の介護に追われて、社会に出るチャンスを失った。夫亡き後は熱海のマンションに一人暮らしをしていたが、3人の説得の甲斐かいあってシェアハウスに参加することに。

年金も蓄えも僅かで明日の生活に不安を抱える高齢者、ではないことは確かだ。優雅にペントハウスで仲良し4人組、美味おいしいものを食べて楽しく過ごせるなんてれい事の夢物語ね、と思うかもしれない。それではドラマにならないわけで、4人それぞれが抱えてきた苦悩や直面する問題も描かれていく。

まず、歌子は料理研究家だが、時短&安価な料理がSNSにあふれているこの時代、歌子の丁寧な料理にはニーズがない。「自称料理研究家」というプロフィールもなんだか切ない。大恋愛の末に異国の地で悲劇を体験し、シングルマザーになった経緯もなかなかだが、その愛息ともどうやらうまくいっていない様子……。

恒子は軽度認知障害と診断されていて、一緒に住み始めたものの不安は残る。厚子は教員の矜持はあるが、働き口はほとんどない。熱意をもって教育に従事してきたが、元生徒たちからはすっかり忘却されているというかなしい場面もあった。今は恋愛モードに突入。どうやらほとんど経験がないようだ。そして、瑞恵は通っているダンス教室の男性3人から「つきあってほしい」と言われて舞い上がるも、彼らの狙いは若い女の先生だったことがわかる。やけになって登録したマッチングアプリではまさかのロマンス詐欺に遭いかけて……。


ハレーションをもたらすのは現実的な令和っ娘

翔太は「こんな青年いねーわ!」と思うくらい、穏やかで真面目で律儀で優しい。おばさまたちの無理難題や要求をいとうことなくこなす、理想的な青年だ。そんな翔太が恋をしているのは、バイト先で知り合った林美果(畑芽育)。実は相思相愛のふたりだが、なかなか進展せず。翔太がシェアハウスのあるマンションに頻繁に訪れるのを見ていた美果も、おばさまたちと対面することに。  

美果の母(猫背椿)はシングルマザー。父が亡くなった後は必死に働いて、カビだらけの古い賃貸アパートに住んで、美果を育ててくれた。苦学生でもある美果は、優雅に暮らしているおばさまたちに翔太が懐いていることが許し難い、という構図。自分の母親はスーパーでポイントをためてお米を買って送ってくれたり、パートの時給が10円上がって喜んでいる。その母の苦労を思うに、おばさまたちが贅沢ぜいたくで傲慢にしか見えず、「あなたたちが嫌いです。世界線が違うんです」と言い放つ。美果の境遇やセリフは、ある意味視聴者のりゅういんを下げたような気もする。こっちの方が大多数で、令和のリアルだよなぁとも思う。

ただし、世界線が違うとしても、切り捨てるのではなく、対話して向き合うことで豊かな人間関係を生み出すことになる、という運びに。経済的な格差もジェネレーションギャップも、膝を突き合わせてみれば、理解や共感や敬意が得られるはずだと。私自身も勝手に壁を作るのは悪い癖だと気づかされて、反省した次第。おばさまたちの、一見優雅に見えるも、サバイブしてきた苦渋があったからこその今と、これから先の不安と老いを思えば、妙にしみこんでくるものがある。で、シェアハウスライフに巻き込まれたおかげで、翔太と美果の恋は一気に進展していく。


スパイスをもたらすのは自由なおじさんたち

美果だけでなく、自由なおじさんたちの存在も気になるところだ。好々こうこうぜんとしているのが、道に迷った恒子を助けてくれた杉山太郎(でんでん)。でんでんは今期「緊急取調室」(テレ朝)でも活躍中だ。独特かつぼくとつな口調が、今回はなんだかいい人、善の方向である。こわもてと狂気は封印、にこにこしたでんでんを堪能。

そしてもうひとり、歌子の「担当編集者でぼく」と自称するのは、沼袋豪。演じるのは石坂浩二だ。石坂は、寝たきりの我が父と同じ年とは思えないほど若々しい。不老のけつや何を食べているのか聞いてみたいわ。劇中では沼袋の登場によって、シェアハウスの空気感がちょっぴり変わるという展開に。沼袋は自由でおおらかな風来坊で、厚子がすっかり恋に落ちてしまう。

話はれるが、高齢女性の共同生活……と聞いていつも思い出すのは、2018年に放送したNHKスペシャル「女7人おひとりさま みんなで一緒に暮らしたら」だ。71歳~83歳の女性たちが同じマンション内の別室に住む「友だち近居」の実態を追ったドキュメンタリー番組。メンバーはアナウンサーやカウンセラー、コピーライターに新聞記者、福祉施設の理事長など、第一線で活躍してきたキャリアウーマンたち。経済的にも精神的にも自立している彼女たちは個を尊重しながら助け合って暮らしていたが、直面したのはメンバーの病気や介護、それこそ「終活」問題だった。理想形の共同生活といえど、本当の終活となると、個々の行動力と決断力、関係性の引き際も重要なんだと思い知らされた。その後の彼女たちがどうなったかも気になってはいる。

ということで、「終活シェアハウス」が本当の意味での終活をどう描くのか。きっと今回はその手前までかな、と踏んでいる。介護や緩和ケア、り、遺言に後見などの厳しい現実まで描くとしたら続編かな。若い世代との交流、外部から第三者が運んでくる空気は必須という教訓は伝わってくる。ちょうど放送されている夜ドラ「ひらやすみ」も、入口というか始まりは異世代交流だったので、高齢者と若者をつなぐフックを推奨するNHKの提案に、しばらくは乗っかってみようと思う。

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。

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