
テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、連続テレビ小説「ばけばけ」です。
ナレーションは蛇と蛙で、阿佐ヶ谷姉妹が声を担当。ちょいポップな仕立てに、主人公夫婦のロマンティックなのろけで「あら、ちょっと素敵な始まりね」なんて思ってたら……。トキがヒロインの幼少期に戻ると、なんと一家が丑の刻参り。

頭にろうそくを立て、藁人形に五寸釘を打ち込む父親。武士の世を終わらせた薩長への恨み、ついでに黒船のペリーへの恨みを吐き散らす祖父、一家そろって世を呪うシーンから始まって大爆笑した。この松野家が最高すぎて、毎回くすっと笑ってはその日一日ひきずるハメに陥っている。「ばけばけ」、大化けの予感。
松野家の親子を延々と観ていたい……

朝ドラのド定番としては、借金まみれのクズ父や父権主義ごりごりの父が登場し、ヒロインとともに視聴者は憤りや絶望を覚えるというスタイルがある。歯を食いしばって憎たらしい父親を越えるべく、ヒロインが飛躍することを願う……あれ? 「ばけばけ」はどうも毛色が異なる。武士の世が終わり、無職となってくすぶっていて、勇ましくも雄々しくも清々しくもない父・松野司之介。岡部たかしがこの威厳のない父を絶妙な温度で演じているために、憎たらしいとはまったく思えなくて。威厳もないが、プライドも高くないというのが好感度をぐっと上げる。

たとえ、ウサギの投資で大失敗して、一時は家族から逃げてホームレス生活をしていても、娘を学校に通わせずに働かせることになっても、岡部が醸し出す情けなさやみっともなさは「愛らしさ」に化ける。武士の矜持も父の甲斐性も、なにもかもが中途半端なところがいい。岡部の「決定的に何かが足りない父親役」は無双、「虎に翼」(NHK)や「FM999」(WOWOW)などでも立証済みなのだが、今回の司之介は集大成といってもいい。

そんな父親をもつヒロインのトキを演じるのは髙石あかり。若くして「二度見・半目・思考停止の呆け顔」の技を体得している期待の役者だ。『ベイビーわるきゅーれ』シリーズで女子高生の殺し屋を演じたときから彼女の間合いが好みだったし、綺麗事だけ演じる優等生になってほしくないなと思っていたので、今回のトキはしっくりハマった印象。「もうだめ、もう無理、もうできん、もう死ぬが~!」と気持ちよく愚痴を吐き捨てる姿も好ましいし、父と娘の遠慮ないやりとりも頼もしい限り。情けない父親に対してつっこんで、ダメ出しもするが、父への愛は深くて濃いことが伝わってくる。
その土壌を作ったのは、間違いなく母親のフミである。演じるのは池脇千鶴。

穏やかで包み込むような優しさをもつ母であり、ふがいない夫を支える頼もしい妻でもあり、義父に皮肉も文句も言えるしっかりした嫁でもあり。これ以上ない適役だ。これだけの演技力と稀有な雰囲気をもちながらも寡作の役者でもあるため、池脇が出ると血沸き肉躍る自分がいる。生活を浸食してくる女友達を演じた「はぶらし/女友だち」(NHK BSプレミアム・2016年)、高齢バーのホステスとして働き始めて人生が一変する主人公を演じた「その女、ジルバ」(2021年・フジ系)が名作だったので、池脇に重要な役を託す制作陣を私は無条件で信じることにしている。

で、トキの出生には秘密があるのだが(劇中では「あの、あの話」)、フミは母親としての矜持と信念をもち、決して揺るがない。武士の世が突然終焉を迎え、戸惑って立ち尽くしている夫が、近所で怠け者扱いされても決して動じない。そのふがいない夫がさらにウサギの投資で大失敗し、多額の借金を抱えても動じない。威圧的な借金取りの森山善太郎(岩谷健司)に対しても、のらりくらりでかわす。
まだ3週目なのに、この親子が最終話までずっと出てくれることを願ってしまう。それくらいこの親子、魅力的である(赤貧設定も大好物だし)。
笑いのツボを押しまくる祖父に善良なる婿殿

松野家にはもうひとり、武士の矜持に固執する祖父・勘右衛門がいる。演じるのは名優・小日向文世。実は小日向がコメディーとしての「ばけばけ」を牽引していると感じている。観終えた後、1日中耳に残るのは小日向の一言だったりもする。
もちろん、昔気質で武家のこだわりが強い一面は松野家にとって障壁でもあるのだが、融通のきく「最弱の必要悪」といった立ち位置でもある。商いを始めることに憤り、ウサギの投資に大反対していた割に、飼い始めたウサギにはウサ右衛門と名付けて可愛がったりして。大失敗で借金を抱えた後、不要となったウサギはしめこ汁に。それを知ったときの勘右衛門が「うさえも~ん!!」と泣き叫ぶ姿は、悲劇ではなく完璧な喜劇だった。
また、松野家の窮状を救うために、トキが婿をとることを決意。勘右衛門は何もできないのだが、木刀を素振りしながら「ムコ! ムコ!」と気合を入れる姿も地味におかしくてね。無意味で無駄な言動にこそ勘右衛門の固執が滲み出るのよね。

さらには、トキの見合いが破談に終わり、その原因が武士にこだわりの強い司之介と勘右衛門にあったとわかって、司之介はひそかに髷だけを落としてくる(これもまた中途半端で笑える)。本来ならザンギリ頭と呼ばれるようなヘアスタイルになるはずが、髷だけ落としてきたもんだから、落ち武者のようなルックスに。その司之介を見た勘右衛門が「辻斬りかッ⁉ 辻斬りに遭うたのかッ?」と叫んだのが個人的にはツボで。やや甲高い声の小日向の一言にはじわじわと笑わせる破壊力があるので、つい着目ならぬ着耳してしまうのだ。もう思い出し笑いが止まらない。
そんな松野家に、ようやく婿が来た。鳥取県の貧しい武家の次男坊で、無類の怪談好きの銀二郎(寛一郎)。

トキと気が合って、松野家に婿入りしてくれたのだが、働けど働けど稼いだ金の大半は借金の返済で消えていく。ものすごく働き者でものすごく謙虚で素晴らしい青年なのだが、真面目がすぎる。赤貧洗うが如しの松野家に来てくれたのに、そこでまた勘右衛門が余計な武士プライドをこすりつけてくるわけだ。格が違うとかなんとか言ってね。
前途多難の松野家からまったく目が離せないのだが、もっと深刻な悲劇を抱えてしまったおうちがあるのだよ……。
没落と困窮の悲劇が音を立ててしのびよる

松野家の親戚で上級武士の雨清水家についても言及しておかねば。無類の親戚好き、いや、無類のトキ好きと劇中で言われていたのは雨清水傳だ。演じるのは堤真一。早々にザンギリ頭にして織物の商いを始めた、松江の名士でもある。妻は名家に生まれ育った生粋の姫様気質のタエ(北川景子)。この夫妻は何かと松野家に気をかけてくれ、トキの見合い相手まで見つけてくれたのだが、どうもトキの実の親ではないかと思わせる場面がちらほら。前述の「あの、あの話」が匂わせるが、トキに真実が明かされるのはもう少し先のようだ。

雨清水家には長男・氏松(安田啓人)と三男・三之丞(板垣李光人)がいる。次男は他界したようだが、氏松が家督を継ぎ、織物工場の経営はうまくいってると思いきや! 出奔! 多額の借金をしたまま氏松が出奔! しかも織物の値は爆下がりで経営難、傳は金策に走るも病に倒れ……って、雨清水家が猛スピードで傾いていくではないか。くすっと笑える武家の後始末では済まされず、これから物語全体に波及するであろう困窮の不穏な気配が漂ってきた。喜劇と悲劇、平穏と不穏、「ほっこり」と「まさか?!」の緩急が巧みな展開に、すっかり夢中だ。

つうか、もうひとりの主人公、小泉八雲ことラフカディオ・ハーンがモデルのレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)はいつトキと出会うのか。「ふたりが出会うまであと〇日」とカウントダウンはされているが、1875日って相当、先やんか。松野家の雑草魂と雨清水家の凋落だけでここまで濃いのだから、今後の展開も楽しみだ。関西出身のベテラン勢を多めにキャスティング、大阪局制作の意地と良心と心意気も味わいながら、存分に化けてくれることを願っている。
ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。