
テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、「いつか、無重力の宙で」です。
広告代理店に勤める30歳会社員の苦悩からドラマは始まる。上司のコガさん(行澤孝)は何かにつけ、仕事……というかトラブルの後始末や尻拭いをやんわりと、でも確実に、押し付けてくる。先輩のミドリさん(立川茜)は困ったときに「一生のお願い」と言う割に、何度も頼ってくる。仕事がおそろしくできないうえにメンタル豆腐な後輩のハマノくん(佐藤優太)は、実はクリエイティブ志望でこっそり転職活動中(逆に、メンタル鋼やな)。後輩たちに気を遣い、飲み会の幹事はいつまでたっても自分。気乗りしない飲み会だが、後で謝るのは面倒なのでとりあえず急いで向かう。誰に対しても優しく、誠実でありたいと思う真面目な人がどんどん疲弊していく構図。「楽しい」「充実している」「やりがいがある」とは到底言えない状況にいるのが、主人公・望月飛鳥(木竜麻生)だ。
壮大な宇宙にふんわりと思いを馳せる女性たちの話と思いきや、めちゃくちゃ世知辛いというか生臭い現実から始まったので、興味津々で前のめりになったのが「いつか、無重力の宙で」だ。高校時代は、天文部で仲良しだった4人の女性が、あることをきっかけに次第に疎遠に。大人になるにつれ、宇宙への夢やロマンを語らなくなり、シビアな現実で手一杯の30歳になった設定である。
突然の再会、衝撃の事実、今できることは……

飛鳥を演じるのは木竜麻生。映画『菊とギロチン』では、暴力夫(篠原篤)から逃げて全国を巡業する女相撲の一座に飛び込むヒロイン・花菊ともよを演じた。また、『福田村事件』では新聞記者・恩田楓役。朝鮮人の暴動というデマを報道する新聞社の姿勢に異議を唱えて、自分の眼で見た真実を伝えようと奔走する役どころだ。若手としては珍しく、政治的にも社会的にも骨太な作品に出演し、まっすぐな女性を演じてきた印象が強い。が、今回は「波風立てずに安請け合い、配慮と遠慮と気遣いで疲弊するタイプ」を非常に柔らかく穏やかに演じている。あまりに優しくてお人よしにもほどがあるのだが、そこはちゃんと心の中でつっこんだり毒づいたりで本音を漏らす。さすがNHK大阪局制作。しかも、飛鳥の心の声は柄本佑。「天の声」なる語りで笑いのツボをきっちりおさえて、ぬかりない。
飛鳥自身、日常で疲れきって、宇宙への思いも青春時代の熱狂もすっかり忘れていたのだが、天文部のひとり・日比野ひかり(森田望智)が突然現れたことで、人生がほんのちょっと変わり始める。

ひかりは天文部の中でもリーダー的存在で、いつも明るくみんなを照らすような女子だった。高校3年生の夏に突然音信不通となってから、消息もわからぬまま13年がたつ。そんなひかりが飛鳥を訪ねてきたのには、理由があった。ひかりは宇宙への夢を追いかけてJAXAに入り、宇宙飛行士を目指していたが、健康診断で血液のがんであることがわかり、泣く泣く夢を諦めたというのだ。

ひかりの苛酷な闘病人生、ものすごい経歴、そして底抜けの明るさに説得力をもたらすのが森田。いや、森田にしてはおとなしめの役どころでもある。「全裸監督」(Netflix)で黒木香役の怪演に始まり、「恋する母たち」(TBS)では田舎出身の地味でおぼこい女性・山下のり子も当たり役。エリート勝ち組弁護士(玉置玲央)との不倫やその家族への嫌がらせで、人としての道を踏み外しつつも、弁護士としてたくましくあさましくのしあがる様を演じて、話題を呼んだ。また「龍が如く」(Amazon Prime)ではすべてを壊すクズ姉・アイコ役で舞台を牽引した。あ、忘れちゃいけない、みなさんに馴染みがあるのは花江ちゃん役ですわね、朝ドラ「虎に翼」の。

仕事で責任感はあるものの、やりがいを見出せずに悶々としている飛鳥、夢を断念し、絶望と孤独を抱えているひかり。飛鳥はひかりのために何かできないかと考え、小型の人工衛星を打ち上げる計画を立て始める。
30歳の現在地、宇宙に思いを馳せるどころではなく……
人工衛星って! いくらかかんのよ! と心の中でツッコミ入れたところで、劇中でもちゃんと厳しい現実を叩きつける。概算で1000万円はかかるわけだよ。でもへこたれない飛鳥、資金繰りはさておき(ある意味で楽天的)、天文部のもうふたりの消息を辿る。

SNSで見つけて、連絡をとったのは水原周。食品メーカーに勤め、加工食品の営業をしている。飛鳥は人工衛星を打ち上げる企画書を渡すも、周は即、断る。
「30になったら宇宙よりも考えなあかんこといっぱい出てくるやん? 現実見ていかなあかんやん?」
だよねー。13年ぶりに会ったのに、突然人工衛星の企画書を渡されたら、マルチか詐欺かエセ宗教か、って疑っちゃうわな。「彼がイタリアンのシェフで開業を目指しているから支えたい」と嘘をついて断る周のリアクションは至極まっとう。現実的でイヤなことはイヤとハッキリ言える周を演じるのは片山友希だ。
名バイプレイヤーといってもいい若手女優のひとりで、「セトウツミ」(テレ東)で、毒舌でツッコミの厳しい女子だが、好きな相手の前では声がめっちゃ小さくなるハツ美ちゃんを演じた頃から大好きだ。「トーキョーカモフラージュアワー」(テレ朝)ではヒロインの曽根ちゃんを好演、やることはやる、言うことは言う、去るものは追わずといったドライでクレバーな女性を演じたらピカイチなのだ。なので、周役は片山にドンピシャしっくり。

さて。天文部のもうひとり、木内晴子は大学生のときに妊娠し、子供を出産したものの離婚。市役所に勤めながら一人息子を育てるシングルマザーになっていた。演じるのは伊藤万理華。個人的に万理華も好きな役者で、「お耳に合いましたら。」(テレ東)で主演した頃からその活躍を楽しみにしている。「PORTAL-X」(WOWOW)や「時をかけるな、恋人たち」(フジ系)などのSFドラマでは感情を抑えた演技が秀逸だったし、「燕は戻ってこない」(NHK)ではヒロインの友人役で、色恋にも時間にもだらしないが、ちゃっかりしてるたくましい現代女子を好演。そんな万理華がシングルマザーの公務員を演じる。これはこれで適役に唸る。
結婚を念頭に人生設計を考えている周、仕事と子供のことで手一杯の晴子。そう、これが30歳の現在地。莫大なお金も費やす時間も大きい人工衛星なんかに関わってる場合じゃねーっつうわけだ。
ということで、木竜麻生・森田望智・片山友希・伊藤万理華と、演技がうまくて個性的な役者を揃えた点、途方もない宇宙への挑戦という非現実的な目標を大阪局ならではの現実的な目線で描く点が興味深くてね。

そうそう、高校時代の4人を演じる若手4人(飛鳥→田牧そら、ひかり→上坂樹里、周→白倉碧空、晴子→山下桐里)も、雰囲気と性質をきっちり継承している点が秀逸である。
たとえ叶わぬ夢でも、目標をもつと人は動く
飛鳥は「病気で宇宙に行く夢を断念したひかりのために」とは伝えず、ただ天文部の4人で打ち上げたいと話すも、なかなかにハードルは高い。そもそも忽然と姿を消したひかりに対して、周は怒りを抱えてもいた。

実は、ひかりは高校3年のときにがんと診断され、急遽治療することになって、誰にも言わずに姿を消したことがひかり本人から明かされた。そのときのがんは治癒したが、現在は二次がんを患っているという。飛鳥はカフェレストランで周とひかりを会わせて、13年間離れてしまっていた心の距離を縮めることに成功。しかもその場に、偶然晴子が息子を連れて訪れる……。
人工衛星計画ははたして実現するのか?! 難題山積みの展開ではあるが、日常で疲弊した飛鳥が人工衛星という目標をもつことで、俄然やる気スイッチが入る。会社と自宅の往復で楽しみややりがいを1㎜も感じていなかったのだから、たとえうまくいかなかったとしても人生にとってはプラスになるのでは?
4人+αで仲間や協力者が増えていく予感
さて、もうふたりほど気になる人物を。飛鳥が2回も乗り合わせたタクシーの運転手が舎人吾郎。演じるのは手練れの生瀬勝久。いろいろと話しかけてくるタイプの運転手で、飛鳥は得意ではないのだが何かご縁があるようだ。

また、月がきれいな夜にスマホで撮影していた男子がいた。なんと彼は飛鳥がよくいくカフェレストランロメットでアルバイトをしている大学生・金澤彗。演じるのは奥平大兼。もしや宇宙に興味あり?! 飛鳥たちの仲間になってくれる?! と期待させる空気を醸し出している。今週は鈴木杏が演じる人工衛星開発のスペシャリスト・和泉季子もいよいよ登場。いずれにしても少しずつ周囲に協力者が増えて(巻き込んで?)いくのではないかと思わせる。

最後に、どうでもいい話なのだが、このカフェレストランロメットがファミレスの割に、ちょっぴり昭和の匂いがしていいなと思う。店のロゴも昭和な書体がいい。赤い合皮張りのソファー席、席と席の間に人工観葉植物の垣根があり、ナポリタンにハンバーグなど王道の喫茶店メニュー。オーガニックを謳う気取ったカフェでも、高級レストランでもなく、ロボットが給仕する味気ないチェーン店系でもない。ボサノバとか星野源とかおしゃれな音楽も決して流れてこないし、人のよさそうな店長(杉森大祐)も含めて、すべて中途半端だからこその親しみやすさと居心地のよさが伝わってくる。そうそう、同級生が集うのはこういう店がちょうどいいのよね。ロメットでナポリタン食べたいなぁ、と思って終わる23時である。
ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。
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