
テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」の中で、月に1~2回程度、大河ドラマ「べらぼう」について、偏愛たっぷりに語っていただきます。その第12回。
巧いダジャレに韻を踏むかけ言葉、色艶情事には広い心と茶化す心意気、権力者には皮肉と揶揄を浴びせ、お祭り騒ぎと奇想天外なアイデアで何度となく難を乗り越えてきた主人公・蔦屋重三郎(横浜流星)。彼の生涯をたっぷりと楽しみ、どっぷり浸かってきたのだが、蔦重にふさわしいフィナーレに「おあとがよろしいようで」と思わずつぶやいちゃった。いやあ、面白かった。大往生の前に、第47回の最大のミッションについて触れておかねば。
毒饅頭に替え玉、心躍る泥仕合

松平定信(井上祐貴)率いる「一橋治済被害者の会」の面々は満を持して、曽我祭の日に決行を目論む。祭りの喧騒に紛れ、一橋治済(生田斗真)をおびき寄せて始末するつもりだったが……。誘導役を任されたのは、過去に治済の指図で動いてきた乳母・大崎(映美くらら)。何人も殺めた罪を認め、定信たちの作戦で大役を務めようとしたのだが、疑り深い治済は不穏な動きを察知。使いの者に毒饅頭を配り歩かせ、準備していた陣営を攻撃。自らの手を汚さず、証拠も残さず、大崎にも毒饅頭を喰らわせて暗殺する治済。何枚も上手なわけよ、傀儡使いは!

驚いたのは、始末した後の「替え玉作戦」だ。影武者ではなく替え玉。今ではラーメン屋か受験で使うワードが大河で登場。治済そっくりの能役者・斎藤十郎兵衛(生田斗真が二役)を据えるという。しかし、目論見は看破されて失敗に終わり、より警戒感を高めた治済。定信は「毒饅頭事件」をなじられ、隠居を迫られるはめに。

一方、蔦重も治済から敵認定され、耕書堂にも毒饅頭が配られていた。手代のみの吉(中川翼)が倒れ、女中のたか(島本須美)からも「勘弁してくださいよ!」と責められる蔦重。従業員も強烈な悪意に怯えている。蔦重は定信のもとへ駆け込み、大胆不敵な提案を投げる。毒饅頭には毒饅頭を。治済に毒饅頭を食わせられる人間がひとりだけいるだろうと、定信をけしかける。忠誠心と矜持の強い幕府の人間には思いつかない、いや思ったとしても口にできない作戦は、庶民の蔦重ならでは。治済の息子である将軍・徳川家斉(城桧吏)に託せという。
躊躇する定信は、第十代将軍・家治(眞島秀和)の弟で御三卿の清水重好(落合モトキ)に相談するも、治済が牽制しに現れて、重好を耄碌扱いする始末。頼みの綱は家斉本人という危機的状況へ。
大崎、乳母としての最後のご奉公

実は曽我祭りの日、大崎は蔦重に文を託していた。それは、家斉にあてたもので、すべての悪事を告白する内容だった。すべて治済の指図だったと。
「あのお方は天。この世の者は皆傀儡。私も傀儡。ご無礼にはございますが、上様こそ最たる傀儡にございます。上様どうかお父上様の悪行をお止めくださいませ。あのお方を止められるのはこの世にただひとり、上様しかいらっしゃいません」
家斉は幼い頃から慣れ親しんだ大崎の字が一目でわかる。幼い頃の記憶がよみがえり、家治の最期の言葉を思い出した家斉は、その意味をようやく理解したのだった。乳母が命を賭した筆致に、家斉は決意。治済を誘って重好の茶室へ向かう。
大崎グッジョブ! いや、その最期の望みにちゃんと反応した蔦重グッジョブ!

毒を盛られることを警戒して、茶菓子をやんわり断った治済だったが、家斉が口をつけたことに気を許して、茶は口にする。毒といっても入っていたのは眠り薬。こうして治済は眠らされ、阿波の孤島に幽閉されることに。ミッションコンプリート!! 耳で聞いて安房=千葉県? と思ったが、阿波=徳島ね。放送後にどこなのか探した人も多いようだ(阿波の孤島が検索上位に出てきたので)。
そのまま幽閉と思いきや、逃亡を図った治済には残酷な結末が。雨の中、刀を振り上げて復讐を叫ぶ治済の脳天にまさかの落雷。文字通り、天罰が下ったのである。亡霊、グッジョブ!
「犬猿→伯仲→同志」蔦重と定信のシフトチェンジとリレー

治済を島流しすることに成功した定信は、故郷の白河へ帰る前に耕書堂に立ち寄る。この場面も記憶にとどめておきたい名シーンだった。
蔦重は定信がてっきり政に戻ると思っていたが、定信は「外道とはいえ、上様の御父君を嵌めたのだ。誰知らずとも謀反の罰は受けるべきである」と筋を通す。また、替え玉となった十郎兵衛には時々絵や本を送って、無聊を慰めてやってほしいとアフターケアも盤石。そして蔦重の提案を褒めにきたと話す。そして、
「イキチキドコキキテケミキタカカッタカノコダカ」(一度来てみたかったのだ)と照れ隠しに黄表紙愛をダダ漏れさせる定信。『金々先生』以来もれなく読んできたと白状する。特に自死した恋川春町(岡山天音)については「春町は我が神、蔦屋耕書堂は神々が集う社であった…あのことは我が政、唯一の不覚である。揚がった凧を許し、笑うことができればすべてが違った……」と後悔を吐露。そうそう、お布団部屋で慟哭していたもんね。

「ご一緒できてようございました」と深々と頭を下げる蔦重。定信は「今後もよき黄表紙を随時白河へ送るよう」と図々しく要求。「抜け目ない商人に千両もとられたゆえ、倹約せねばならぬ」とな。これは写楽作戦のときに蔦重が定信に皮肉交じりで金を要求したときの皮肉返しでもある。
性格も思想も正反対に見えた二人だが、伯仲というか好敵手でもあり、最終的には同志なのだと伝わる、尊い場面だった。

替え玉となってくれた斎藤十郎兵衛への敬意も、定信から蔦重へと継承された。定信は写楽の名に「東洲斎」をつけたが、ひっくり返せば“斎藤十”になる。定信の粋なはからいに気づいた蔦重は、十郎兵衛の生きた証を称えて、写楽の正体として後世に語り継がれるようにしていく。
また、伊勢の和学者・本居宣長(なんと最終回のみのゲストに北村一輝ときたもんだ!)に本を書いてもらいたい蔦重に、遠方から力添えしたのも定信だった。心意気のリレー、ええ話やなぁ。
本好きでつながった運と縁
思えば、蔦重の人生には「本が好き」で繋がったご縁がたくさんあった。幼馴染で初恋の瀬川(小芝風花)、鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助)、妻のてい(橋本愛)、そして定信。みーんな本を読むのが大好きだった。

そうそう、長谷川平蔵(中村隼人)が蔦重に密かに教えてくれたのは、瀬川の消息。駕籠かき(担ぎ手)がやたら本を読んでいるのはどうやら女将が「本好き」らしい、との情報。駕籠屋と結ばれ、子を産み、幸せに暮らしているようだ。かつて瀬川に惚れこんだ男ふたりが、その女将の後ろ姿をそっと眺める……。「本好き」が導いたささやかなサプライズも、ええ話やなぁ。

そんな蔦重の温かくて騒々しくて豊かな人生の幕が徐々に降り始める……。
新しい面白い本を作り続けたい蔦重は、戯作者にそれぞれの特長を生かした作品作りを促す。ヒット作を続々出版したものの、江戸患いと言われた「脚気」にかかり、歩けなくなってしまう蔦重。ていが休養を勧めるも、蔦重は脚気はビジネスチャンスとふざける始末。いや、ふざけちゃいない、本人たっての願いだと言う。
「死んだ後、こう言われてえのでございます。あいつは本を作り続けた。死の間際まで、書をもって世を耕し続けた、って」
蔦重の願いをかなえるべく、戯作者や絵師、狂歌師たちはムチャブリに喜んで応えていく。歌麿(染谷将太)は病床を見舞いがてら、新作を見せて蔦重を励ます。
淡々とさめざめと泣かせてはくれない、笑いの終焉
自分の病気を餌に、商いの指南本を売りまくった蔦重だが、ある日の夢枕に九郎助稲荷(綾瀬はるか)が姿を現す。火事の時に助けてくれたお礼に、何でも知りたいことにひとつだけ答えてくれるという。蔦重は「ホントですか?」と聞いちゃって質問権を失うという、うっかりミスをおかす(本当は「100年後の髷ってどうなってるんで?」と聞きたかった蔦重)。落語か! そして「今日の昼九つ、午の刻にお迎えにあがります。あの世にお連れするためのお迎えです。合図は拍子木です」という。え、九郎助稲荷って、死神だったんかーい!

ともあれお稲荷さんのお告げということで、友人・知人・恩人らに知らせることに。すごくいいなと思ったのは、淡々と死を迎え入れる夫婦の姿。蔦重亡き後の打ち合わせを淡々と詰める場面だ。二代目を誰に任せるか、仕事相手のリスト(職業別)、通夜の手配に弔問客のセレクト、ちなみに戒名も決めてある。墓碑銘は江戸払いで食い詰めている宿屋飯盛(又吉直樹)に御礼も渡せるので頼んだというおていさん。完璧な終活サポート、おていさんグッジョブ。合理的すぎて笑っちゃったんだけどね。ところがだ。昔、おていさんが言った言葉を思い出す蔦重。
「屑屋に出せば本もただの屑だけど、読む人がいりゃあ本も本望、本屋も本懐」
本屋夫婦でしみじみと語り合う来し方、おていさんがきわめて冷静なのに温かみのある言葉を伝え続ける姿にはやや涙腺が緩みかけ……そこに蔦重を愛する人々が次々に駆けつけて、騒がしくなるわけよ。んもう、今泣こうと思ったのに!

息を引き取りかけた蔦重に、大田南畝(桐谷健太)が「まだ午の刻でないぞ!」と言った途端に、午の刻を告げる鐘が鳴っちゃう間の悪さ。気を失いかけた蔦重を呼び戻すべく、輪になって「屁! 屁!」と叫びながら回る皆さん。もう完全に笑いの方向へ。あまりに騒々しくて、蔦重が目を開けてひと言。
「拍子木が聞こえねえんだけど」。

落語か! 落語のサゲのような大団円に、まあ笑った笑った。明るい最期は蔦重にぴったりだ。涙をそそらない、感涙させない、全米を決して泣かせない「主人公の死」の描き方に感服。大河の最終回で「あははは」と声を出して笑ったのは生まれて初めてだった。楽しい初体験、ありがた山の寒がらす!
ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。