美濃みのの大名・斎藤道三(麿赤兒)の孫であり、竹中はん兵衛べえ(菅田将暉)や美濃三人衆といった優秀な家臣に恵まれていた斎藤龍興は、美濃を狙う織田信長(小栗旬)に徹底抗戦する。演じる濱田龍臣は、龍興をどのような人物だと受け止めているのか。16年ぶりの大河ドラマ出演となる濱田に、龍興役にかける思いを聞いた。


龍興の心にあるのは、己の力で祖父・道三を超えたいという思い

――「龍馬伝」(2010年)で坂本龍馬(福山雅治)の少年時代を演じて以来の大河ドラマ出演ですが、斎藤龍興役として出演が決まったと聞いたときのお気持ちは?

純粋に、うれしかったです。今回はオーディションを受けて決まったので。また16年ぶりの大河出演ということもあって、身が引き締まる思いがしました。何より、今回も自分の名前と同じ字を持つ役をやらせていただけることが、とてもうれしかったですね。
龍臣という名前は、歴史が大好きな父が、歴史上の人物でいちばん好きな人物である坂本龍馬から「龍」の字をもらってつけてくれました。この名前で25年間生きてきたので、名前と縁深い役というのは、それだけでうれしくなります。ただ、龍興たつおき龍臣たつおみで自分でも混乱しそうだなぁ、と思うところはありました(笑)。

――演じるにあたり、龍興について下調べはされましたか?

インターネット上で見つけられる知識は一とおり頭に入れて、衣装合わせの日にプロデューサーや演出の方からお話をうかがいました。龍興を取り巻く人物相関図と美濃周辺の地図を見せていただきながら、「稲葉山城はここにあって、この辺にこれがあって、軍勢の動きはこうで」など。そこから龍興の胸の内を理解しようと、例えば祖父の道三や父の義龍よしたつ(DAIGO)が亡くなり、若くして家督を継いだ龍興が直面した困難について想像を膨らませ、なぜ部下に見限られる状況に陥ったのか考えを深めるようにしました。

ただ、歴史ものが難しいと思うのは、結局“解釈”になってしまうんですよね。事実をもとにしていても、いろいろな人の解釈をもとに人物像が確立されていくので、どこまで自分なりに解釈を広げていいんだろうか? という点には悩みました。

――濱田さん自身は、龍興の人物像をどのように“解釈”されたのですか?

美濃という土地に生まれて、偉大な祖父がいて、そこで見聞きしてきた積み重ねが龍興を作ったように思います。
龍興には目に見えないプレッシャーやコンプレックスがあったのではないでしょうか。生まれたときから斎藤道三という名前が呪いのようについてまわって、なんとかそれを振り払いたいけど、振り払うすべがわからないまま、父の急死で若くして当主になってしまった。美濃を守りたい、自分の力で祖父を超えたいという覚悟や信念を持ってはいても、それを行動で示す前に「道三」という名前を出されてしまうから、条件反射のように堪忍袋の緒が切れてしまうんですよね。

僕自身も演じながら「なぜ、こんなに強がってしまうんだろう?」と思うことがあるのですが、強がらざるをえない、弱みを見せることが難しい立場だったんだろうな、と想像します。


演じながら「なんて嫌なやつなんだろう」と自分でも思っていました

――演じていて、特に印象的だったシーンはありますか?

第9回で「竹中半兵衛を殺せ」と言っているシーンは、本当に嫌なやつだなと自分でも思いました。陣卓を囲んで話をしている中で、当然のように「盟約など破ってしまえばよい」と言って美濃三人衆をざわつかせ、かと思えば「見て見ぬふりをしたのか?」と安藤守就もりなり(田中哲司)を問い詰めていく。その時点で、すごく嫌じゃないですか(笑)。裏切れだの、殺せだの、物騒なことしか言わないやつで。戦国時代だから、物騒な世の中ではあるんですけどね。

あのシーンの時期、史料をみると美濃三人衆ともうひとり家臣がいて、能力的には上席にいるはずの守就が、いちばん下まで下げられているんですよ。その史実からも、半兵衛のことで「気に食わない」と思った龍興が、守就をどう扱ったのかがわかるんです。立ち上がって守就の真横まで行き、憎たらしく皮肉も言いながら彼を“詰める”のですが、守就役の田中さんには申し訳ないと思うくらい嫌な口調で、あんなに人に顔を近づけてしゃべることはないな、と思うぐらいまで顔を近づけながら……。ご覧いただいている方に「なんて嫌なやつ、とっとと負けてしまえばいいのに」「これは三人衆も裏切るよな」と思っていただけるように演じました。

――第8回の「墨俣すのまた一夜城」でも、守就に「出来上がる寸前で、その夢を根こそぎ奪うのじゃ」と言っていましたね。

いきなりさいの河原の話を始めて、まんじゅうを積み上げては倒して遊んでいるんですよね。それも何だか嫌だなぁ、と思っていて。「食べ物で遊ぶなんて!」という気持ちが、僕にもあるわけですよ(笑)。自分でも「こいつは本当に嫌なやつだなぁ」と思いながら、セリフをしゃべっていました。

――でも、そこまでヒール(悪役)に徹したお芝居をすることで、逆に爽快感があったりもしませんか?

ちょっと、楽しかったですよ(笑)。誰かをどなりつけるなど、龍興は導火線が短い人なんだろうな、というのを感じていて、脚本のセリフも語尾に「!」がついていることが多かったので、そこは振り切って、いろんな人をどなりつけました。それが視聴者の皆さんの心に残って、例えば墨俣のとりでが出来たことで「ああ、慌てているな。ざまあ見ろ」「お前のせいじゃないか」と感じていただくことがいちばん大事なヒール、作中の敵としての役割だと思っています。

主人公と敵対している役って難しくて、ただの悪人一辺倒にはなりたくないけれど、何か理があるようにかっこよくしすぎてもいけない。その塩梅あんばいを探っていく中で、それでも「嫌なやつだ」と思われるように、リハーサルのタイミングで演出陣とお話ししたり、共演する皆さんのお芝居を見ながら、「こういう感じなら、こういう方向性に持っていけるだろうな」と探り探りです。でも僕自身は、それも結構楽しくやらせていただいています。


小一郎と藤吉郎の不思議な関係性が面白い!

――この「豊臣兄弟!」の脚本を読んで、濱田さんはどんな印象を受けましたか?

登場人物一人一人のキャラクターがすごく立っていると思いました。小一郎(仲野太賀)と藤吉郎(池松壮亮)の、お互いに信頼し合っているけれど、単純ではなく、何か思いを抱えているような不思議な関係性がすごく面白い。先日、おふたりと一緒のシーンがあって、「ああ、こういう感じで物語が転がっていくんだな」と、脚本を読んだ印象におふたりの雰囲気がピタッとはまった感じがしました。
そのとき仲野さんが「(池松さんと)ふたりであることが心強いんだよね」とおっしゃっていたんです。カメラの前以外でも兄弟のように支え合いながら、いい作品を作るために、そしていい世を作るために、ふたりが並行して走っているような気がしました。

――個人的にお好きなシーンは?

龍興のシーンではないのですが、おけ狭間はざまの戦いの後、小一郎が信長のきんじゅうになる話をきっぱりと断るシーンは「面白い!」と思いました。小一郎の覚悟と信念が決まった瞬間で、巨大な壁である信長に自分の思いを真正面からぶつけるのを見て「おおー!」と鳥肌が立ちました。小一郎が断って「じゃあ、ここからどうなっていくの?」と思った直後に「銭をくれ」と。そこで銭なのかー! みたいな(笑)。その落差がかっこよかったし、調子に乗るわけでもなく、「変わらないんだな、この人は」と思わせてくれるのがすごく好きで……。「たられば」になってしまうけれど、もしも近習になっていたらどうなっていたんだろう? と気になってしまうくらい、インパクトが強いシーンでしたね。


もう存分に嫌っていただければ幸いです!

――稲葉山城の陥落で龍興は敗走することになりますが、“歴史のif”として、龍興が最後まで半兵衛を信じて彼を大事にしていれば、結果は違っていたかもしれないと思ってしまいます。

そうですよね。ただ龍興の気性というか、かつて確執があったことに引きずられてしまった。道三のこともずっと引っ張っているし、そこの折り合いをつけることができれば、半兵衛に対する態度も変わっていたかもしれません。すごく「たられば」がある人だなと思います。

――史実から考えると、龍興はまだドラマに登場することになりそうです。今後の撮影にあたっての意気込みは?

大河ドラマという大きな作品に参加させていただいて毎日緊張しながら撮影に臨んでいます。自分なりにではありますが、小一郎、藤吉郎、そして信長とたいして恥ずかしくないような斎藤龍興像を作っていければと思っています。脚本に描かれている龍興は人間っぽくててきなキャラクターなので、存分に嫌っていただければ幸いです!