テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」の中で、月に1~2回程度、大河ドラマ「べらぼう」について、偏愛たっぷりに語っていただきます。その第8回。

映画「国宝」の満員御礼大ヒットで、今年は大金星の横浜流星。興行収入100億円超えは長らく聞いていなかった驚異の数字だ。実写邦画で22年間不動の1位を誇る「踊る大捜査線THE MOVIE2」をぜひとも抜いてほしいところである。そんなのりにのっている流星が演じるつたじゅうことつたじゅうざぶろうだが、ここにきて感情の乱高下を体験。「親心の空回り」に「親しい人の旅立ち」である。


子の立身出世を望むも空回り、切ない親心

喜多きたがわ歌麿うたまろ(染谷将太)が幼い唐丸だった頃に約束した「当代一の絵師にする」という悲願を忘れていない蔦重。蔦重なりに虎視眈々たんたんと歌麿を売り出す機会を探ってはいたが、当の歌麿には「絵描いて、メシ食えれば十分」と欲がまったくない。

そこで蔦重は「表に出ない分、心のままに自由に描ける枕絵」を提案するも、歌麿は逆に描けずに苦しむ。幼い頃から悲惨な虐待をうけ続けた歌麿は、枕絵が表現する快楽や愉楽がなんたるかを知らないからだ。幻覚とも悪夢ともトラウマともつかない、母と母の男の亡霊にさいなまれ……つらいねぇ。苦しい心情を吐露する歌麿を抱きしめてあげることしかできない蔦重だった。

歌麿の筆が折れかけたところで、歌麿の絵の師匠といってもいい鳥山石燕とりやませきえん(片岡鶴太郎)が再登場! 絵師の真髄を語る石燕のもとで、あらためて修行することを決意した歌麿。子を思う親のような気持ちで見送る蔦重。「あいつのことは誰よりもわかってる、花咲かせるのは俺だって思ってたけど……」とつぶやく、切ない空回り。繊細な天才を育てる苦悩が描かれた、地味ではあるが心に染み込む場面でもある。


醍醐さんの醍醐にネット沸き立つ

なんのこっちゃと思う人もいるだろうけれど、徳川さんちで起きた悲劇にまったく別方向からスポットが当てられたことも触れておこう。田沼意次おきつぐ(渡辺謙)を重用し、なにかにつけてはまつりごとの相談をしていた第10代将軍・徳川家治いえはる(眞島秀和)。   

しかしだな、幕府内外に大勢いる田沼憎しの皆さんは気に食わない。その筆頭は11代将軍・家斉いえなり(城桧吏)のもと、やがて老中に就任することになる松平定信さだのぶ(井上祐貴)だ。幕府の資金繰りに必要なのは「金を生み出す大がかりな仕組み」と提案する田沼派にまっこうから反対。質素倹約を推奨する「黒ゴマむすびの会」のあいつ、な。

一方、家治の側室である知保ちほの方(高梨臨)は、愛息・家基いえもと(奥智哉)を毒殺されて以来沈みがちではあったが、ここにきて家治と対話したり、将棋をさしたりして、穏やかな日々を送っていた。体調が思わしくない家治のために、何か滋養のあるものを食べさせたいと考えた知保の方。いや、考えたというか、相談した相手が悪かった。大崎(映美くらら)は、家斉の乳母で、要は「チーム一橋」の一員である。ひとつばし治斉はるさだ(生田斗真)の息がかかった大崎は、家治がいつまでも将軍の座で田沼びいきの政を行っていることを快くは思っていないわけだ。

そんな大崎が提案したのは「醍醐だいご」なる食べ物。今でいうヨーグルト? チーズ? 乳酸菌による発酵食品の類だそうだが、衛生管理がずさんな江戸時代に発酵食はなかなかにリスキーである。高齢で免疫力が弱っているであろう家治に、よりによって醍醐。しかも醍醐さんが醍醐。

醍醐さんとは、朝ドラ「花子とアン」(2014年)で高梨臨が演じた、ヒロイン花子(吉高由里子)の親友の名前である。親友というか……自称親友という点が非常に報われないのだが。個人的には、醍醐さんのダイナミックなズレ感が興味深くて、大好きなキャラクターでもあった。「花子とアン」を観ていた人にとっては、「醍醐さんが醍醐!」と偶然の一致と言葉遊びを楽しめた、というわけだ。

ちなみに、醍醐さんは花子の息子・歩が疫痢えきりで亡くなる直前に、手作り弁当を差し入れたことがあったんだよなぁ……そんなこともつらつらと思い出してしまってね。いや、醍醐さんにも知保の方にも高梨臨にも罪はない! 

そして、すべてのもく論見ろみをわかったうえで、醍醐を食した家治。将軍なのになんだか影の薄い家治を演じた眞島秀和が、最後の最後で迫真の最期を魅せた。しれっとさらっと陰で凶悪三昧の治斉に対して、強烈な戒めとじゅをかけて絶命。将軍の死で、権力構造と時代が変わっていく一方、もうひとつの無力でやりきれない死も強烈な印象を残した。


乳飲ませたったのに! 貧すれば鈍する哀しき現実

田沼憎しは庶民の間でも根深い。田沼が打ち出した画期的な「貸金会所令」も、蔦重は田沼の本懐を理解しているからこそ擁護に回るのだが、米も金も土地もない、食うに困った水のみ百姓にとっては金満政治の傲慢としか思えない。そのひとりが小田新之助(井之脇海)の妻・ふく(小野花梨)だ。蔦重の田沼贔屓びいきにちくりと、いや、ブスッとくぎをさす。

「ツケを回されるのは私らみたいな地べたをいずり回ってるやつ。世話になってる身で偉そうで悪いけど、それが私が見てきた浮世ってやつなんだよ、蔦重」

元女郎で新之助とともに足抜けに成功したものの、待っていたのはドのつく貧困。気立てのいい娘だったふくが妻となり、母となり、なんとか暮らしているのは蔦重の差し入れや補助があってこそなわけだが、毒のひとつも吐きたくなるわな。

しかも残酷な仕打ちが待っていた。ふくは近所の乳飲み子に善意で自分の乳を飲ませていた。周りは貧しく、栄養不足で乳が出ない母親が多いからだ。「人に身を差し出すのには慣れているから」と、元女郎の身を自嘲しながら乳をあげるふく。その優しさに心打たれていたら! なんと新之助の留守中に強盗に入られ、ふくはもみあった挙句あげくに息子ともども殺されてしまう事件が……。捕まえられた犯人夫妻は土下座して平謝り。乳をもらっておきながら「あの家には米がある」と母親が言ったばかりに、血迷った父親が盗みに入ったという。なんてやりきれない話だ。


後を追うように散った新之助、幸せだったと思う

新之助は愛する妻子を失って茫然ぼうぜんとし、叫ぶ。「やりきれん、この者は俺ではないか……俺はどこの何に向かって怒ればいいのか!」と。この怒りが新之助を「打壊うちこわし」へと向かわせるわけだ。打壊は売り惜しみした米屋などに押し入るも、盗みは働かずに、打ち壊すだけの正当な抗議活動。ま、正当ではないし、これはこれで米がえらくもったいないんだけどね(そこは、おていさんもツッコミ入れていた)。

ところが、その活動にまぎれて暴力行為をけしかけたのが石つぶての男(矢野聖人)。打壊を平和に収めた蔦重に、彼奴きゃつやいばを向けていることに気付いた新之助。蔦重をかばって刺されてしまうのよ!! 新之助一家が立て続けに命を落とす悲劇もさることながら、なんと石つぶての男も、駆け付けた長谷はせがわ平蔵へいぞう(中村隼人)に矢でかれて即死してしまう。こっちも悲劇だよ! 謎の扇動男の黒幕も見えないまま、闇に葬られちゃって……。「鬼平ってば!」と心の中でつっこむ。

自責の念で苦しむ蔦重。そこに、繊細で美しい花や虫の自然画を持って来たのが歌麿(染谷将太)。落ち込む蔦重に優しく言葉をかける。新之助は貧乏侍の三男として生まれたが、ひら源内げんない(安田顕)のもとで超絶面白い経験をしただろうし、好いた女をさらって、一緒になって子供も生まれ、貧しいながらも幸せな時間を過ごしたはず。打壊のリーダーとして民を率いて、思いのたけを世に叫び、恩人の蔦重を助けることもできた。本望とは言わないまでも「とびきりいい顔しちゃいなかったかい?」と声をかけて、蔦重の罪悪感を和らげるのだった(このふたりの精神的なつながりは劇中随一の強さだなぁ)。

貧しさゆえに亡くなった人々の饅頭まんじゅうは増えていく一方。この異様な光景が幕府には見えていないどころか、再びれつな権力闘争が幕開けする模様。ただ、黒ゴマむすびのあいつこと松平定信は、政治家としてはちょっと信用してもいいのではないかと思い始めてしまう(激しいアンチ田沼派ではあるけれど、なんだか凛々りりしく見えてね……)。もっと言うと、アイデア豊富で民の実情を知る蔦重こそが政治家になればいいんじゃね? と思い始めちゃったりもして。もはや田沼政治の政策担当外部職員みたいなもんだしな。

大奥総取締役の高岳たかおか(冨永愛)まで脅迫し始めた大崎(映美くらら)といい、相変わらず飄々ひょうひょうとしていて、松平を手のひらで転がそうとする治斉といい、お城には魔物がいっぱい。勇者・蔦重&老騎士・田沼の冒険はまだまだこれから、である。

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。