NHK財団では2018年度以降、JICA・国際協力機構の委託を受けて開発途上国などのメディア関係者を対象とする研修、「民主国家におけるメディアの役割~情報へのアクセスと権力監視」を実施している。

2025年度はフィジー、ガボン、グレナダ、コソボ、モンゴル、セルビア、シエラレオネ、モルドバ、南スーダン、ウクライナの計10か国から14人のジャーナリストや情報当局関係者らを迎えて11月13日~28日の期間、東京や沖縄で様々さまざまなプログラムを実施した。以下、今年度の研修についてご紹介する。


沖縄で基地と戦跡をめぐり、自国に思いをはせる

“イチャリバ・チョーデー!”。2泊3日の沖縄研修の懇親会。駆けつけて下さったNHK沖縄局副局長の音頭で14人の研修員全員が高々とさかずきを掲げた。これは「行き会えば(イチャリバ)、兄弟(チョーデー) 」、一度でも出会った人との絆を大切にするという沖縄の心を言い表す言葉である。研修員たちはそれぞれ宗教も食習慣も様々なため豚肉料理や泡盛が欠かせない沖縄での宴には内心かなり不安だった。しかしフタを開けてみれば、全員が喜々として沖縄名物のカチャーシーを踊ることとなった。

カチャーシーを踊る沖縄の夜

こう書くと沖縄に遊びに行ったのか? と疑われそうだが、昼間は沖縄局りすぐりの講師陣による「米軍基地」「沖縄戦80年」「沖縄局の役割」についての講義と施設見学、そして基地や戦跡の視察など濃密なプログラムをこなした。アメリカ軍普天間基地を見下ろす高台では、軍用機の爆音がとどろきわたり、ウクライナからの研修員は自国で続く戦争を思い出し手が震えたと語った。沖縄戦の悲劇を伝える平和祈念公園では、内戦を経験したシエラレオネの研修員がひっそりと涙を拭っていた。沖縄を訪れることは外国の人たちにとっても知的関心と感性の両方に訴えかける経験になるのだと感じた。

沖縄で戦跡を見学

フェイクニュースや偽・誤情報とどう向き合うかは各国で課題

東京での研修は計20コマに及ぶセッションで構成した。NHK内外の講師陣による講義は多岐に渡ったが、常に話題に上ったのはネットメディアやSNSの隆盛、それに伴うフェイクニュースや偽・誤情報の蔓延まんえんに対してテレビやラジオなど「オールドメディア」がどう役割を果たすかという問題だった。例えば選挙報道であればSNS情報によって結果が大きく左右される事例、災害報道であればデマ情報で円滑な救助活動が妨げられる問題。特に国境を越えた情報工作の問題は、ロシアの情報戦にさらされるウクライナ、モルドバを始め多くの研修員の関心を集めた。グループ討議では、自由で健全な情報空間をどう守るかをテーマに真剣な議論が交わされた。

教育番組コンテンツの国際コンテスト、「日本賞」の審査会場にもお邪魔した。会場では研修員が作品の視聴に加えてフロアで他の参加者と意見を交わす。アメリカ入国を目指す中国系移民の苦難の旅路を描いた作品を見た南スーダンの研修員は、同じテーブルの参加者に内戦で故郷を追われた自らの体験を語っていた。ディープフェイク・ポルノの被害女性を描いたもう一つの作品は、まさに今回の研修員たちの関心に合致するものだった。


期間中は好天に恵まれ風邪をひく研修員もなかった。ウクライナの研修員は大相撲・安青錦あおにしきの優勝に歓喜し日本で平和を満喫したように見えた。沖縄では夕方や早朝にビーチで泳ぐ強者つわものもいた。

皆よく学び、よく遊び、研修員同士の交流も活発だった。しかし報道の自由をめぐる状況は国によってまちまちで取材や情報へのアクセスが容易でない国もある。そんな悩みを口にした研修員に講師の一人は、「他国のジャーナリストと連携することで道が開けることもある」とアドバイスした。今回の研修はまさにそのきっかけを提供できたのではないか。研修員たちが“イチャリバ・チョーデー”の緩やかな絆を生かし世界各地で「自由な情報空間」の担い手となることを願っている。

(取材・文/NHK財団 国際事業本部 尾原徹)