アンカー担当日、放送前に必ず確認するのは「アンカーノート」と呼ばれる分厚いバインダー。番組冒頭の挨拶で話した内容や、アンカー同士で共有すべき“ヒヤリ・ハット”事例などについて放送終了後に各アンカーが書き記す当直日誌のようなものである。
その手書きの文字が実に味わい深い。丸みを帯びた丁寧な文字は、話し方もおっとりと柔らかいあの人。勢いのある走り書きは、ちょっとあわてんぼう(?)なあの人。整然と並んだ小さな文字は、おや? あの人、意外に(失礼!)几帳面なのかな。
手書きの文字からは人柄や思いの強さ、そのときの気分まで伝わってくるから面白い。“温度”が感じられるのだ。
先日、馴染みのお蕎麦屋さんを久しぶりに訪ねてみたら、シャッターに「本日、都合により臨時休業」の貼り紙。黒く太い文字で書かれている。最後には「ゴメンナサイ!」とビックリマーク付きで。
お店が閉まっていたのはもちろん残念だったが、その力強い文字を見て少し安心もした。たまたま今日は何か事情があっただけで体調不良ではなさそうだな、と。「ゴメンナサイ!」と言う店主の声まで聞こえてきそうで、久しぶりに会えたような気がした。
字を書く機会はどんどん減っている。業務連絡はメールで、友人とのやりとりはスマホのチャットアプリで事足りる。この原稿もパソコンで書いている(打っている)。便利だし、もう後戻りはできない。
それでもあえて手書きにしたいときがある。
手帳に書き込む芝居や映画の感想。贈り物に添えるメッセージカード。そして、「ラジオ深夜便」番組冒頭の挨拶コメントである。
放送開始ギリギリまで書いたり消したり横に書き加えたりしているから見た目はぐちゃぐちゃ。でもこのほうが話しやすいのだ。正確に読み上げるための原稿ではなく、あくまでもリスナーに話しかけるためのメモである。手書きの文字のような温もりのある声を届けたい。それがラジオの良さだから。
(なかがわ・みどり 第2・4月曜担当)
※この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2025年6月号に掲載されたものです。
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