連続テレビ小説「ばけばけ」のヒロイン・松野トキ(髙石あかり/幼少期は福地美晴)を幼い頃から見守り続けている親戚の雨清うしみずでん。松江藩に名をはせる上級武士で文武両道のエリートでいて人格者、時代の変化をとらえて前に進もうとする先進性も兼ね備えている。雨清水傳を演じる堤真一に、傳という人物像や撮影時の話などを伺った。


自ら髷を落として、やったことがなかった商売を始めた、いわば革新派

──朝ドラへのご出演は「マッサン」(2014年)以来ですね。

そうなりますか。でも、何より、NHK大阪放送局に通っていることに感慨がありますね。実は、ちょっとしたご縁がありまして。建物自体は建て替えられてしまったんですが、僕が20代の頃に初めてオーディションに通ったのがこちらでした。つまり、初めて俳優としてちゃんとテレビに出演したのが、大阪制作のスペシャルドラマ「橋の上においでよ」(1987年)だったんです。だから、懐かしいですし、なんだか落ち着くんですよね。

──今回演じる雨清水傳という役について、どんなキャラクターだととらえていますか?

そこそこの武家であるにもかかわらず、自らまげを落として、やったことがなかった商売を始めた、いわば革新派。ああして大きなこうをやっているわけですから、それなりの元手はあったのでしょうが、「武士」が、それまではどちらかというと少し見下していた「商人」になるのは難しいし、勇気がいったことだったと思うんです。でも、そうでもしないと生きていけない時代だった。そんな時代に前向きに立ち向かっていく人です。

とはいえ、トキの父・つかさすけ(岡部たかし)さんみたいに、始終明るく、って感じでもない。武士道というものを全く忘れた人ではないと思うので、そこははしゃぎすぎずにやっています。ある意味、置かれた立場は同じなんですけどもね。

雨清水家の格や品位みたいなものは、北川景子さん演じるタエさんにお任せしておけばいいと思っているので、あまり意識はしていないんですけど、やはり松野家と雨清水家の違いは出さなくちゃいけないとは思っています。でも、セットが素晴すばらしいですから、いやでもその差は感じられているのではないでしょうか。

──妻・タエとの関係について、タエからは「傳」と呼び捨てで呼ばれていますが……。

そうなんですよ。僕も最初、台本を読んであれ? と思いました(笑)。それで監督にお聞してみたら、家柄の違いで、そこはどうしても……、ということで。タエさんの実家のほうが、武士の階級としては上なんですね。

まあ、僕も若い時にお世話になった殺陣たての先生のことはいつまでたっても「先生」と呼んでしまうし、大先輩である佐藤浩市さんの前では直立不動になっちゃう。もう変えられないんですね、体がそう反応してしまう。だから傳も、そうなのだろうと理解しています。なので、仕事をしている時には明治の時代を生きる人、でも奥さんといる時は江戸時代の感覚。傳は、この2つの面を持ち合わせてもいるんです。

──トキにとって傳は「親戚のおじさん」ですが、傳はどんな目でトキを見ているのでしょうか?

傳には息子が3人いますが、娘はいない。男に対しては武士道精神的に接しがちというか、ああだこうだ言わず、「俺の背中を見ろ」という態度を取っているわけですが、女の子にはそうはいかない。親戚とはいえ、とてもかわいいのだろうと思いますね。

実際、僕には娘が2人いるのですが、もし息子だったら……、もっと厳しく接していたかもしれない。これからの時代は、男だから、女だからと言っている時代ではないと思っていますし、娘にも「女の子だからこうしなさい」と言ったことは一度もないけど、もし男だったら「男なんだからくよくよするな」みたいなことは、言ってしまったかもしれないなあ、と……(笑)。


時代の大きな変化に翻弄されながらも、楽しく生きていこうとする

──トキを演じる髙石あかりさんについての印象はいかがですか?

エネルギッシュという言葉がぴったりですね。笑顔も素敵すてきだし、人との距離を縮めるのも上手で、トキそのものだなと思っています。当て書きなんじゃないかと思うくらい。朝ドラのヒロインというのは、どうしてもステレオタイプになりがちだし、ドラマとしても悲劇は悲劇として描くところがあると思うんですけど、今回はちょっと違う。なぜか悲劇以上に、それを乗り越えていく姿に力をもらえるんですよね。髙石さんはそんな本作にぴったりのヒロインだと思います。

それはトキだけではなくて、「ばけばけ」の登場人物みんなに言えることで、時代の転換期で、時代の大きな変化に翻弄されながらも、強く生きていこうとする。しかも、楽しく生きていこうとする。何が正しいとか、正しくないとかではなく、必死に、楽しく生きていく人々のお話なのだと思っています。

──これまでで印象に残っているシーンはありますか?

シーンというよりも、美術、セットに毎度感動しています。雨清水家のセットも、まるで大河ドラマみたいで。この時代を再現するのは、実は難しいのではないかと思うんです。江戸時代と明治のはざま。その分、見応えもありますよね。工場のセットもすごく好きです。機織り機も本物ですし、俳優さんたちもちゃんと機織りの動作をできるように練習しているので、撮影中は、本物の工場にいるようです。

セットがしっかりしていると、自分の役作りにもとても助かります。どれくらいの規模の工場なのか、家もその作りから家柄がわかる。長屋暮らしのトキが来るたびにびっくりして羨ましがるようなお屋敷で、そこでお茶を習ったり、三味線を習ったりというのも、この家の中に立ってみるとしっくりくる。ああ、こういうことかというのは、衣装やセットに大いに助けられていますね。

あと、照明も素晴らしいんですよ。「陰翳礼讃いんえいらいさん」という言葉が浮かんでくるほど。ただ照明をガンガン当てるのではなくて、あえて暗いところは暗く。そんな朝ドラは珍しいでしょうね。実際、日本家屋の中は、昼間であっても本当は暗いんです。窓から、斜めの光しか入ってこないのでね。そういう部分をうまく表現するような照明をやっていたんじゃないでしょうか。そんなこだわりにも、ぜひ注目していただきたいですね。