NHK財団では、情報空間の課題を解決し、一人ひとりが望む「情報的健康(インフォメーション・ヘルス)」を実現するためのアイデアを募集しています。今回は、その選考委員で、消費生活の専門家として活動する坂倉忠夫さんに、情報社会で求められる力について伺いました。(詳しくは財団の公式サイト「インフォメーション・ヘルスアワード」をご覧ください
※ステラnetを離れます

坂倉忠夫さんは1982年にキリンビール入社、国内での営業やマーケティング、中国での事業統括、通信販売部門や消費者対応部門での責任者などを経て、事業者団体の理事長、消費者庁や東京都などの消費生活に関する委員を歴任。現在は、公益社団法人日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会(NACS)専務理事をはじめ、行政や消費者関連団体の委員や役員を務めています。


企業と消費者の関係はどう変わった? 情報発信時代の新しい構図

長いご経験から、消費者トラブルの変化について感じることはありますか?

坂倉 以前は「消費者と企業の対立構図」があり、消費者は保護される主体という考え方でした。しかし今は、情報化社会の進展で状況が大きく変わりました。企業からの情報だけでなく、消費者自身が情報を発信し、企業より早く情報をつかむことも可能になっています。
その結果、消費者保護の時代から、消費者と企業が共に社会をつくる共創の時代へと移りつつあると感じます。

近年、相談の多い内容は?

坂倉 消費者庁令和7年度版消費者白書によると、全国の消費生活センターへの相談は年間約90万件。そのうちインターネット通販関連が約3割、20代では5割以上です。特に増えているのは定期購入やサブスクリプションに関するトラブルで、年間約9万件、全体の約1割を占めます。「1回だけと思ったのに定期購入になっていた」「解約できない」という相談が多く、商品別では化粧品や健康食品が上位を占めています。NACSが昨年10月に実施した「通信販売トラブル何でも110番」でも、インターネット通販関連の相談が5割以上、そのうち定期購入解約が約4割でした。

それ以外では、SNS経由の副業や投資トラブルも増加しています。若者は副業、中高年は投資関連が目立ちます。

通信販売でトラブルが多いのは、理由がありそうですね?

坂倉 健康食品や化粧品の通信販売は定期購入で利益を出すビジネスモデルです。初回無料などの誘導もそのためです。コンプライアンスを重視する大手企業が厳格な自主基準に基づき慎重な広告表現を用いる一方で、一部の企業では、消費者の関心を引くためにコンプライアンスの隙をつくようなきわどい表現や誤解を招きかねない表現を多用する傾向がみられます。

業界団体に属さない事業者、消費者を引きつける広告手法(「今ならお得」「残りわずか」など)、連絡先不明や電話番号非掲載なども問題です。大手デジタルプラットフォームでも出店者には様々な業者がありますので、見極めが重要です。私は商品購入の際、必ずメーカーを確認します。

「情報的健康」と同じ考え方ですね。

坂倉 その通りです。食品は「誰がどこで作り、誰が売っているか」を気にするのに、情報になると匿名のSNS投稿を信じてしまう。このギャップが問題です。情報にも“原料・原産地”を確認する意識が必要だと思います。


AI時代の消費者力=便利さと“選ぶ自由”のバランス

今の情報社会で、消費者にはどんな力が求められているのでしょうか?

坂倉 消費者庁が定義する「消費者力」には次の3つがあります。

・自身が実践する力
・周囲をサポートする力
・社会に働きかける力

特に重要なのは「自身が実践する力」に含まれる「気づく力・批判的思考」と「社会に働きかける力」です。気づく力が弱まると情報をみにし、偏った情報による判断に基づく消費行動が被害につながりやすくなります。社会に働きかける力が失われると、消費行動を通じた社会課題解決への貢献が難しくなります。情報リテラシーと消費者力は密接に関係しており、これらを育むことが重要です。

今、消費者は膨大な情報を得ていますが、適切に消化できなければ消費者力は低下します。指標はありませんが、デジタル時代では「気づく力」と「社会に働きかける力」が弱まることが懸念されます。
社会に働きかける力の一例が、エシカル消費です。エシカルな商品やサービスには「環境に優しい」「被災地支援」などのストーリーがあります。店頭ならPOPや販売員の説明などで理解できますが、ネットでは偏った情報で判断しがちですし、消費者力が弱まると消費の際の選択基準から外れてしまうことにもなりかねません。

消費者それぞれが各自にとっての社会的課題の解決を考慮するなど、そうした課題に取り組む事業者を応援しながら消費活動を行うこと。)

ご本人提供

企業と消費者の関係も変わっていきそうですね。

坂倉 企業・団体から私に依頼がある講演テーマでは、カスタマーハラスメントなどの顧客対応や消費者志向経営といった経営戦略だけでなく、最近は消費者とのコミュニケーション戦略やCX(Customer Experience 顧客体験)などの依頼も増えてきています。デジタル化の進展により消費者との接点が多様化するなか、CS(Customer Satisfaction 顧客満足)からCXへ進化させ、消費者との長期的な関係構築が必要な時代になってきています。

こうした課題は、2030年の消費社会を見据えるとさらに重要になります。私は講演などでは次のような未来予測を示しています。
・店舗はメタバース化し、無人店舗でレジ待ちゼロ。キャッシュレスが進みキャッシュゼロになる。
・購買意思決定はマス広告や口コミから、AIによるパーソナライズへ移行する。
・他律的消費(AIに勧められた商品を選ぶ)が増え、自律的消費(自分の価値観や共感で選ぶ)が減少する懸念がある。

便利さは確かに魅力ですが、AI依存が進むと「選ぶ自由」が失われ民主主義の根幹にも関わる問題になりますし、消費の楽しさも味わえません。だからこそ、企業は商品のストーリーをしっかり伝える必要があります。例えば、あるコーヒーチェーンでは原料調達先の農園の労働環境向上や適正な利益配分、環境保護などを行なっていることを公開し、あるアウトドア用品メーカーではホームページにおいて全商品にストーリーを掲載し、環境に配慮した商品であるというメッセージを発信しています。こうした情報は、消費者が自律的に商品を選ぶために不可欠です。

ところが現状では、若い世代でAI依存の傾向が強まっています。10代では7割以上がAIのおすすめを「便利」と感じており、E-Commerce(イーコマース:インターネット上で商品やサービスを売買すること) やコンテンツ配信でも顕著です。履歴に基づくレコメンドが強化されると選択肢が偏り、新しい出会いが減ってしまいます。履歴をオフにすれば解決しますが、それは不便であり、結局AIに頼る傾向が強まります。「便利さ」と「選ぶ楽しさ」のバランスを保つことが重要になってきています。(消費者庁令和6年度版消費者白書 図表2-5より※ステラnetを離れます

消費者教育の取り組みとしてはどのようなことを行っていますか?

坂倉 私たちの団体でも、消費者啓発や被害防止の取り組みを進めています。例えば、詐欺的な定期購入サイトでダークパターンによる契約トラブルを疑似体験してもらうことで、注意すべきポイントを学べる教材をホームページで公開しています。こうした実践的な教材は、消費者教育に非常に効果的です。
NACSの教材 | NACS(公益社団法人 日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会) ※ステラnetを離れます

他にも、ネットの仕組みや代金決済の種類など、インターネットについて基礎から学べる教材なども作成してホームページで提供しています。こうした情報は「消費者力」をつけるためのものです。「消費者教育」と言いますが、単に教えるだけでなく、気づきを与えることが大事だと思っています。気づきを得て、自分で考える――それをしないと長続きしません。
教育機関や私たちのような消費者関連団体、行政、企業など各主体が協力して進めないと、幅広い世代に浸透しません。情報に対する気づきを促すという意味でも、インフォメーション・ヘルスアワードは本当に貴重な取り組みだと思います。


気づきを促す提案に感銘――アワード選考で見えた新しい視点

インフォメーション・ヘルスアワードの選考委員として多くの提案をごらんになっていかがでしたか?

坂倉 初めて参加しましたが、非常に面白かったですし、私も勉強になりました。応募内容は全体的にレベルが高く、フィルターバブル、エコーチェンバー、アテンションエコノミーなど、今まさに重要な課題を理解し、解決策を提案している点が素晴すばらしかったです。

特に、規制や否定ではなく「気づき」を促す提案が多かったことが印象的です。「立ち止まって考える」機会を与えるアイデアは非常に価値があります。また、情報の受け手だけでなく、発信者としての責任に言及していた提案も何件かありました。デジタル社会では、消費者が情報発信者になることで加害者になる可能性がある――その視点を持った提案は意義深いと思います。

今後のアワードへの期待をお願いします。

坂倉 ひとつは、「情報的健康」という概念がもっと広まることです。聞けば納得できる考え方ですが、まだ認知度が低いので、社会全体に浸透させる必要があります。
もうひとつは、情報が多いことを「不健康」として抑制するのではなく、有益に活用して世の中をもっと楽しくする前向きな提案が増えることです。アワードが、今後の消費者教育のヒントになるようなアイデアを生み出す場になってほしいと思います。

(取材・文 社会貢献事業部 木村与志子)
お問い合わせはこちら)。※ステラnetを離れます