松野トキ(髙石あかり)の生家・雨清うしみず家の三男で、トキの実の弟にあたる雨清水さんじょう。母・タエ(北川景子)には「社長になった」とうそをつき、トキの女中としての給金から毎月10円をもらって生活していたが、トキとレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)の結婚により、隠し事のない親子として新たな一歩を踏み出した。第94回では、三之丞が荷卸しの仕事を始めたことが明らかに。わずかながら、その稼ぎをトキに渡す場面では成長が感じられた。
そんな三之丞を演じる板垣李光人に、朝ドラ出演の反響や三之丞の心境の変化などについて話を聞いた。


みなさんの三之丞のキャラクター分析や考察が興味深い

──「ばけばけ」で三之丞役として出演したことで、周囲の反響はありましたか?

ほかの仕事の現場でも、いろいろな方から「見てるよ」とか「水かけられてたね〜」とか、声をかけていただくことが多くて、改めて朝ドラのすごさを実感しています。

あと、視聴者のみなさんの反響にも驚きました。三之丞は、すごく繊細で複雑な感情を持っているキャラクター。その人物像をどう表現するか、日々悩みながら芝居をしているのですが、どうやら、みなさんはもっと自由に、三之丞のキャラクター分析や考察をされていて……。「実はこんなことを考えているんじゃないか」とか、「お金を受け取っておきながら頭を下げないのはなぜか?」とか。とてもありがたいですし、興味深いなと思っています。人々の頭の中で、だんだん話が広がっていくところが、ちょっと「怪談」みたいだなとも思いました(笑)。

──確かに、考察しがいのある行動が多いような気がします。振り返ると、第7週第34回では、本当はトキ(髙石あかり)から10円をもらっているのに、母・タエ(北川景子)には「社長になった」と嘘をついていましたね。

トキは三之丞に、「これは亡き父(雨清水でん・堤真一)から預かっていたお金だ」と言いました。物乞いと寺の住職からいただく施しでどこまで暮らし続けられるのか、生きて冬を越せるかもわからない……。そんな時に、渡された大金です。ありがたくはあるけれど、唐突すぎて驚いたでしょうし、そもそもトキが言ったことが本当なのかもわからない。もし本当だとしたら、なぜ父は自分ではなくトキに預けたのか? そんなプライドも刺激される。三之丞には、さまざまな葛藤があったと思います。

でも、ろくに食べていない状態では、きっと頭も十分に働かない……。そんな中で、母に言った「社長になった」という言葉は、いわば極限状態で出てきたもの。意識的についた嘘ではないんじゃないかと、僕は思っています。言ってみれば、彼にとってそれは嘘ではなく「本当」なんですよね。いや、客観的には嘘をついていることに変わりはないんですが(苦笑)。そんなつらい彼の状況がよく表れた行動なんです。

だから、演じていても、嘘をついている後ろめたさのような感覚はありませんでした。ただ、その分、表現が大変ではあって……。そのあたりが視聴者のみなさんの考察につながっていったのかもしれないですね。

──母・タエを演じる北川さんとのシーンで、特に印象的なシーンはどこでしたか?

たくさんありますが、タエがその場にいなかったシーンで、逆に強く感じました。例えば、松江に戻ってきてトキに再会したあと、花田旅館で自分たちの境遇を話すシーンです。松江を出たあとの自分たち2人に何があったのか、どう過ごしてきたのかを、三之丞が言葉で説明したのですが、それにあたって、実は北川さんとかなり深く掘り下げてお話ししていたんです。台本に描かれていない部分まで、たくさんお話をすることで共通認識として作ることができたという経験が、とても役立ちましたし、うれしかったですね。

また、これは逆に、三之丞がその場にいなかったシーン。トキが、母が物乞いをしていて、初めて人に頭を下げる姿を目撃してしまうシーンです。それでトキはシジミ売りをやめてヘブン先生の女中になることを決めるわけですが……。あれはいシーンでした。
僕は撮影現場にいなかったので、映像になってから見たのですが、まさしく「この世はうらめしい」を感じる部分で、ドラマとしては素晴すばらしい流れですよね。でも、“息子”としては胸が苦しくなりました。


ああ、ようやく呪縛が解けたんだな

──そして、第14週第70回のヘブンとトキの結婚パーティーの席で、やっと、タエに自分の口から本音と真実を伝えることができました。演じられた感想はいかがですか?

本当に感慨深かったです。台本には書かれていなかったのですが、芝居をしながら自然に涙が出てしまいました。やっぱり、これまでの積み重ねがあったからこそ、押し殺していた感情があふれてしまって。そして、顔を上げたら北川さんも涙を流されていて、「ああ、ようやく呪縛が解けたんだな」と感じました。
自分が嘘をついていることを母が気づいている、ということを、三之丞もなんとなく知っていたんじゃないかと思います。それでも、本当のことを言えない辛さが、彼にはあったと思うので……。

──三之丞が抱えていた辛さをあえて言葉にすると、どういったことだと受け止めていらっしゃいますか?

三之丞の心に重くのしかかっていたのは、母から言われた「雨清水の人間なら、人に使われるのではなく、人を使う仕事に就きなさい」という言葉です。あの言葉をきっかけに、三之丞は社長になることに固執するようになるわけですが、僕の理解では、タエがあれを言ったのは、家が本当に没落していく前、あるいはその初めの頃、一度きりだったのではないかと思うんです。タエも、ボロボロの荒屋に住むようになった状況で、そんなことを言うとは思えないですし。

ただ、その言葉が、これまで何も母から教わってこなかった三之丞の心に深く、突き刺さってしまった。それが、「母の期待に応える唯一のチャンスだ!」と思ってしまった。だから、勝手に何度も自分の中で反芻はんすうして、だけどうまくはいかなくて、それであのような状態になってしまったんじゃないかな。仕事に行くというていで、日が暮れるまで石を積みに行く──。虚無の中、まさしく“立ち尽くして”いたんです。

──そんなわだかまりが解けた象徴的なシーンが、みんなで叫んだ「だらくそがー!」でしたね。いかがでしたか?

すごく久しぶりに、ようやく笑顔を見せられたかもしれないです(笑)。特に僕は叫びながらつかさすけさんと鬼ごっこをして捕まってしまう……という愉快なシーンになっていたんですが、明るい松野家に救われて、やっと楽しい気持ちになれました。

ちなみに、実は没落してからの三之丞を演じる時、わざと姿勢を悪くしていたんです。猫背で、下ばかり見ている感じで。いっぱい叫んですっきりしたので、これからは三之丞も背筋を伸ばせるでしょう。