小一郎(仲野太賀)とともに数々の戦果を重ね、城持ちの大名となった藤吉郎(池松壮亮)。しばちくぜんのかみひでよしと名乗り、新たな家臣も迎え入れるようになった。撮影が始まって9か月がち、池松は秀吉の変化や小一郎との絆をどのように捉えて演じているのか。そして、間近に迫る本能寺の変を前に、秀吉と織田信長(小栗旬)の関係性についても聞いた。


秀吉はそれぞれの時代を生きる人たちから好きに解釈されて不憫です

――第9回から登場した菅田将暉さん演じる竹中半兵衛ですが、前回、惜しくも病に倒れてしまいました。

菅田将暉くんが味方でいてくれたことは、このドラマにとても大きな力をもたらしてくれました。羽柴を導く軍師としての活躍はすばらしいもので、10年ぶりの共演でしたが、相変わらず素晴らしい俳優さんでした。秀吉と半兵衛は非常に深い関係としてこれまで語られてきましたが、今回は小一郎と半兵衛の関係が描かれることが多く、秀吉と半兵衛の関係性を本当はもう少しやってみたかったなと思います。半兵衛は亡くなってしまいましたが、倉悠貴くん演じる黒田官兵衛という、強力な仲間が加わり、これからさらに羽柴軍は大きくなっていきます。歴史に名を残した天才軍師の二人の継承は、間違いなく大きな見どころだと思います。

――撮影が始まって9か月ほど経ちました。誰もが知る豊臣秀吉を演じられてきて、改めて面白さや難しさを感じていらっしゃいますか?

変わらずどちらも感じます。どんな役でもその人の「人生」を考えること、演じることは困難も面白さも、どちらもつきものではあると思いますが、豊臣秀吉という人は、語られてきた歴史や物語の中で誰もが知っている人ですが、ほんとうはどんな人だったのか、当然僕にはわかりません。

秀吉という人物が、今の時代にどう映るのか、あるいはどう映すべきなのか、よく考えます。農民から天下を獲った人なのは確かですが、亡くなった後、江戸時代の貧困期に英雄視され、物語化され、現代ではどちらかというと欲深く、非情な人間として物語化されることが多いと思います。秀吉という人はそれぞれの時代において、その時代毎に合わせて好きに解釈され、物語化されて、善人にされたり悪魔にされたり、ちょっと不憫だなと、感じるところがあります。

秀吉という人をこういう風に見せたいという意識は、実は僕にはさほどありません。その大きな采配は制作側にあって、そこは俳優の範ちゅうを離れています。意見は当然ありますが、史実と八津さんの書かれる脚本をもとに、「豊臣兄弟!」という物語における秀吉がどうあるべきか、最後まで考えながら演じていきたいと思っています。一年間の放送という長い物語の中で、決して一面的ではない、さまざまな面をその都度、精一杯体現していけたらなと思います。

――最初は足軽だった藤吉郎が、今は大将となり、名前も秀吉に変わりました。秀吉の変化をどのように捉えていらっしゃいますか?

凄まじい出世街道ですよね。今作は秀吉が主人公の物語ではないので、そのあたりを賞賛せず、淡々と出世していっているようにも見えますが、変化が大きく速いので、周囲の声に繊細かつ敏感な秀吉が、突然偉そうになったように見えすぎないように、けれどもこちらが勝手に美化することのないように、そのあたりのバランスを常に気にしています。現放送段階では、秀吉はかなり重く大きな責任を持つようになってきています。織田家のためというスローガンのもと、今後も秀吉はどんどん大胆な行動に出ますが、周囲から出過ぎないぎりぎりのバランスを、秀吉自身も考えながら探っている段階かなと思います。

――そういう秀吉の変化について、演じる上で意識していることはありますか?

今作の秀吉は一言で表すとピュアだと思います。ですが、ピュアが稚拙に傾いてしまうと、それは秀吉から離れていってしまうので、そのあんばいはとても気にしています。心底貧しい出自から、い上がろうとしたこと、人を喜ばせたいとか笑わせたいとか、偉くなりたいとか、そういう純粋な、根本にある気持ちをベースに、年齢や経験を重ねながら育てていきたいという気持ちは最初から変わっていません。変化していく部分については、秀吉が出会う人や出来事、責任や経験によって変わっていくもので、例えば中村編と、現在の播磨編では、小一郎や信長や、家族以外、目の前にいる人たちが全然違うので、当然秀吉の前に立ち上がってくる物語が変わってきます。それを出来る限り体現していけば、秀吉という人のさまざまな側面がその都度見えてくるはずです。今作の秀吉の人生の中で、さまざまな物語にきちんと出会っていく──そのことで最終的に、豊臣兄弟における秀吉という人の輪郭が出来上がったら良いなと思っています。


秀吉を演じる上では、こちらが勝手に歴史を解釈しないことが重要なんじゃないかな

――身分が変わって、小一郎との関係性には変化は感じていますか?

変わっているようで、変わっていない、変わっていないようで、変わっているという感じでしょうか。“1人では成し得なかった”ということがこの物語の大きなテーマなので、身分や責任が変わっていく中で出会う、怒りや悲しみをこれからも1人ではなく2人で味わっていきます。昔のように2人だけというシーンがどんどん減っていくので、2人の関係も見え方が変わってくるとは思いますが、励ましあって助けあって共に天下をとるまでの過程にこそ、このドラマの大きな意義があると思います。兄弟でありながら、殿と家臣という関係が深まっていく中で、より兄弟であることの強さが際立っていけば良いなと思っています。

――第1回では、みんなを喜ばせたいと語っていた秀吉ですが、播磨攻めでは味方を見捨てる判断を迫られるなど、そうできない状況に追い込まれました。

秀吉も小一郎も、上から指示を受けて動いていた頃とはまるで違う局面に入っています。今は上の思いや指示を汲み取って、自ら行動し、尽くし、織田家に徳を与えていかなければなりません。そこには彼らの思いとは違った、残酷な現実や選択がついてくるのが戦国時代だと思います。そうした時期を経て、2人がどう変化し、本能寺の変を迎えるのか。限りあるシーンの中で、秀吉がどういう足跡を刻んでいったのか、日々考えています。

――命の選別をするのはかなりつらい立場だと想像します。秀吉は、それをやらなければいけないと納得できていたのでしょうか。

答えるのが難しいのですが、やらなきゃならなかったんじゃないでしょうか。それが出来てしまうことと、人を喜ばせたいという相反するものが不自然なく同居できる人だったからこそ、天下人まで登り詰めることが出来たのかなと思います。あるいは冷たく聞こえるかもしれませんが、今の現実や常識とは全く違う世界でしょうから、その常識の中にいただけということなのか。それでも秀吉は戦嫌いだったという資料は多く残っています。彼が行ったことの中に、現代の感覚からすると、意味がわからない、最悪なことがいくつも残っていることは確かですが。当然、演じる俳優もドラマを作るスタッフも、令和を生きている人で、われわれが今の感覚で歴史を批評しすぎたり、ジャッジし過ぎるようなことはちょっと違うような気もしていて。

秀吉という確かに歴史の中に実在した、未知なる人物を演じる上で、こちらが歴史を解釈することは重要ですが、ジャッジしすぎないことも重要なのではないかなと思っています。このドラマの中で小一郎だけは、戦国時代と令和の時代を繋いでくれさえすれば、あとは「こういう歴史があったかもしれない」という物語だと思うんです。当然、そこに現代的な感覚と物語性がのることは間違いないですが、歴史をジャッジしすぎず、こんな歴史があったんだよ、ということを歴史ドラマとして届けることは、未来のためにも重要ではないかと考えています。


秀吉と信長は完璧な師弟関係だった

――信長は秀吉をどんどん重用するようになりましたが、信長との関係性は変化しているのでしょうか。

信長と秀吉というのは、時代の流れや出自の差によって、人生の恩人と継承者という、完璧な師弟関係を作り上げてしまった2人なのではないかと思っています。ものすごい縁だなと思います。

どの時代にも、信長のような独裁的なリーダーのまわりには、優秀なイエスマンと実行者がほとんど。そのリーダーが去ると、決断力と行動力を失ってしまい、組織が崩れていくというのはよく聞く話です。そしておそらく織田家もそうだったのではないかなと思っています。あれだけの絶対的なリーダーがいたわけですから。ただ、そこに一人、信長と同じような感覚と感性を持っていて、同時に独自の頭の回転を持つ秀吉がいた。完璧な師弟関係の中で、何よりも馬が合う秀吉がいた。だからこそ秀吉は、信長の跡を継ぐことができたのではないかなと思っています。今作においては、信長と秀吉の関係性にはあまり変化はありませんが、歴史の面でいうと、秀吉はどんどん近く、時に対等な話し相手のような存在として信長と接していたようなので、そうした部分も少しずつ匂わせておけたら良いなと思っています。

――そういう完璧な師弟関係にありながら、比叡山延暦寺の焼き討ちの時など、たびたび秀吉は信長の命に背きます。秀吉の中ではどういう思いがあるのでしょうか。

信長というリーダーが恐ろしいのは、自分の頭で考え行動することを家臣に求め、同時に、何よりも信長の(めい)に対する忠実さを、常に家臣に求めたことだと思います。その相反する2つの要素を、秀吉は最もキャッチできた人で、信長は絶対に自分を捨てないという確信と自信を持ち、時に信長の指示よりも先回りした自分の発想や判断を優先することがあったのかもしれないなと思います。目的や見返りさえ織田家のためであれば、信長の命に背き、自分の命を天秤にかけられる常人離れした大胆さがあった人だと思います。ただ、ドラマではそこは描かれないので、単にルールを破っても生かされた人、という見え方にならないように、自分の中でそうしたことをしっかり持って演じたいなと思っていました。

――いよいよ本能寺の変が近づいてきています。信長が亡くなった後の秀吉を、どのように作り上げていきたいと考えていらっしゃいますか?

今後、秀吉がどうなっていくのか、僕も知りたくてしょうがないです(笑)。史実というガイドラインは当然あるものの、このチームは一話入魂のような形でここまで走ってきたので、今後どうなっていくのかについては、誰にもわからないんです。いつも以上にこの役の人生に責任を持って演じていくことが必要なので、とにかく1つ1つの出来事をちゃんと経験していくことが大切だと思っています。ただ、信長の死後、さすがに今のままの秀吉が天下人になることはできるはずがないと思うので、ここからどんどんギアを上げていきたいとは思っています。弟に任せていたら天下が取れました、という物語にするわけにはさすがにいかないので、ここから秀吉が考えていること、考えてきたことが、前面に出てくるのかなとは思っています。