小一郎長秀(のちの豊臣秀長 演:仲野太賀)と、安藤守就(演:田中哲司)の息女・慶(演:吉岡里帆)との縁談が調いました。しかし寧々(浜辺美波)や母なか(演:坂井真紀)、姉妹たちはいろいろと心配しているようですね。

実は長秀の妻は、名前も、父が誰かも、いつ長秀と結婚したのかもわかっていません。ドラマの「慶」という名前は「慈雲院芳室紹慶」という法名から末尾の一字を取って付けられたものと思われます。
しかし、この大河ドラマの放送決定などがきっかけとなり、現在、長秀関係の研究が急速に進んでいます(本コラムも、いうまでもなくさまざまな研究の成果を参照させていただいています)。
そうした最新研究の中で、戦国史研究家・和田裕弘氏は、長秀の妻の父は尾張の出身で、のちに長秀の家臣となる神戸伝左衛門秀好という人物であると指摘しています。今後、さらにいろいろなことがわかってくることが期待されます。

では、ドラマ上で慶の父とされる安藤守就とはどのような人物なのでしょうか。
兄・藤吉郎秀吉(演:池松壮亮)がこの婚姻によって、「美濃衆と尾張衆の絆がゆるぎないものとなろう」と喜んでいたように、守就は、もともと美濃国の斎藤氏の家臣、西美濃三人衆と呼ばれる有力者の1人でした。彼の娘の1人は、竹中半兵衛(演:菅田将暉)の妻となっています。
ドラマ第9回でも描かれていたように、守就は、永禄10年(1567)に斎藤龍興(演:濱田龍臣)の本拠・稲葉山城(現在の岐阜県岐阜市に所在)を攻める信長(演:小栗旬)に降伏し、以後その家臣として、美濃国北方城(現在の岐阜県本巣郡北方町に所在)を本拠とした人物です。
ところで守就は、家臣となる10数年も前に信長と会ったことがあります。信長が数え年21歳で、織田の家督を継いだばかりの天文23年(1554)のことでした。
当時、織田と今川の間で争いが続いており、信長は今川方の村木砦(現在の愛知県知多郡東浦町に所在)を攻めようとしました。この出陣にあたり、信長の岳父・斎藤道三(演:麿赤兒)から、当時の信長の本拠・那古野城(現在の愛知県名古屋市に所在)の留守を守るために約1000人の援軍が送られました(ドラマには登場しませんが、信長の正室は道三の娘です)。
この援軍の大将として、道三から「(信長の様子を)よく見てこい」と遣わされたのが守就でした(太田牛一著『信長記』 )。道三の守就への信頼が感じられます。

“破天荒”といわれていた若き日の信長ですが、戦の前後に守就の許を訪れ、きちんとお礼のあいさつをしています。村木砦攻めは激戦となりましたが、見事織田軍が勝利をおさめました。守就がその戦の一部始終を道三に報告すると、道三は感心したのでしょう、「恐るべき男だ。隣には嫌な人よ(隣国にはいてほしくない人よ)」と感想を漏らしたといいます。守就はこの頃から信長の才覚を認識していたと思われます。
一方、守就と道三の孫・龍興とは関係が良くなかったようです。永禄7年(1564)2月には、娘婿の半兵衛とともに、一時的ながら龍興を追い出し、稲葉山城を乗っ取っています(コラム♯09参照)。
その直後に守就が出した命令書が残されていますが、そこには「伊賀守無用」と署名しています。これは龍興に対する謀反により、自らが主家にとって「無用」(必要ないもの)な存在になったという自嘲でしょうか。なお、伊賀守は守就の受領名、ミドルネームのようなもので、出家後には「無用斎道足」と名乗っています。
ドラマ上、長秀の舅となる安藤守就はこのような人物でした。
将軍の命を受け、信長軍が若狭、越前に侵入。しかし……
さて永禄13(元亀元)年(1570)4月20日、信長は若狭に向けて出陣しました。秀吉たちもつき従っています。この出陣は将軍足利義昭(演:尾上右近)の命令を受けて、若狭の武藤友益を討伐する、という名目でした。

若狭を押さえた信長軍は、友益の背後には越前の有力大名・朝倉義景(演:鶴見辰吾)がいる、と称し、さらに越前に侵入します。
信長自身最前線に立ち、朝倉方の金ヶ崎城とその支城の天筒山城、疋壇城(いずれも現在の福井県敦賀市)を順調に開城させます。さらに義景の本拠・一乗谷(現在の福井県福井市)を目指し、兵を進めました。
ところが、木ノ芽峠(現在の福井県南条郡南越前町・敦賀市の境に所在)にさしかかった時、信長の妹・市(演:宮﨑あおい)の夫で、信長の義弟である北近江・浅井長政(演:中島歩)裏切りの知らせが入りました。
織田軍は朝倉・浅井軍の挟み撃ちに……大ピンチです。

愛知県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。現在、東京大学史料編纂所准教授。朝廷制度を中心とした中世日本史の研究を専門としている。著書・論文に『中世朝廷の官司制度』、『史料纂集 兼見卿記』(共編)、「徳川家康前半生の叙位任官」、「天正十六年『聚楽行幸記』の成立について」、「豊臣秀次事件と金銭問題」などがある。