テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、「ひらやすみ」です。

ひらたくフラットに生きて、休みをめいっぱいおうするのかと勘違いで思い込んでいたドラマ「ひらやすみ」。それもこれも、主演の岡山天音が醸し出す、穏やかでひらべったい雰囲気のせいだ。「平屋に住む」からひらやすみ、あ、そっちか! キャスティングがこれまた最高の布陣で、こちらも全身の力を抜きまくって、ほっこりしながら観ております。


うっかりちゃっかり平屋をいただきました

天音が演じるのは生田ヒロト。29歳、阿佐ヶ谷の釣り堀でバイトしながら、就職や結婚というお仕着せの人生設計にとらわれることなく、のらりくらりと生きている。人と比べて焦ったり、競い合ったりはせず、我が道を自分の速度で歩いていく青年だ。友達はいるが、恋人はいない。タイプの女性を目の前にすると緊張して挙動不審に。どういうわけか、高齢の女性とは気軽に話せて、しかも好かれる。メシ友ならぬご飯をごちそうしてくれるおばあさんもいる。

周囲からは偏屈ばあさんと避けられる和田はなえ(根岸季衣)は、シンプルな平屋にひとりで住んでいた。ヒロトは夕方の散歩中に見つけた平屋の家が気に入って、写真をとっていたところ、家主のはなえにとがめられた。「素敵すてきな家だなあと思って」と返したヒロトだが、家の中から漂うカレーの匂いに思わず腹が鳴る。「食ってくか? 豚ロースあるからカツカレーできるよ」とぶっきらぼうなはなえ。こうしてふたりは仲良くなり、週2回、ご飯を一緒に食べるのがルーティンに。はなえは口は悪いが、ヒロトが来るのを楽しみにしていたのだ。

ある日、とんかつをふるまい、風邪の気配がするヒロトにかりん酒を持たせたはなえ。その心配りに感動したヒロトは思わずハグ。その夜、はなえは心筋梗塞で亡くなる。その平屋をヒロトはもらうところから「ひらやすみ」がスタート。

高齢者と若者の絆がうっかりちゃっかり不動産取得につながるレアケースではあるが、誰もが納得。だって、はなえは本望だったと思うのよ。孤独だった生活が足しげく通ってくれたヒロトのおかげで温かく彩られたから。ハグされたときの表情に「不動産譲渡」の説得力がおおいにあったもの(根岸季衣の底力を見たよね)。


ひらやすみはもうひとり

このシンプルな平屋に住むのは、ヒロトのほかにもうひとり。東京の美大に合格し、山形から上京してきたのがヒロトのいとこ・小林なつみだ。もう最初っからぶんむくれた顔で、可愛かわいいったらありゃしない森七菜が演じる。個人的には七菜の「家族だけに見せる無防備な無愛想と無礼」が大好物で、特に食卓を囲んだときのしぐさが超自然体。映画『最初の晩餐』で初めてその無防備な演技を観たときの衝撃は今でも忘れない。「この子はなんて自然体なんだろう、本当に家族といるときのようだ」と感心したんだよね。ヒロトに世話になっている割に態度はデカく、口も悪いが、外では自意識過剰で人見知りで空回りするなつみ役に、七菜が完璧にフィット。一体感がすごい。天音との掛け合いも実にフラットで、身内感が出ている。

なつみは大学のオリエンテーションで自己紹介がてらの輪ゴムマジックを大失敗、落ち込んでぐるぐる自己嫌悪している間に、周囲はどんどん友達になって仲良くなっていく。ポツンと孤立するなつみ。新歓コンパで巻き返そうと思ったものの、酒に酔ってぐでんぐでんになったあげ、みんなから放置される始末。そんなわけでなつみは大学をサボりがちだったが、同じ絵画科の横山あかり(光嶌なづな)と話すようになって、ようやく美大生ライフを楽しめるように。友達ができてスキップしながら家に帰り、晩御飯はカレーと聞いて大喜びする幼さもこれまたいい。

実は漫画家になりたいなつみは、ひそかに漫画を描いていたのだが、ヒロトには早々にバレる。憧れてはいるのに漫画家に偏見と先入観をもっているなつみ。ややこしい自意識にもほどがあるのだが、それこそ感情描写の才能が必須の漫画家に向いているのではないか。


迷える人に自己評価の低い人

ヒロトとなつみが飾り気のない平穏な日常茶飯事を営む一方、物語に緩急をつけてくれるのがふたり。ひとりはヒロトの同級生で親友の野口ヒデキ。演じるのは吉村界人。世間の流れにのっかるタイプのヒデキは、妻の妊娠を機に「もうあまり会えなくなる」と父親宣言。その舌の根も乾かぬうちに、ヒロトの家にちょいちょい遊びに来る(高級な肉やら築地のシマアジをもって)。ヒロトが泰然自若なら、ヒデキはけいちょうはく? でも悪いヤツじゃない。そのフットワークの軽さと快楽主義のヒデキを、界人がさらっと演じる。界人は、無責任で調子いいやからや「人にあらず」の悪人の役がうまくてノワールな作品でも活躍しているが、今回のほっこり系も自然と馴染なじんでいる。

もうひとりは不動産屋に勤める立花よもぎ。仕事を頑張ったごほうびに買った高級なイタリア製の服(ハイセンスとは言い難いデニムジャケット)を着て、ヒロトが働く釣り堀に来たことがある。よもぎは、ヒロトのタイプど真ん中の女性ではあるが、微妙な服のせいなのか、気軽に話すことができたのだった。

買ったばかりの服にタグをつけたまま着ていたよもぎに、ヒロトは親切心でタグを切ってあげる。タグを見ると30,450円。悪気はまったくないが、思わず「高ッ!!」と叫んでしまうヒロト。よもぎは揶揄やゆされたと勘違いして「どうせ似合ってませんよッ!!」とぷんすか怒って出て行ってしまう。なんかこっちはこっちで面倒くさい自己評価の低さ。そんなよもぎを吉岡里帆がちょうどいい体温で演じている。


自転車と新幹線くらい速度が違うふたり

で、ヒロトとよもぎはちょいちょい遭遇するんだよ、地元・阿佐ヶ谷で。

仕事で急いでいたよもぎは、エスカレーターの右側の列が動かないことに文句をつける。塞いでいたのはヒロトだった。エスカレーターは立ち止まる主義を貫くヒロトのせいで、よもぎは電車を1本逃がしてしまい、鬼の形相でにらみつける。

また、はなえがのこしたメモには「家のことならここ」と、よもぎの会社の番号が。そうとはしらず、ヒロトが電話をして、雨漏りを直しに来てくれたのがよもぎだったという偶然。よもぎがヒロトの好みであることは、なつみも気づいていて、「漫画みて~」な展開だと沸き立つのだった。

のんびりマイペースで他人に影響されないヒロトと、せっかちでいつもバタバタしているが満たされてはいないよもぎ。速度でいえば、そうだな、自転車と新幹線くらい? 動く速度も見ている世界も生活信条もまったく異なるので、恋愛に発展したらそれはそれで楽しそうだ。なつみとヒデキとともに傍観者として、やいのやいの言いたくなっちゃう。

釣り堀の常連客にベンガルや斉木しげる、ヒロトやなつみの心の声も含めて淡々と語るナレーションは小林聡美という布陣。ゆるやかな展開のほっこりドラマを脇で支えるれがせいぞろい。もうあとは、もたいまさこでも登場すれば完璧だ。ま、完璧を目指さなくていい世界観は、コタツに入って観るのがちょうどいい。コタツ、もう出した?

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。

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