田沼意次と松平定信。昨年放送された大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺」では物語の中心にいたふたり。政敵であり、水と油のライバル……、そんな風にくくられてきたふたりの関係。さらには、意次はワイロ、定信は堅物で江戸を暮らしにくくした張本人といった悪いイメージがつきまといます。
そんなふたりの真の姿に迫るトークショーが1月12日、意次の地元、静岡県牧之原市・「相良総合センターい~ら」で開かれましたので、その模様をレポートします。
出演は、芸能界随一の歴史通にして、筋金入りの大河ドラマファン、松村邦洋さん。NHKのラジオ「DJ日本史」で松村さんと長年にわたってコンビを組む、歴史タレントの“ほーりー”こと、堀口茉純さん。定信のおひざ元、白河市歴史民俗資料館・副館長の内野豊大さん、そして、地元からは牧之原市史料館の学芸員、長谷川倫和さん。司会は「まんまる」(ラジオ第1)など、NHKの番組でおなじみ、NHK財団の松尾剛アナウンサーというメンバー。エンタメとしてもアカデミックな面からも期待が高まります。

口火を切ったのは堀口さん
「実は、私、理想の結婚相手が田沼意次なんです!」え……、場内がざわめきます。
「『べらぼう』のずっと前から、そう言い続けていたら、生誕300年をお祝いする『田沼意次侯生誕300年記念大祭(2019年開催) 』にも牧之原市から呼んでいただいて、意次の妻役で行列に参加したんです」
意次のしっかりとした経済政策とその手腕が魅力とのこと。
しかも、堀口さん、「初恋の相手は沖田総司です」。会場、またしてもざわつきます。これは、筋金入り! ですね。
意次=わいろ?
一方、「渡辺謙さんが演じて、意次のイメージがずいぶん変わりましたよね」と当人の絶妙なモノマネ入りで松村さん。会場のみなさんも笑いながら、大きくうなずきます。
「地元でも、意次のことは悪徳政治家として、必ずしも誇れる存在でありませんでした」と話すのは牧之原市の学芸員、長谷川さん。「昭和50年代~平成、令和にかけて、再評価が進み、いまでは胸を張れるまでになりました」
それでも、やっぱり、意次と言えば、わいろ。松村さんは「小学校でも中学校でも、先生から意次は悪い人、わいろの人だと教わりました」と記憶をたどります。
でも、「べらぼう」を見た限りでは、私利私欲の人というふうには見えませんでしたよね。
松尾アナ「実際のところはどうなんでしょうか」
長谷川さん「“わいろ”は当時の武家社会では、いわば当たり前のことでした。意次だけが特別だったわけではありません」
なるほど……。
長谷川さんが続けます「老中には給与がありませんでした。領地収入から役職の経費を捻出していたし、“わいろ”がないと老中としては、かなり苦しいことになるのです」
松村さん「わいろは、挨拶のようなものだったのでは。ぼくもモノマネする人にはお中元を贈りますよ。たけしさんに贈ったら、とたんに“松村、あれはモノマネうまいね”」
会場爆笑!
堀口さん「社会通念が違いますよね。特に、意次は来客が絶えなかった。人の話をちゃんと聞く人だったのではないでしょうか」
長谷川さん「意次はまわりのバランスを気にしていた人だった。現実を見て、幕府の財政を支えようとした“実務家”ということが言えます」
定信=堅物?
松尾アナ「一方、定信と言えば、融通の利かない堅物、といったイメージですが」
内野さん「老中というと経験豊富な40~50歳を想像して、その年齢で融通が利かない政治をしたと考えられ、堅物のイメージに繋がったと思います。定信は老中になったのが、いまの基準の満年齢だと28歳。そんな若い彼が幕府役職の経験や人脈がないままにトップに就き、理想を目指し色々な人の顔を立てずに突っ走ってしまったと考えると少しそのイメージが変わると思いませんか? ただ、理屈っぽい部分もあったのが堅物というイメージの要因でしょうか」
松村さん「『べらぼう』の井上祐貴さん、かっこよかったですね。最後は、アベンジャーズみたいに、みんなで集まって治済を倒そうとしたという。でも、定信が正しいことをちゃんと言う、貫くって格好良いですよね!」

堀口さん「定信は、一点の曇りもない、きれいな水といったイメージです。意次の経済政策の一部を実は定信も受け継いだ。良いことは良いときちんと評価できる人だったと思います」
松村さん「イメージと違って、文化も愛していますよね」
内野さん「定信は源氏物語の全巻を7回も写したと言われています。古典文学も大好きだったようです」
地元では?
松尾アナ「ふたりの地元での功績を教えてください」
内野さん「白河での定信の功績に絞ると、・天明の飢饉で東北地方が深刻な被害を受けたため、定信は領地の農村復興、殖産などに力を入れた。・高校野球で有名になった“白河関”の場所を特定した。・身分の違いによらず、だれもが楽しめる(今でいう)公園をつくったことなどがあげられます」
長谷川さん「意次の場合は、まずは、相良城と城下町をつくったことはとても重要な点です。相良城は当時としては大城郭。街並みも整備されました。これは相良に大きなインパクトをもたらしました。次に、「田沼街道」。人名がついた街道って珍しいですよね。東海道と結んで、物流に改革をおこしました」
松尾アナ「地元では、ずっと評価されてきたのでしょうか」
長谷川さん「意次の顕彰運動はとても小さなものでした。しかし、研究が進み、昭和50年代から~2019年の生誕300年祭にかけて、ぐっと評価が高まりました。そこからは“奇跡”ですよね、『べらぼう』の渡辺謙さんにつながるという。やっと胸が張れるようになりました(笑)」
蔦重と意次、定信
松尾アナ「蔦屋重三郎にとって、意次、定信はどのような存在だったと考えますか?」
堀口さん「蔦重にとって意次と定信のふたりは“アメとムチ”のような存在だったのでは。田沼時代がなければ、時代の寵児としての蔦重は存在していなかったと思います。そして、定信の締め付けがあったからこそ、蔦重は新しい表現を生み出したのでは。定信もまた、蔦重にはなくてはならない存在だった」
松村さん「蔦重など文化人たちを向上させたのが意次。でも、厳しい定信の時代も蔦重たちには良い“修行”だったのでは。片や、蔦重を強くしたのが定信。応援する人と、厳しい人とが蔦重をつくった。まさに鬼に金本、あ、金棒ですね」(笑)
会場の熱気に押されて、あっという間に時間が過ぎてしまったトークショーの模様をダイジェストでお送りしました。
大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の放送は終わりましたが、田沼意次と松平定信はますます興味を引く人物として、これからも様々な角度から研究され、語り継がれてゆきます。
牧之原市史料館 – 牧之原市ホームページ
おすすめ観光コース | 白河市公式ホームページ
※ステラnetを離れます
(取材・文:平岡大典[NHK財団])
(取材協力:牧之原市、牧之原市史料館、白河市歴史民俗資料館)
(写真提供:牧之原市)
ご紹介したトークショーは牧之原市の主催で「牧之原市制施行20周年」の記念イベントとして行われたものです。NHK財団は演出を担当しました。
NHK財団では大河ドラマや連続テレビ小説のご当地のみなさまとともに、冊子やポスター、イベントなど様々なコンテンツを制作しています。