松江でも随一の名家に生まれ、大勢の女中たちに囲まれて何不自由なく育ったみずタエ(北川景子)。明治時代になり、身分制度がなくなってからも武家の誇りを持ち続け、親戚である松野トキ(髙石あかり)に対しても武士の娘として礼儀作法などを厳しく教えていた。夫である雨清水でん(堤真一)との間には3人の息子がいたが、病死や出奔により、三男の三之丞(板垣李光人)が機織り工場を任されるものの何もできず、さらには夫・傳に先立たれて工場は倒産。親戚を頼って松江を離れたはずのタエが、戻ってきてものいになっているという衝撃的な展開に! そんなタエを演じる北川景子に、その心中や役どころについてなど話を聞いた。


死んだつもりで物乞いになって生きることにした

――第28回の物乞いをしているタエの姿は衝撃的でした……。

もしタエが1人だったら、物乞いをして恥をさらすくらいなら、自害した方がマシだと考えたんじゃないでしょうか。なぜ物乞いをしてまで生きているかといったら、三之丞(板垣李光人)がいるからだと思うんです。三之丞を野垂のたれ死にさせるわけにはいかないという強い意志があったから、一回魂を売るじゃないですけど、死んだつもりで物乞いになって生きることにしたんだと思います。

――すべては三之丞のためだったんですね。

とはいえ、最初は順応できずに、人に頭を下げることもできないんですけど。でも、物乞いをしないと、タエと三之丞は餓死するだけ。タエは雨清水家の人間として1人生き残った三之丞を立派にしたい一心なんですよね。三之丞を何もできない人間に育ててしまった親の責任も感じているんだと思います。

――でも、タエのそんな深い愛情が、三之丞にはあまり伝わっていないように感じるシーンもありました。

トキがタエの娘であることを知った三之丞に「手放した分いとおしくなるなら、だったら私もよそで育ちたかったです」(第3週15話)と言われたシーンですね。「ああ、そんなふうに思わせていたんだ」と、タエは親としていかに間違った育て方をしてきたかということを初めて目の当たりにしたんです。長男は跡継ぎだから厳しく育ててきたけれども、末っ子の三之丞は大事に大事に可愛かわいがってきたつもりだったから、そんな寂しい気持ちでいたと聞いた時にすごくがくぜんとして。今まで自分が正しいと思ってきたことが、偏った武家の中でしか通用しない考えで、そのせいで三之丞をこんなにも追い込んでしまったと。

そこから一生懸命、三之丞が大切だということを伝えたと思うんですけど、わだかまりがすぐに消えるわけでもなくて。そういう武家の人間として捨て切れない部分と、間違った形であれ、子どもに対して愛情を持っているタエのことを、私はすごく魅力的だと感じていて、そこを上手に演じられたらいいなと思っています。

――物乞いになりながらも、誇り高い女性であるタエを演じるのは難しくはなかったですか?

誇りを持ち続けるのはタダだから、誇りは持っておこうとは思っています。でも、もし物乞いをしている姿を傳さんが見たとしても、タエを非難したりはしないと思うんです。だって、三之丞が死んでしまったら雨清水家は途絶えてしまうので、家のためにも三之丞を生かさなければいけないですから。物乞いをしてみっともないかもしれないけど、タエは誇りを捨てないし、その誇りはどこかで三之丞にも持っていてほしいんですよね。自分が生きているうちに、三之丞をなんとか1人で生き抜いていける男にしたいという思いも親としてはあるのかなと思います。

――三之丞を演じる坂垣李光人さんとの共演はいかがですか?

彼がまだ10代のころに映画『約束のネバーランド』で初めてご一緒して、その時も私の息子役だったんです。李光人は細かく繊細なお芝居で最大限に役柄を表現できる方なので、後輩ですが学ぶところが多くて。彼は彼なりに三之丞の役柄をすごく深めていて、本当に三之丞として息づいている感じがします。役柄の関係性とも近いですけど、三之丞の今後がすごく心配で、このままだとタエも死んでも死に切れないという気持ちだと思います(笑)。

三之丞とタエのシーンは、三之丞の苦悩がテーマになってくると思うので、タエとしてもいつでも手を差し伸べられる距離感から見守っていたいし、とにかく三之丞が報われてほしいと思ってしまいます。私としても李光人のやりたい芝居を大事に受けて演じていけたらいいなと思っています。


もう朝ドラには縁がないと諦めていましたので驚きました

――今作が朝ドラ初出演ですが、まずは出演が決まった時の心境からお聞かせいただけますか?

もう朝ドラには縁がないんだろうなと思っていたので、お話をいただいた時はすごく意外で、「朝ドラですか!?」と驚いたんです。詳しく伺ったら、大河ドラマ「どうする家康」(2023年)でご一緒した演出の村橋(直樹)さんがぜひとおっしゃってくださっているということだったので、なるほど、そういうことか、と。

若い頃は朝ドラに出たくて出たくて何度もチャレンジしていましたし、1度ご一緒した監督がまた声をかけてくださることはすごくうれしかったです。ただ、今はまだ小さい子どももいて、大阪での撮影となると、家庭と両立できるかを悩んでしまって……。それで、夫やお互いの両親に相談したら、「もう絶対出てほしい! 出られるためだったら協力する」と言ってくれたので、出演できることになりました。

――村橋監督からは、こんなふうに演じてほしいというリクエストはあったのですか?

何にもないですね(笑)。「どうする家康」の時もそうだったのですが、村橋さんはあまりこうしてくださいとかをおっしゃらない印象があります。私はお市とお茶々の2役だったので、どうしようかなと思ったのですが、特にリクエストはなくて。ある意味、本当に役者を信用して任せてくださる監督なんだと思います。今回のタエさんについても、史実についてはしっかり説明してくださいましたが、演じ方は私に任せてくださいました。全然何もおっしゃらないので、こちらから聞きにいくこともありました。

――最初に脚本を読んだ時の印象はいかがでしたか?

脚本のふじきみつ彦さんは、ずっと「みいつけた!」(Eテレ)で夫がお世話になっていた方です。ふじきさんの脚本はすごく面白くて、真剣にやるところはやるし、笑わせるところは笑わせる。「ばけばけ」ではコメディ要素がふんだんに出てきますが、描くべきところは深く描いて、跳ねるところは跳ねているから、すごくバランスがいい本だなと感じました。自分が出ていないところもすごく楽しく読ませていただいています。

――北川さんが演じるタエは身分制度が廃止されても、いまだお姫様のような暮らしを続ける女性です。演じられてみて、タエという女性の魅力はどんなところにあると思われましたか?

タエはずっと武家の姫として生きていくはずで、そういう教育を受けて育ってきた人だから、雨清水家の人間であるという誇りや、武家の娘として父親や夫の支えとなって家を守っていくことへの責任をすごく強く持っているんです。ただ、今までは家の象徴的な存在であり、身の回りのことも子育てもすべて人に任せてきたので、生活能力がまったくなく、路頭に迷ってしまうわけです。

タエとしては、誇りを捨ててお金を稼いでくださいと言われるのは、死ねと言われているのと一緒で、そういう誇り高さは彼女の魅力の1つだと思っています。あとは、子どもたちそれぞれが可愛いのにうまく愛情を伝えられず、親としてのしゃくを感じるシーンも多いので、そういう母親としての部分がきちんと見えるように演じたいですね。1番上の子が後継者、次男はそのスペア、三男である三之丞はさらにそのスペアというふうに接してしまっていたことに対する反省が、今後タエにはずっとつきまとっていくのかなと感じています。

――演じられる際に役作りで心がけていることはありますか?

すごく面白い台本なので、最初に読んだ時の感情のまま演じたいと思っています。読み込みすぎて裏側まで考えてしまうと、見ている方に伝わらなくなってしまいますから。それと、雨清水家の人間だったという誇りは最後まで捨てずにいたいですね。


トキとのシーンは距離感がすごく難しいと感じています

――三之丞たち息子に対する思いの一方で、タエはトキの実の母でもあります。トキに対してはどんな気持ちを持っているのでしょうか。

あの時代は家を絶やさないことが1番大切になります。もう松野家の子どもとして割り切れているというか、育てていただく以上は信用してお渡しして、それ以上は口出ししないのがルールなのかなと思っています。当時は家を途絶えさせないために、子どもができない家に子どもを渡すのが当たり前と聞いています。もちろん、寂しいとか、そばに置いておきたいというような思いはあるんでしょうけど。時々トキの前に現れて、「本当のお母さんは私だよ」みたいな空気を出すのはダメだと分かっているので、それだけはしないようにと思っています。

――ここまで撮影して印象に残っているシーンはありますか?

初めて登場するシーンは朝ドラというより、1人だけ大河ドラマをやってるみたいな感じがして面白かったですね(笑)。あとは、やっぱりトキちゃんとの距離感っていうのがすごく難しいと感じています。最初のお見合いの後、タエがトキに松野家を出ることを提案してきっぱりと断られるシーンは、印象に残っていますね。「みんなで幸せになって初めて幸せ」と言える子に育ってよかったなと思う一方で、このまま貧乏な松野家にいる苦労を選ばなくてもいいんじゃないかと言いたいけど言えないでいる。トキに対しては言葉にできない思いがたくさんあるんだけれど、それをどれだけ表情に出すかがすごく難しいですね。表現しすぎてもダメだし、そういう葛藤がまったく見えなくても、見ている方は「この人は何を考えてるの?」と思うだろうし。

――第3週第14回で、タエとトキがしじみ汁を一緒に作るシーンも難しさがあったのですか?

そうですね。一緒にしじみを洗うシーンはすごく楽しいんですけど、楽しみすぎたらダメって自分を律する、みたいな気持ちでした。コミカルなシーンだから振り切って楽しんでやらないと成立しないのに、あんまり楽しむと、タエのトキに対する思いが後戻りできなくなるんじゃないのかな? と思ったりもして、その加減がすごく難しかったです。タエに未練がましさみたいなものが見えてしまうと、ちょっと話が変わってくるじゃないですか。だから、トキちゃんとのシーンは全部難しいですね。


タエと傳はお互いをリスペクトし合っていた夫婦

――堤真一さんが夫の傳を演じていましたが、堤さんとの夫婦役はいかがでしたか?

堤さんがご出演されているドラマを見て育ってきた世代なので、最初は「私が妻役?」と、信じられないという気持ちだったんですけど、実際にお会いしてみると、堤さんって若々しくて、ずっと印象も変わらないし、夫婦役ができて光栄だなと思いました。同じ関西出身で地元も近いので、安心感があって、撮影の合間にいろんなお話をさせていただきました。現場でも分け隔てのない方で、私たちのような後輩やスタッフの皆さんとも対等に接していらして、それが本当にかっこいいんです。そういう俳優に私もなりたいと思わせられる方ですね。初めてお芝居をご一緒したのですが、堤さんのおかげですごくスムーズで、自然と長く連れ添った夫婦になれたような気がしています。

――でも、タエが「傳」と呼ぶのは、さすがタエ様だなと感じました。

たぶん、私の方が家の格が上だったので、結婚前の呼び方が時々ポロッと出ちゃうんでしょうね。でも、家が決めた結婚というより、タエは傳さんのことを心からリスペクトして愛していると思って演じていました。傳さんには長生きしてほしいし、亡くなってほしくもないし、夫婦として対等であったと私は思ってはいます。

――最後にご自身の役柄の見どころを教えてください。

登場した時は“豪華すぎる叔母”という感じで(笑)、1人だけ着物も引きずっていましたが、ちょっとこれから苦境に立たされる予感がしています。やっぱり人間は危機に直面した時の生き方がすごく大事だと思っているので、そこで諦めてしまうのか、諦めないのか、自分と向き合うことから逃げるのか、向き合うのか、タエという人がどう生きていくのか、どう変わっていくのか、その変化を見守っていただけたらと思っています。いずれにせよ、最後まで尊厳だけは失わないで生きたいので、そのあたりに注目していただけたら嬉しいですね。