9月29日から始まった連続テレビ小説「ばけばけ」。
主人公のモデルは、島根県・松江ゆかりの作家・いずみくもの妻、小泉セツです。2人の異文化を超えた絆と、偏見や先入観を持たず多様な価値観を受け入れる「オープン・マインド」の精神が、今、国内外で注目されています。八雲とセツのひ孫であり民俗学の研究者でもある小泉ぼんさん(64歳)が、2人の異文化理解と共生の考え方について語りました。

聞き手 北村紀一郎

この記事は月刊誌『ラジオ深夜便』2025年11月号(10/17発売)より抜粋して紹介しています。


当時としては珍しい「国際結婚」

──小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、アイルランド人の父とギリシャ人の母の間に生まれ、『怪談』や『知られぬ日本の面影』など、日本文化の本質を捉えた作品を数多く生み出したことで知られています。一方、妻のセツについてはあまり知られていませんが、どんな人だったのでしょう。

小泉 セツは明治維新の少し前に、松江の士族の娘として生まれました。当時は、士族が没落していった時代。セツの家も貧窮を極め、セツがはたりをして家計を支えました。そして23歳のとき、英語教師として松江にやって来た八雲と出会い結婚。妻としてのみならず、八雲文学のストーリーテラー(語り部)・アシスタントとして八雲の人生を支えました。

──八雲とセツが出会うまでの人生を見てみると、2人には共通点が多いんですね。

小泉 はい。八雲は4歳で母と生き別れ、16歳のときには左目を失明。赤貧生活を経験し、結婚にも1度失敗しているんですよね。セツもまた、幼くして養女に出され、八雲と出会う前に婿養子を迎えましたが離婚しています。それぞれつらい出来事を体験しているのは大きな共通点といえるでしょう。

また、2人とも物語が大好きで、他者に偏見を持ったり世間体を気にしたりしないところも響き合ったのだと思います。

──当時は国際結婚が珍しかった時代。セツにとって外国人の八雲と結婚するのにはかなり勇気が必要だったのではないでしょうか。

小泉 そうですね。当時はまだ「国際結婚」という言葉自体がなくて、外国人との結婚は「雑婚」と呼ばれていました。外国人の妻は「洋妾(ラシャメン)」つまり西洋人のめかけと蔑まれていた時代です。ただ、セツはそういったことを気にしていなかったようです。実母のチエも肝が据わった人で、最初の結婚の際、祝言の当日に夫が愛人と心中しても冷静に対応したそうです。セツも、そんな母の性格を受け継いでいるのかもしれません。

子どものころから外国人に対して偏見を持たずに育ったことも大きかったと思います。セツは幼いころ、軍事教練を見学していたときにフランス人の下士官ヴァレットと出会いました。ほかの子どもたちは初めて見る西洋人を恐れて逃げていく中、セツだけは逃げなかった。ヴァレットはセツの頭をなで、小さな虫眼鏡をくれました。セツは手記の中で「その出来事がなければ、後年、ラフカディオ・ヘルン(ハーン)と結婚することは難しかっただろう」と記しています。

※この記事は2025年2月28日、3月1日放送「今こそ知ってほしい八雲とセツの物語〜異文化理解と共生の考え方」を再構成したものです。


八雲とセツをつなぐ “ヘルン言葉”や、「耳なし芳一」「雪女」など八雲作品の魅力、作品に影響を与えたセツのお話の続きは、月刊誌『ラジオ深夜便』11月号をご覧ください。

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