2026年の大河ドラマ「豊臣兄弟!」の脚本を担当するのは、これまで連続テレビ小説「おちょやん」(2020年度後期)や大ヒットドラマ「半沢直樹」(2013年放送)など数々の話題作を手がけてきた八津弘幸。ヒットメーカーである八津が、今作で「豊臣秀長」という人物を主人公として物語を紡ぐことになった理由を聞いた。大河ドラマの王道とも言える戦国時代を描く難しさとは?
秀吉と彼を支える人物とのバディものにしたいと思ったんです
――最初に、大河ドラマの脚本を担当することが決まった時のお気持ちを教えてください。
もちろんうれしかったです、自分にはもう大河ドラマのお話は来ないかなと思っていたので(笑)。制作統括の松川(博敬)さんから大抜擢していただいて、最初は実感が湧かなかったんです。実際に作業が始まるまでの長い準備期間の中で、ちょっとずつ喜びも増してくるし、恐怖も増してくるというのが正直なところでした。
――豊臣秀長が主人公というのは、どういう経緯で決まったのですか?
何回か打ち合わせを重ねていく中で決まっていきました。実は、最初は豊臣秀吉を主人公にするという選択肢もあったんです。制作サイドと話すなかで、「秀吉がいいんじゃないか」という提案があったので。確かに戦国の三英傑の中で、この前は家康だったし( 「どうする家康」2023年放送)、逆に秀吉でやるなら今しかないかもと思いました。ただ、秀吉は晩年にかなりダークになっていくので、そこを乗り越えるためには秀吉ともう1人、秀吉を支える人物とのバディものにできたらいいんじゃないかと思いついて、そこから秀長が浮上してきました。
――もともと秀長のことはご存じだったのですか?
それが、全然知らなかったんです(笑)。名前は聞いたことがあるけど、「それ誰やねん?」という感じでした。
――秀長については史料もあまりないかと思うのですが、どのように知識を得られているのですか?
最初はオーソドックスに、堺屋太一さんの著作『豊臣秀長 ある補佐役の生涯』を読むことから始めました。確かに一次史料は多くないのですが、江戸時代に書かれたものなど、その後の二次史料をいろいろと見ています。また、時代考証の先生方が熱量を持って調べてくださった知識も共有いただいています。逆に秀吉についてはかなり史料があるので、秀吉の動きの中で秀長はどうしていたのか、といった考え方を入り口にして物語を作っています。
――そうやって調べてみて、秀長はどんな人物だというイメージを持ちましたか?
初めは、「最高の補佐役」と言われるように、秀吉が太陽のように光り輝いて、それを支える秀長は月のような人。No.2って面白いなと思って書き始めたんです。でも次第に、「本当にそれだけだったのかな?」と思えてきたんですよね。秀吉が幼い頃に家を飛び出して、秀長が1人で家を支えた時期もあったことなどを想像していくと、秀長の中にも熱いものがあったんじゃないかという気がしてきて。やっぱり切っても切れない兄弟で、似たところも絶対にあるだろうから、秀長と秀吉がまったく真逆ということではなくて、真逆の部分と似ている部分をうまく絡み合わせられると面白いんじゃないかと思っています。さらに言うと、秀長は、白か黒かで分けられるようなキャラクターではないんじゃないでしょうか。
――秀長のキャラクターを決める上で、秀吉との関係性もかなり重要だったと思うのですが、ふたりはどういう関係だったと考えていますか?
書き始めた時から、秀長がドラえもんで秀吉がのび太くんというイメージがあるんですよ。だから、ちょっと秀吉が困ると、秀長に「助けて〜」って泣きついて、秀長がなんとかするという。ドラえもんには四次元ポケットがあるけれど、決して万能ではないし、ちょっと間が抜けたところもある。秀長と秀吉もそういう関係性が面白いなと思っています。できれば毎回、兄弟で乗り越える何かがあるといいなと意識しながら脚本を書いています。

今、戦国時代を描く意味があると思っています
――発表会見の時、武力で侵略する戦国時代を今の時代に描くことに難しさを感じるというコメントがありました。その難しさは乗り越えられましたか?
難しいですね。時々筆が止まるのは、「これってやっぱり侵略だよな?」ということが頭の中をよぎるからです。でも、あの時代にはあの時代の価値観があって、そうするしかなかったということじゃないですか。だから、それはそのまま描かないと嘘になってしまう。それに、戦国時代をそのまま描く方が、意外と現代の人たちにとってのアンチテーゼになるんじゃないか、このタイミングで戦国時代を描く意味があるんじゃないかと思って、「えいっ!」って書いています(笑)。
――秀長の「双方にとってよくなるように、物事を収めたい」というキャラクターも、戦国時代を描くことの意味を意識されて設定されたのでしょうか。
そうですね。そういう考え方の根幹があるからこそ、ゆくゆく主人公は「戦って正しいんだろうか?」と思っていくので、そこから逆算してキャラクターを設定している面もあります。ただ、秀長の考え方はすごく素晴らしいんだけど、彼はそれを世界平和のためにやっているというよりも、そうすることが単純に好きなんだと思っています。みんなが満足することで、自分の気持ちが満たされる。そういう人なんじゃないかなって。だから、秀長は自分のためにやっているところもあるんですよね。
――実際に大河ドラマの脚本を書き進められて、大河ドラマならではの難しさを感じられますか?
大河ドラマは前提として史実があるから、物語の展開自体は決まっています。結末がわかっていることをどう楽しませればいいのかというところが歴史物の難しさですね。オファーを受けたときからわかっていたことではありますが、いざ書いてみると、やっぱり難しくて。サプライズがないのにどうやって盛り上げようか、と考えるのは大河ならではですね。
――確かに、史実の取り扱い方のバランスが求められるのかもしれないですね。
そういう意味で言うと、視聴者の中には歴史に詳しい人もいれば、歴史を知らない人もいるということも難しいですね。僕はどちらかと言うと後者なんですが、詳しい人に向けて作ると、知らない人には違う見え方をしてしまうし、知らない人に向けて作ると、詳しい人にはもの足りない内容になってしまうのかなと。例えば、コアな人しか知らないような史実があって、面白いから脚本に取り入れるんですけど、知らない人たちは「なんだ? この話」みたいになってしまう。そのエピソードが史実であることをどうやってわかってもらうかというのも難しくて、いまだに答えは見えていません。
――史実では秀長が先に亡くなり、その後、秀吉が暴走してしまう展開になりますが、「豊臣兄弟!」のクライマックスはどういうところを想定されているんでしょうか。
まだわからないですが、やっぱり秀長と秀吉、ふたりの長い人生の一つの幕引きみたいなシーンが最後にあるといいなとイメージしています。そこから先を描くか描かないかというのは、まだ答えが出ていません。ただ、秀長の死後、秀吉がダークになっていくということを知っている人たちに「美談で終わったな、この先は酷いことになるのに」みたいに思われるのもちょっと癪なので(笑)、何かしらそのエッセンスを入れながら、できれば、今の時代に続く一つの希望を感じて終われるといいなと思っています。
後編では、秀長演じる仲野太賀さんへの思いをはじめ、豊臣家の家族や信長のきょうだいなど、「今作はホームドラマ」と語る理由をご紹介します。公開は、1月4日(日)の第1回放送後を予定しています。