
テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、中村倫也×イギリス 『ひつじのショーン』の“魔法”に迫るです。
イギリス・ブリストルにあるアニメーション制作会社「アードマン・アニメーションズ」の名前を知らなくても、『ひつじのショーン』と言えばわかる人も多いだろう。いや、『ウォレスとグルミット(W&G)』で馴染んだ人もいるかもしれない。クレイアニメ(粘土で作ったパペットをコマ撮りする)を作り続けて約50年。1976年創業以来、全世界を虜にしてきたプロフェッショナル集団である。

私自身はW&Gのファンというか、監督でアニメーターで脚本家のニック・パークのファンだ。DVDはすべて持っているし、今年Netflixで配信が始まった最新作『仕返しなんてコワくない!』も、往年のファンとして心底楽しんだクチである。
1972年に前身の「アードマン」を設立したピーター・ロードとディヴィッド・スプロクストンは、さまざまな手法のアニメーションを手掛け、独学でクレイアニメに辿り着いた。当時、セリフに口の動きを合わせたのは画期的だったという。ニックは国立映画テレビ学校時代に、ふたりに講義を依頼したことから親交が始まる。当時、ニックがひとりで挑んでいた卒業制作があった。ピーターとディヴィットはその緻密さに感嘆。ふたりはニックをアードマンに誘い、ニックは7年かけて卒業制作を完成させた。これがW&Gが初登場する『チーズ・ホリデー』である。その後、ニックはアードマンで『快適な生活』を制作、アカデミー賞ではこの両作がノミネートされ、『快適な生活』が短編アニメ賞を受賞したのだ。
つって、つい「好き」が暴走しちゃうのを抑えに抑えて、今回はこのアードマン・アニメーションズの制作現場に日本のテレビカメラが初めて入ったという番組を紹介しよう。しかもだな、訪ねたのは俳優・中村倫也。

彼は20代前半の売れていない頃、初めて一人暮らしをした頃にテレビで観て以来、「ひつじのショーン」が好きになったという。特に好きなキャラは牧羊犬のビッツァー。カワイイがカワイイを紹介するという稀有な番組「中村倫也×イギリス『ひつじのショーン』の”魔法”に迫る」だ。
「ウォルト・ディズニーが頂点にいて、我々は底辺にいました」
2024年12月に訪英した倫也は、イギリス南西部のブリストルの街並みをそぞろ歩きつつ、向かうはアードマン・アニメーションズ本社。アートに寛容な街であることがよくわかるし、ブリストルはあのバンクシーの生まれ故郷だそうで。

郊外にあるスタジオでは『ひつじのショーン』の監督が最新シリーズを制作中のスタジオ内を案内してくれる。セット、キャラクター、小道具、映像編集などの現場を見学し、俳優の目線で空気を感じ取る倫也。ファンなだけあって、「いつもの陽気な牧場とは照明やカメラのアングルが違う」と気づいたりして。すごいな。
パペットを作っている現場では「中野ブロードウェーみたい」と感嘆しきり。ショーンの実物を触らせてもらった倫也が「やわらかい……赤ちゃんをさわるような……」とつぶやく。粘土のパペットの肌触りや温度が伝わってくるようだった。

2日目には再び本社へ。創業者であるピーターが登場。1970年代前半、ほとんどが手書きの2Dアニメだった頃、「ウォルト・ディズニーが頂点にいて、我々は底辺にいました。その差は非常に大きなものだったんです」と話す。うんうん、そういう話好きだわぁ。「一方で私たちは2Dアニメが不自然だとも感じていました」と続けるピーター。粘土でアニメを作ってみたところ、自然で無理のない表現だと思えた、という。
「私たちは信じているんです。クレイアニメには“魔法”の力がある、と。私たちの作品の視聴者はパペットに命があるわけではないと理解していますが、一方でそのパペットに命があると感じてもいるんです。そのキャラクターに起こることに興味を持って、彼らが笑ったり泣いたりする様子に注目してくれています。私はそこに魔法があると考えています。2つのことが同時に起きているんですから」
これを聞いた倫也は「僕がオーディエンスとして感じていた不思議な魅力を余すところなく言語化してくれた……ありがとうございます」と感嘆しきり。
そう、アードマン・アニメーションズの作品は、年齢も国籍も時代も問わず、共感できて夢中になれる魅力と中毒性があるのだ。
クレイアニメの手仕事を知ること

その後、倫也はスタジオで声優としてヴィッツァーのアテレコに挑戦。そもそも『ひつじのショーン』にはセリフがない。明確な言語は発さず、音と表情としぐさで表現する。それぞれのキャラクターに1000種以上の音声データがあり、選びぬいているのだそう。倫也が演じたヴィッツァー、なかなかに切迫感があってよかったと思ったのだが、音響スタッフいわく「いいですね、でもやりすぎかも」。実際の完成作を観てみると、必要最小限の声だけなのだ。
「こんなにしゃべんなくていいんだ。しゃべりすぎたやん、俺。プロは無駄に打たないよね、球数を。俺は不安になってひたすらずっとしゃべっちゃった」と反省の弁の倫也。ちょっとカワイイやん、いや、だいぶカワイイやん。

今でこそデジタル撮影の技術が飛躍的に向上し、素人がスマホでもストップモーションアニメが作れるようになったが、パペットをミクロン単位で動かしてコマ撮りするアードマンの手法はプロフェッショナルのこだわりが詰まっていて、本当に感服する。粘土に人の指紋がついているのを見ると、「想像を絶する膨大な量の緻密な手仕事感」を感じずにはいられない。
前述のニック・パークは、監督・脚本家である前に、生粋のアニメーターであり、パペット操作の作業が1番好きだとも熱く語っていた。W&GのDVDでは制作陣のインタビューなどが収録されているのだが、ニックが語っていた情熱は、ピーターが言っていた”魔法“の源でもある。
「1.25秒のセリフに半日かかる。4秒分のセリフなら4日かかる。12分の1秒ないし25分の1秒に全情熱を傾けていると、自然にいい作品が生まれるのです」
『ペンギンに気をつけろ!』は絵コンテから撮影終了まで完成するのに丸2年かかったが、ニックは「1コマ1コマ撮るのが楽しみで、飽きたりしなかった。気の遠くなるような作業ですが、ウォレス&グルミットに嫌気がさすことはない」とクレイアニメ愛を全集中で注いだ様子だった。
ポリシー、ビジョン、残したいもの、伝えたいもの……
ニックの監督作品はアカデミー賞の短編アニメーション部門最優秀賞や英国アカデミー賞を総なめし、ピーターとともに監督した初の長編『チキンラン』はなんとドリームワークス配給。実は、長編制作に関しては初めにディズニーが声をかけたという。当時ディズニーにいたジェフリー・カッツェンバーグがこう話している。「アードマンの作品を観て、彼らに電話をしたら時期尚早という様子だった。ディズニーにのまれるのを警戒したんだ」
ジェフリーは数年後、仲間とドリームワークスを設立。アードマンは、ドリームワークスとなら独自性を保てると考え、タッグを組むことに踏み切ったという。W&Gの長編も作りたいと考えていたニックは『野菜畑で大ピンチ!』を制作。1秒24コマのフィルムを12万2000コマ撮影、85分の映画を完成させた。ドリームワークスと組んで華々しくハリウッド進出だが、ニックはこう語っている。
「短編の精神を守り、派手さを出したくなかった。ハリウッド進出にはジレンマを感じている。多くの人に見てもらえるけど、作品本来の素朴さを失いたくないんだ」
これが、2005年のアカデミー賞で長編アニメーション作品賞を受賞。アカデミー賞独り勝ち状態だが、これほど緻密で秀逸なクレイアニメは他にないわけで。
底辺から唯一無二の存在となり、飛ぶ鳥を落とす勢いのアードマン・アニメーションズだったが、悲劇も経験している。『野菜畑で大ピンチ!』が全米の興行成績で1位になった翌日、倉庫で火災が発生し、全焼。過去30年分のセットやパペットがすべて消失したという。当時その報道を聞いて、虚脱感と喪失感を覚えた記憶がある。ああ、私のW&Gが……と自分事のように落胆したのだ。

脱線が長かったが、中村倫也に話を戻そう。そもそもドラマや映画、舞台でも緻密な演技を魅せてきた倫也だが、有名になるまでには時間がかかったほうだ。
2018年の朝ドラ「半分、青い。」では女性の出入りが激しいまあくんこと朝井正人役で注目され、2019年「初めて恋をした日に読む話」(TBS)で元不良の教師・山下一真役で脚光と黄色い歓声を浴び、同年「凪のお暇」(TBS)では床上手の遊び人・安良城ゴン役で不動の人気を獲得。民放連ドラではすでに主演級となり、7月期の主演ドラマ「DOPE 麻薬取締部特捜課」(TBS)では異能力(超視力)をもつ厚労省麻薬取締官・陣内鉄平を演じた。妻子を殺された凄惨な過去を抱えるも、賢くたくましく、そして軽やかさが絶妙な役どころだった。深すぎて重すぎる悲しみと鮮やかな軽やかさを同時に体現できるのかと唸ったよ。下積み生活の長かった経験もうっすら漂わせつつ、今回の旅で感じたことを聞かれた倫也はこう答えている。
「アードマンのもっているポリシーとかビジョンとか、残したいもの、伝えたいものみたいなのが、自分の人生とか価値観と繋がった部分がすごい多かった気がして。すごく有意義な出会いになったなって思いましたね」
アードマンのクレイアニメに対するこだわりに驚嘆も共感も覚えた様子で、役者として得たものも大きかったようだ。セリフがなくても、眉ひとつや手の動きで感情や考えていることを見事に表現するアードマンのキャラクターたちに、芸達者な倫也が重なって見えた気がする。

あ、最後に登場した牧場主のアンドリュー・ウィアーさんがまさにアードマン作品に出てきそうな、いい味わいのおじさんでね。
アードマンファンも倫也ファンも満足、ミニチュアやドールハウスが好きな人もきっと楽しめるはず……そんな贅沢な番組だった。
ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。
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